「思考と直覚」市民社会の主人公と思考(九十六) 17世紀のイギリスに始まった社会の「主人公」を市民階級とする思考は、人間の内精神の深層を探求するよりも、其の哲学はルネサンス、即ち復古主義を専ら社会の基底の思考とする思想を生産力の増大への欲求や、科学的知識にの進展による産業発展への期待が、「知は力なり」(Ipsa scientia potestas est)という理論を展開するウィリアム・シェイクスピアと同時代人であり、シェイクスピアはベーコンのペンネームだという説もあるフランシス・ベーコン(Francis Bacon, Baron Verulam and Viscount St. Albans、1561年1月22日 - 1626年4月9日)が登場させます。彼の思考は、社会の「主人公」を市民階級とする新時代に、古い時代を引き摺り新たなる知識の獲得を妨げる偶像的な崇拝を排除して、現在では遡って古代ギリシア以来の西洋哲学の傾向・系譜を大別する人間が体験を積み重ねた「経験」を出発点とした帰納的な思考方法「帰納法」の確立を目指しています。但し、此の論理的組み立てには、後の哲学の論理組み立てに見られる数学的帰納法は用いられておらず現代の自然哲学から見ては物足りなさを感じるかもしれません。其れをもってしても哲学思想に帰納的な思考方法を組み入れたことは、後には神秘主義的な哲学思想の思考方法として取り入られ、其の影響は見逃せません。其れ故、単にフランシス・ベーコンを現実主義と決め付ける訳にもいきません。彼は「偶像(イドラ)」を排すること、「無知の四原因」を発展させ、四つのイドラを示し、イドラを取り除くことが正しい知識に必要だと考え、従来のスコラ哲学で重視されてきた演繹と対比して、感覚的観察を無条件で信頼せず、実験という方法を駆使して少しずつ肯定的な法則命題へと上っていく帰納法を明示したのですが、其の思考法も後世には霊的要素を取り入れた神学系哲学にも取り入れられることとなります。哲学が記号的に説かれる始まりになるのです。人間の内精神の深層の働きを数学的に論理を進めていくことは「思考と直覚」に於いての思考方法としても極めて興味深く、「直覚知」を獲得する手段として正統的であれば万人が「覚り」を開ける可能性を秘めています。