Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2013年02月13日
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カテゴリ: 夢有無有
天地創造第一日目の締めくくり
 創世記第1章第五節は、1:5神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。とあります。前段では、神はその光を昼と名付け、やみを夜と名付けられた。と地球の自転を想わせる文言が記されています。これは区分けされた「惑星」の部分に、「自転運動」が生じたという意味なのでしょう。つまり「惑星(闇)」が自転運動をすることによって、光(昼)と闇(夜)のある「一日」が創られたの云うのですが、厚き雲に覆われた地球からは太陽(光)が見得る筈もなく、只、光のみが照射している状態だったのでしょう。当然に反対側の部分が闇の夜です。従って、「惑星(衛星)」の自転運動は、この時から始まったことになります。要するに日の光のある状態が「昼」で、日の光の無い「夜」は、闇になります。此処では太陽や月、その他の恒星を著者は認識していません。「夕となり、朝となった」は闇があっても、朝が来るから、闇を恐れないとしたヘブル人の時間概念です。其れゆえ、明るさの在る時を「昼」」、明るさの無い時「夜」は、闇になります。また、「第一の日である」一日は、「主なる神が地と天を造られたとき」と翻訳されているが、元のヘブライ語では、「とき」ではなく、「地と天を造られた日に」(ヨーム)と書いてある。つまり、全期間を単数の「日」として述べているので、これも「創造の日」は24時間の日ではない証拠となる。その上、「神の安息日」が現在にも続いていると直接に書いてある聖書の箇所があるので、明らかに長い期間を意味します。天地創造の一日目の締めくくりの言葉「夕となり、また朝となった。第1日である。」は、ユダヤ暦の一日の始まりが「夕」から始まるのを示しています。また、創世記第1章第五節は余談ですが、この1日というのがどれくらいの長さだったのかは意見の分かれるところです。「1日というのは一区切りという意味で、実際には膨大な時代が経過した」と読む人もあり、「1日と書いてあるのだから1日だ」という人や「当時は現代より地球の自転が早かったから、厳密には現代の1日間より短い」という人もあります。いずれにしても創造の第一日目は此処までで終わります。

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最終更新日  2013年02月13日 06時22分04秒
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