Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2013年08月09日
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カテゴリ: 夢有無有
「旧約聖書」出エジプト記 第16章後半・マナ
16:13夕べになると、うずらが飛んできて宿営をおおった。また、朝になると、宿営の周囲に露が降りた。 16:14その降りた露がかわくと、荒野の面には、薄いうろこのようなものがあり、ちょうど地に結ぶ薄い霜のようであった。 16:15イスラエルの人々はそれを見て互に言った、「これはなんであろう」。彼らはそれがなんであるのか知らなかったからである。モーセは彼らに言った、「これは主があなたがたの食物として賜わるパンである。 16:16主が命じられるのはこうである、『あなたがたは、おのおのその食べるところに従ってそれを集め、あなたがたの人数に従って、ひとり一オメルずつ、おのおのその天幕におるもののためにそれを取りなさい』と」。 16:17イスラエルの人々はそのようにして、ある者は多く、ある者は少なく集めた。 16:18しかし、オメルでそれを計ってみると、多く集めた者にも余らず、少なく集めた者にも不足しなかった。おのおのその食べるところに従って集めていた。 16:19モーセは彼らに言った、「だれも朝までそれを残しておいてはならない」。 16:20しかし彼らはモーセに聞き従わないで、ある者は朝までそれを残しておいたが、虫がついて臭くなった。モーセは彼らにむかって怒った。 16:21彼らは、おのおのその食べるところに従って、朝ごとにそれを集めたが、日が熱くなるとそれは溶けた。
16:22六日目には、彼らは二倍のパン、すなわちひとりに二オメルを集めた。そこで、会衆の長たちは皆きて、モーセに告げたが、 16:23モーセは彼らに言った、「主の語られたのはこうである、『あすは主の聖安息日で休みである。きょう、焼こうとするものを焼き、煮ようとするものを煮なさい。残ったものはみな朝までたくわえて保存しなさい』と」。 16:24彼らはモーセの命じたように、それを朝まで保存したが、臭くならず、また虫もつかなかった。 16:25モーセは言った、「きょう、それを食べなさい。きょうは主の安息日であるから、きょうは野でそれを獲られないであろう。 16:26六日の間はそれを集めなければならない。七日目は安息日であるから、その日には無いであろう」。 16:27ところが民のうちには、七日目に出て集めようとした者があったが、獲られなかった。 16:28そこで主はモーセに言われた、「あなたがたは、いつまでわたしの戒めと、律法とを守ることを拒むのか。 16:29見よ、主はあなたがたに安息日を与えられた。ゆえに六日目には、ふつか分のパンをあなたがたに賜わるのである。おのおのその所にとどまり、七日目にはその所から出てはならない」。 16:30こうして民は七日目に休んだ。
16:31イスラエルの家はその物の名をマナと呼んだ。それはコエンドロの実のようで白く、その味は蜜を入れたせんべいのようであった。 16:32モーセは言った、「主の命じられることはこうである、『それを一オメルあなたがたの子孫のためにたくわえておきなさい。それはわたしが、あなたがたをエジプトの地から導き出した時、荒野であなたがたに食べさせたパンを彼らに見させるためである』と」。 16:33そしてモーセはアロンに言った「一つのつぼを取り、マナ一オメルをその中に入れ、それを主の前に置いて、子孫のためにたくわえなさい」。 16:34そこで主がモーセに命じられたように、アロンはそれをあかしの箱の前に置いてたくわえた。 16:35イスラエルの人々は人の住む地に着くまで四十年の間マナを食べた。すなわち、彼らはカナンの地の境に至るまでマナを食べた。 16:36一オメルは一エパの十分の一である。
夕べになるとイスラエルの宿営に大量の鶉(うずら)が飛んできて、辺り一面を覆います。そして朝には、宿営の周りには露が降り、それが蒸発すると地表には、何か薄くて壊れやすいものが霜のように残っていました。食べてみると、蜜の味がします。民数記ではコエンドロの種のようで、一見、琥珀の類のようであった。民は歩き回って拾い集め、臼で粉にひくか、鉢ですりつぶし、鍋で煮て、菓子にしたとあります。これを民が、これは何だろう(マーン・フー)と言ったのでマナと呼ばれるようになったというこの不思議な食べ物は、イスラエルが約束の地カナンに入るまで、天から与え続けられます。ここで主は、イスラエルが指示どおりにするかを試すために、毎日、必要な分だけ集めるようにと指示しています。民はさっそく、地表をおおったマナを集めました。集めすぎたかなという者も少し足りなかったかという者もいましたが、計ってみると誰もが1オメル丁度だったと記録されています。その中には、マナを翌朝まで残しておいた者がいました。明日の食糧さえ手に入る保証もない荒野の旅、今満腹するよりも明日のための蓄えるのは理解出来ます。しかし残しておいた分は虫がわき、臭くなってとても食べられたものではないだけでなく。この不信仰で不従順な姿勢をモーセは叱りつけます。主の救いをまず求めるなら、明日何を食べようかと心する必要はなく、その日の苦労はその日だけで十分だという訳です。さて明日は休息の六日目の朝には聖なる安息日故に、民がマナを集めると、それは一人当たり2オメルありました。今度は民はモーセの指示どおりにしましたが、六日目の分に限っては、翌朝まで残しておいても虫がつかず臭くもならなかったとされています。ところが、七日目の朝、モーセは民に「今日はヤハウェの安息日だから、マナを探しても見つからない」と言ったのですが、それにも拘わらず何人かがマナを集めに出て行きました。しかし、マナは降らなかったので、彼らは手ぶらで帰ります。この繰り返される不従順に対しては、主もモーセも呆れたのでしょう。やがてイスラエルがシナイ山につき、ヤハウェから律法を提示されて、従うなら恵みを与えるという契約を締結します。主はモーセに1オメルのマナを保存して代々つたえよと命じ、アロンが金の壷にマナを1オメル入れたのですが、このマナも、虫がわくことも臭くなることもなく保存されました。壷はのちに、十戒の石板とともに「掟の箱」に収められていましたが、のちには「掟の箱」もろともに失われてしまいますが、主がマナによって民を養ったことだけはと子孫に綿々と伝えられていきます。申命記では、人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためマナを降らせたとあります。なお、マナはギリシャ人が液状の時にネクタールと呼称するもので、シナイ半島等の山野に自生するマナ・ギリョウリの枝に付着するマナ虫の分泌物です。マナ虫の出す甘い液が白い粒子状に固まったものを樹枝から収穫して食べる食習慣は現在でもあり、多い時には一日一人当たり一キロの収穫も珍しくはありません。此の時点から、イスラエル人が約束の地カナンに入るまでの荒れ野での四十年間を「天のパン」マナが民を支えることになります。後にはマナしか食べられない民のを不満が爆発することもありましたが、モーセとアロンの指導力が此れをおさめます。此の民族の我慢強さは此の時に培われてきたのかも知れません。

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最終更新日  2013年08月09日 06時13分25秒
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