Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2013年07月24日
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カテゴリ: 夢有無有
「旧約聖書」出エジプト記 第4章前半・神から杖に霊力を
  4:1モーセは言った、「しかし、彼らはわたしを信ぜず、またわたしの声に聞き従わないで言うでしょう、『主はあなたに現れなかった』と」。 4:2主は彼に言われた、「あなたの手にあるそれは何か」。彼は言った、「つえです」。 4:3また言われた、「それを地に投げなさい」。彼がそれを地に投げると、へびになったので、モーセはその前から身を避けた。 4:4主はモーセに言われた、「あなたの手を伸ばして、その尾を取りなさい。――そこで手を伸ばしてそれを取ると、手のなかでつえとなった。―― 4:5これは、彼らの先祖たちの神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主が、あなたに現れたのを、彼らに信じさせるためである」。 4:6主はまた彼に言われた、「あなたの手をふところに入れなさい」。彼が手をふところに入れ、それを出すと、手は、らい病にかかって、雪のように白くなっていた。 4:7主は言われた、「手をふところにもどしなさい」。彼は手をふところにもどし、それをふところから出して見ると、回復して、もとの肉のようになっていた。 4:8主は言われた、「彼らがもしあなたを信ぜず、また初めのしるしを認めないならば、後のしるしは信じるであろう。 4:9彼らがもしこの二つのしるしをも信ぜず、あなたの声に聞き従わないならば、あなたはナイル川の水を取って、かわいた地に注ぎなさい。あなたがナイル川から取った水は、かわいた地で血となるであろう」。4:10モーセは主に言った、「ああ主よ、わたしは以前にも、またあなたが、しもべに語られてから後も、言葉の人ではありません。わたしは口も重く、舌も重いのです」。 4:11主は彼に言われた、「だれが人に口を授けたのか。おし、耳しい、目あき、目しいにだれがするのか。主なるわたしではないか。 4:12それゆえ行きなさい。わたしはあなたの口と共にあって、あなたの言うべきことを教えるであろう」。 4:13モーセは言った、「ああ、主よ、どうか、ほかの適当な人をおつかわしください」。 4:14そこで、主はモーセにむかって怒りを発して言われた、「あなたの兄弟レビびとアロンがいるではないか。わたしは彼が言葉にすぐれているのを知っている。見よ、彼はあなたに会おうとして出てきている。彼はあなたを見て心に喜ぶであろう。 4:15あなたは彼に語って言葉をその口に授けなさい。わたしはあなたの口と共にあり、彼の口と共にあって、あなたがたのなすべきことを教え、 4:16彼はあなたに代って民に語るであろう。彼はあなたの口となり、あなたは彼のために、神に代るであろう。 4:17あなたはそのつえを手に執り、それをもって、しるしを行いなさい」。
 エジプトに行って民を救えと命じられたモーセであったが、彼はそれでも躊躇います。イスラエルの民が彼を指導者として信頼しないことを彼は堅く思っている。エジプトから逃れた時もイスラエルの民がモーセを信頼しないことそれが原因だった。仮にわたしがイスラエルのところに行って「神がわたしを派遣された」といっても、彼らはお前を派遣した神とは何者だと言うに決まっていますと返答します。神は彼らには「わたしは存る」、即ち神は、わたしは存在していた、わたしは存在している、わたしは存在しつづける、間違えていけないのは「永久の存在」とは違って「永遠の現在」何事も一挙に存在する意味ももち、唯一の神の「無二の有」本質を表わしています。モーセには其の方がわたしを派遣したと言えばよいと答え、さらには、「あなたたちの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である主が、永遠にわたしの名である」ことを示しました。そして、イスラエルの長老たちとともにファラオのもとへ行って「ヘブライ人の神、主を礼拝するために三日の道のりを荒れ野に行かせるように」と要求せよと命じ、これから起きることを予告します。ファラオが容易には荒れ野にさえ行かせないだろうこと。神みずから手を下してあらゆる驚くべきわざを行い、エジプトを打ちのめすこと。その後にやっとファラオがイスラエルを去らせるだろうこと。そして、其の時にはエジプト人には、イスラエル人に対して好意を持つようにさせるので、手ぶらで出国することはないこと。エジプトから分捕り物を携えて行けと命じます。神に其処までに言わしめてもモーセは彼らが信用するわけがないと逆らいます。不信仰からではなく、この任務の意味を理解したから、ことの重要性を知り逃げるのです。そこで神はモーセの杖を蛇に変え、また杖に戻す等々の奇跡を見せてと来ても、そこまで言われてもなおモーセは、自分は口下手だから、同胞を説得したりファラオを説得したりなどできないと言って逃げます。これにも神は「人間に口を与えたのは主なるわたしではないか。このわたしがあなたとともにあって、あなたが語るべきことを教える」と言って、モーセの逃げを封じますが、モーセはもう必死、「ああ主よ。どうぞ、だれかほかの人を見つけてお遣わしください」と懇願、此れには旧約聖書の妬む神・怒る神、そう旧約では無限の観念である絶対観念を持つ神が怒って「あなたが口ベタでも、あなたには雄弁な兄アロンがいるではないか。彼があなたの口の代わりとなる」と言い、「わたしはモーセの口と共にあり、アロンの口と共にいる」と保証して、この会見を打ちきってしまったのです。兎にも角にも此処では唯一神の絶対的な存在に自己認識という神性というよりは人格性を付与しています。このあたりの「神」の観想が、後世の聖職関係者が神学哲学者スピノザの「世界」を神と観る思想に嫌悪を感じ、迫害した素因となったのでしょう。

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最終更新日  2013年07月24日 06時32分54秒
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