Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2013年02月14日
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カテゴリ: 夢有無有
第二の日・息する空間
 創世記第1章第六節から第八節では1:6神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ。」1:7そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。1:8神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。とあります。地球の面という視点から考えれば、地球を覆っていた海の面と上にある雲の下と分けられて、視界が開かれる意味となる。原始地球の状態を考えれば、水温がまだ高い海の上に、濃い霧がかかっているという状態から、徐々に霧が上がり、安定した水循環が出来上がる。もちろん、創世記の著者は「水循環」を到底理解していたとは思えません。但し、「大空の下」の水(海)と「大空の上」の水(雲)を分けるという表現は科学的な事実と矛盾しない。此処で云う「大空」とは空間を意味し、その前提として、既に陸上の生命に必要な大気の存在が在ったことが伺えますが酸素濃度が低く動物が生きていくのは難しいでしょう。「神は大空を天と呼ばれた」というのは、まさしく地上から空を見上げた状態を表わしています。しかし、問題は、「大空の上」の水(雲)を天と名づけられたおおぞらに高くに置いたのか、此れは、著者をモーセその人とすれば納得出来ます。モーセを育んだ環境、エジプト内陸部では海は遙か遠く、高山にも恵まれず、後には荒れ野の放牧生活が待っていました。それ故、あくまでも雲は高くあり神聖なものとと見えたでしょう。山川草木・高山にも恵まれた住民の雲海や海の霧などは、想像しえなかったのも無理はありません。富士山級の高山を何時も眺めている環境に居れば雲は中空に在り、海の霧が雲を創っていると考え、「水循環」も想像出来得たでしょう。此れが、創世記以降、特に出エジプト記の旧約聖書の神の現出の表現「炎と雲柱」に影響を与えているのは歪めないところです。

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最終更新日  2013年02月14日 06時16分12秒
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