Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2015年05月07日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」カント後の思想・シェリング(百十九)
 ドイツ観念論のフィヒテに次いでフリードリヒ・ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・シェリング(Friedrich Wilhelm Joseph von Schelling/1775年-1854年)がプラトン、カント、フィヒテ、スピノザ、ゴットフリート・ライプニッツの影響、其のなかでもフィヒテの自我から出発する主観的観念論に注目し、其れに自然哲学を対置します。それは当時の西洋の高揚期を迎えつつあった電磁気学や化学及び生物学等の自然科学の成果と相俟って観念論的に解釈、無生の物質から有機的生命に、現代の科学判断であるエントロピー思考が無い時代にいたこともあり、全自然界を上昇的発展として捉えると解釈しています。また、シェリング哲学の新たな時期、無差別同一性 (Identität) を原理とし、絶対者の自己展開の叙述の学として遂行される哲学、いわゆる「同一哲学」をもってフィヒテの自我から出発する主観的観念論と自己の思考する存在と思考、物質と精神を絶対的同一だとし、自我哲学と自分の自然哲学の対立を統一する所存でした。ところが、シェリング哲学の同一哲学の端緒に分類される「超越論的観念論の体系」が、ます。フィヒテとシェリングの間に、重大な亀裂を生じせしめ、元来からフィヒテはシェリングの自然哲学への関心を好意的には受け止めていなかったので、此の自然哲学と超越論的哲学を併置する、自然を他我とみなし従って哲学の対象とは原理的にみなさないフィヒテは、シェリングの哲学理解に危惧を度々にわたって表明しています。晩年にはシェリングは神秘学的傾向を強め、「啓示の哲学」即ち、彼なりの「直覚霊知」を得たんかもしれません。「思考と直覚」の観念からは始めに物ありき的な哲学を標榜するフィヒテよりも主観的観念論を自然科学の発達に伴う自然哲学の展開を同調させる努力を試みるシェリングに惹かれます。元来的に哲学思考というものはありとあらゆる存在の根元を追求すべきだと考えるからです。そうした思考法でないと生命における人間の理性或いは其の深層に眠る霊魂を存在せしめる源が見えてこないからです。

Friedrich Wilhelm Joseph von Schelling1
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最終更新日  2015年05月07日 06時46分30秒
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