「思考と直覚」革命以降のドイツの啓蒙家(百十三) 西洋とりわけ欧州の哲学思想は、フランス革命(仏: Révolution française, 英: French Revolution)を一つの時代区分として、顕著な差異が見られ思考的にも違いが現れます。一部の特権的な啓蒙思想が革命後は一般化し、絶対専制主義との対決を多国化していきます。なかでも三十年戦争による荒廃を克服しようとしたフリードリッヒ大王を頭に置くプロシアでは経済的後進性を克服せんがため啓蒙思想を富国強兵の手段として積極的に取り入れドイツを導こうとします。特異なのはドイツは仏蘭西とは違い、啓蒙思想が神権や王権の権威に対しての鋭い批判的精神、革命的な要素は含んでいないということです。後世マルクスを生むドイツは18世紀から19世紀にかけては、観念論が主流であり其の思考には政治的革命とは無縁な思想革命を展開します。其れはギリシャ以来の形而上学の霊魂観を一段踏み越える思想であり、信教上の思考方法とは場を別にした立ち位置にあります。スピノザは当時のドイツでは高い評価を受けてはいますが、観念論というより唯物論として仕分けする向きもありますが、「エチカ」の神の定義から読み取れば観念論と読み取ったほうが理解し易いでしょう。何れにしても革命以降の西洋思想の主流は信教上の思想には批判的ででしたが独逸にあっては比較的寛容に捉えられています。ただし、存在の理法に人格性を付与したり神格を否定していることには疑いをさしはさめないところです。唯物論者からみればスピノザを唯物主観と決めつけ、観念論者からみれば神秘学論を哲学に高めた人物、教会からは信教を冒涜する異端者として扱われますが、何れの立場に立つにせよスピノザの「存在」其のものを追求する姿勢は狂信或いは盲信者を除いて結論にに異論はあろうとも思考方法には肯んずべきものがある筈です。かく言う「直覚霊知」は瞑想の基本としてスピノザの此の思考を尊重しています。