Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2015年06月10日
XML
カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」唯物主義から実存論を観想(百五十三)
 ドイツ実存主義の二人の巨匠ハイデッガーとヤスパースの培った思想が、第二次大戦後のフランスで花開きます。其の名は強度の斜視があり、1973年には右目を失明したジャン・ポール・シャルル・エマール・サルトル((Jean-Paul Charles Aymard Sartre/1905年-1980年) フランスの哲学者であることは勿論のこと、小説家、劇作家、評論家と多才な人物です。行動する知識人として著名であり、1927年には、1917年、名門アンリ四世校でサルトルと出会った、後にはコミュニストとして勇名なニザンと共にヤスパースの「精神病理学総論」仏訳の校正を行っています。彼の残した「実存は本質に先立つ」の言意は、仮に人間の創造主がいたとすれば、これから創造する人間の本質を先ず以て考えなければならない。その本質に合うような姿形をした人間(実存)を造り出すのである。(此処で休題:サルトルは創造の絶対意思を人格的、例えばのキリスト教の神存在として捉え、神格性を与えています。其れ故、次の言葉に創る者は、これから作ろうとする人の本質を考えなければならない。その本質に合うような姿形をした人間(実存)を造り出すのである。彼がいう神は本質上存在しないとすれば、以上の仮定は成立しなくなる。即ちニーチェの「神は死んだ」を連想させ、神による無からの創造を否定するのです。)サルトルの実存主義は、其れが実存論にある限りにおいて、ニーチェ同様のニヒリズムに覆われており、人間存在を究極的には無意味な存在とする彼以前の実存論と似通った部分がありますが、彼自身の第二次大戦でのレジスタンス運動が新たな要素を付加しています。それは、人間個々の自由が他者の自由に繋がっている。自由の連帯性の確信です。現世への人間の登場は、まったく偶然であるのに、これが必然であることを示そうとする人々を私は見下げ果てた奴と呼ぶ。ところが、パスカルは、偶然性という意識から神への信仰に入っていきます。また、ハイデガーの場合も、現存在の在り方を彼の言う存在に結び付けています。サルトルは、そうではない、パスカルもハイデガーも、人間を、人間以外のもので支えようとしていると批判し無神論を説きます。

Jean-Paul-Sartre1
にほんブログ村 哲学・思想ブログへ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2015年06月10日 06時35分04秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: