Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2013年04月02日
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カテゴリ: 夢有無有
「時間の実在・非実在」を実験5蒸気機関車D51
 「動きのあるところには去る働きがある、その動きは現在去りつつあるものにあって、既に去ったものにも未だ去らないものにも無いが故に、現在去りつつあるもののうちに在るはずである」と龍樹に反して、世界には「あること」即ち球は立体である・三角形の内角は180度であること等、理法としての「有」は存在するとの立場からの反対が上座部に起こるのはある意味当然でしょう。過去時は去る作用により既に去って今は存在しないものだから去りようがない。未来時は未だ来ないがこれから近づいてくる来る作用によって来るものだから未だ来ないものが存在しようがない。現時の今まさに去りつつある「去る作用」による働きによる動きはと云うと、「今去りつつあるもの」が如何にしてまた「去る作用」を必要とするのか、「去りつつある/現在が/去る」と分解する事など出来なくて「去りつつある現在が/去る」として、主体とその作用・働きを、夫々独立の実体と看做してしまうことの誤謬を指摘します。では何故に現在去りつつあるものは去る事が出来ないのかというと、過去時と未来時を離れた現在には運動のしようがなく、それ故、運動無きところでは静止も流れる事できないと説きます。これを「現在に見立てた」観察対象であるD51で考察すると、既に去ったも線路上にも未だ去らない線路上にも蒸気機関車D51は無いので去らない、しかし「現在に見立てた」観察対象である給水と石炭を補給したD51は、今まさに動かんとして、鉄輪をスリップさせて去りつつあって、ようやく動き出して去ること、「去りつつある」+「目前の蒸気機関車D51」+「去る」ことが可能で、観察者には誤謬はありません。しかし竜樹は「現在」を等質的なものとして、静止することも動くことも出来ないと考えるので「去りつつある」+「現在」+「去る」ことが不可能であり、二重の去る働き必要とする去りつつあるものなどは成立し得ないと矛盾を説いています。即ち我々が「現在」捉えるときには既に「去りつつある」を表象しているのです。

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最終更新日  2013年04月02日 06時33分35秒
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