Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2013年02月10日
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カテゴリ: 夢有無有
神の霊
 創世記第1章第二節の「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。」に移ると、「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり」とあります。「地」は、すなわちこの原初世界の状態を意味し、大地を意味してはおりません。また、「混沌であって」は、原語ではボーフー、トーフーということばが使われていますが、「形なく・むなしく」二つの言葉からなる熟語です。「地は形なく、むなしく」は秩序もなく、存在の意味もないことを意味します。「混沌、闇、深淵」というのは、全てが混在していて、秩序だった法則性が確立されていない状態のことです。言うなれば、三次元の物理法則が成り立たない状態、或いは「異次元空間」三次元的な物質世界が、まだ成立存在しない状態です。従って、この世界が「無から始まった」というのは、まさに正しい考え方であるとも言えるわけです。第1章第二節では、大宇宙の形成から、地球の表面に話は移る。それによると、地球全体が水(岩石が溶けたマグマの海でとても現代の海水とは程遠かったであろう)に覆われて、光がない暗闇の混沌した状態。現代の天文学によると、地球が形成された45億年前に、太陽の光が地面に到達できない、厚い雲に覆われていた「水」(冷えて地表のマグマが固まると、大気中の水蒸気が一斉に雨となり「原始の海」ができる)の世界だった地球型の惑星が形成される時の状態が表象されます。しかし、第二節のもっと大事なポイントは「神の霊が水の面を動いていた」という文言(モンゴン)です。神が人を造り、「命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった」という文章にしても、その「息」というのは、ヘブライ語では「ルーアハ」といいます。実は、この「ルーアハ」という言葉は、「息」という意味であると同時に、また「霊」・「風」という意味をも併せ持っているのです。「神の霊が水のおもてを覆っていた」という箇所に見られる「神の霊」にも、この「ルーアハ」という言葉が使われています。ビッグバン (Big Bang)以前の原初宇宙の核とも云える絶対存在が、生命を吹き込む霊的存在として登場しています。後のキリスト教に於ける三位一体論、神は唯一でありながら御父・御子・聖霊という、存在においては一つであり、三者が、互いにその区別を保ちながらも、存在と本質において一体であるとします。一つ重要なことは、三位一体論は「一神三様態論」ではない、三位の神は、存在と本質においては全て一体とされるということです。それ故、無から宇宙を誕生させた絶対存在の創造神と生命を吹き込む霊的存在、預言者に現れる存在者も存在と本質において一体だとすることに矛盾は在りません。「水のおもてを覆っていた」の文節にしても、神が地球(海)の表面から海の中に何かの働き掛けをしていたと捉えて、およそ神が空の上の視点から常に行動すると云う誤謬には陥らぬことに注意したい。

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最終更新日  2013年02月10日 09時13分40秒
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