Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2015年04月22日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」外来・外覚観念の主張(百三)
 ルネ・デカルトは人間の思考内容を意味するイデアを、持って生まれた「生得観念」と外界に由来する「外来観念」及び自己の精神が創りあげた観念「自己観念」の三つに分類していますが、其の中の「生得観念」に対して其のような観念は人間には存在すること能わずとした哲学者というよりは社会学者というような人物が現れます。ユーラシア大陸の辺境に位置した後進的な存在にすぎず、大陸諸国の圧力のもとで国民国家としての自立の道を模索していた17世紀のイギリスがピューリタン革命と名誉革命を契機にして、それまでの大陸諸国に学ぶ立場から、学ばれる立場に変わろうとする場面で、17世紀中葉の国力,経済,文化は絶頂に達したオランダから、1688年妻のメアリー・スチュアートとともにイギリスに迎えられて共同統治者として国王ウィリアム3世となり、一部では阿蘭陀に英国が征服された無血の名誉革命、実際的にはイギリス・ブルジョアジーの不徹底な妥協の産物をに終わった其の環境に、哲学者という肩書よりは社会学者というに相応しいジョン・ロック(John Locke/ 1632-1704)がルネ・デカルトの「生得観念」なるものは存在しないと否定します。人間は生得観念(innate ideas)を有していないし、全てにおいて人間の思考に見い出される観念なるものは、解釈すれば、人間が生命として存在することになる母体の子宮に着床段階からの外来観念でありとしてルネ・デカルトを批判しますが、古代ギリシアのイデアは事物の超感性的な原形であることは認容し,神の心のなかにあるイデアを原形として万物が創造されたとすることは否定するという観念論と唯物論の最中(さなか)で思考が揺れ動きます。此のジョン・ロックの二面性が認められる思想は後世にも其々英・独・仏三国の哲学者に違った思考として受け止められる素因となります。彼の物体の性質は外物に由来する客観的な「第一性質」と、主観的な「第二性質」の区分において知られるのは主観的な後者のみであるとします。しかし、彼はそれですら完全には知りえないとした。即ち、我々はあくまで経験的、実験的に外的事物の観念を得る以上、既知の性質はそれによって判明したもののみであって、本来的にどれだけの性質がそのものに属しているかは分からず、全ての性質を遺漏なく知ることはできない。其処にはジョン・ロックの観念論か唯物論かの思考法の不徹底さが見られます。ジョン・ロックは社会学者と捉えるべきではないかとの疑問は此の視点からです。「思考と直覚」の観点からはジョン・ロックは人間の観念を宗教に結びつけることを嫌ったのかもしれないと捉えます。この思考方法は21世紀の現代にも通じており物質的世界に於ける外感覚的な世界のみを信奉する、所謂、現実主義者と世界の理法に深層を求める理念を尊重する人間に影響を与えています。

John-Locke1
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最終更新日  2015年04月22日 08時05分52秒
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