Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2015年02月25日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」ミレトス学派の余波(五十三)
 ギリシァの植民地統治はミレトスをはじめ南イタリアやシシリー島にまで及ぶにつけ、東西の植民都市にミレトス学派お影響を受けつつも無神論的で唯物論的なミレトス学派に批判的に、自分自身の理性的欲求を適合させようとする新たなる宗教観に思想を傾ける人物がBC5世紀からBC4世紀頃に登場します。万物の根元を「火」に求めたヘラクレイトス、直角三角形の3辺の長さの関係を表す等式である三平方の定理である「ピュタゴラスの定理」の数学的にも鬼才を放つピュタゴラスは自然現象の変化を認めて、「万物の元」からの変化変遷に拠る理論を説きます。ところが此の考えにパルメニデスが異論を唱えます。「アルるものがナイものにナル。」例えばアナクシメネスの理論、「空気こそが根元であって、其れが希薄化すると火になり、濃厚化すると水、更に進むと土になる。」此のことを認めれば逆順に辿れば矛盾が見えそうである。パルメニデスは「アルるものがナイものにナル。」などの変遷変化は億見(ドクサ)だと言い切ります。興味深いことに遙か東のインド大陸で龍樹が「空論」で述べた道理で読みとくと火が水になるなら既に火の中に水が有り矛盾が表立します。此のことは素粒子理論から捉えれば何ら矛盾も見出だせないのですが未だ科学が其処までの水準に達しない理念社会である当時では致し方ないことです。反面「直覚」は世界が素粒子或いは重力子から全てが生成されたならば其の因を問います。「結果としてアルものの因の元の源」其のものに思考が働くからです。「直覚」的には経験哲学や科学哲学、自然哲学を超えた「存在の無」としての「無い」何か(?)であり変化を一切受け付けない根元の究極の根源が「覚知」されます。

Pythagorean1
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最終更新日  2015年02月25日 16時31分02秒
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