Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2015年07月16日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の行為を思考/ソクラテス-15(百八十五)
 ソクラテスの思考の関心事が、世界自然の哲理から、当時の弁術家、弁術を生業とするソフィスト(Sophist)と、人間に関して同様に、世俗的で、法律や道徳及び習慣の人間生活に関心が移ったのだとするのは、現代の唯物史観に染まった視点からソクラテスを斜視に見ての考察です。仮にその主張が正論であるならば、プラトンに続くアリストテレスの人間の在りどころとしての霊魂観は生じ得ません。唯物主観論者は前490から前420ころに現れたソフィストの祖「人間は万物の尺度である」と説き、各人の主観的判断以外に真理はないとする相対論を主張したプロタゴラス(Protagoras)の言葉、個々の人間の知覚こそ、真理の基準であり、絶対的な真理は存在しないの意を受け入れているのでしょうか。「人間は万物の尺度である」という言葉は相対的に人間それぞれが尺度でなのあるから、相反する言論が成り立つのは理で、個々の人間の知覚こそ、真理の基準であり、絶対的な真理は存在しないプロタゴラスの意とされます。こうした主張からソフィストは詭弁を用いて黒を白と言いくるめると看做されることになります。一方では、ルネサンス期が人間を尺度とする復興であったことから、尺度の基準は人間であると主張したギリシア哲学・西洋哲学におけるソフィストの存在をが頭を擡げます。ソフィストとはソクラテスの無知の知」とは対照的に、自ら「知恵ある者」と自称します。其の知恵とは現実世界で最も有益な知恵、多数の人々を「説得」しさえすればどんな役職にも就けるし、陪審制で行われる裁判にも負けはしない類いの「知恵」です。その多くは外国人で「職業教師」を生業とし、自らは「民会」や「法廷」に立つ事は出来なかったので、弟子たちの原稿を書き、説得的な演説の仕方を教え報酬を得ていたのです。其処には真非の有る無しは問題とされず、「現実的な効用をもたらすという有用さ」の限りにおいて其れは真実と看做される。所詮は国家の「法」(Nomos)も人間たちが制定したものであって、ポリスが異なれば「法」も異なる相対的なもの、人為的規約に過ぎない。説得力を駆使して多数決によって正当な手段を踏んで新たな「法」を制定しさえすれば好い、世に絶対な「法」などというものは存在しないのだから、自分に都合の良い「法」を作って、自分を正当化した方が遥かに賢いとしたことに、ソクラテスは非難を込めてソフィストのいう法律や道徳及び習慣の人間生活の相対性のノモスの中に、根本原理としての真実、人間存在の究極の原理及び原因の根本原理の追求を疑わず、「悪法も法なり」の言葉を残して毒杯を傾けます。其処に弟子プラトンの「国家論」の骨子があります。

protagoras1
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最終更新日  2015年07月16日 06時32分28秒
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