「思考と直覚」人間の霊魂を思考/プラトン-8(二百一) 不惑の年齢40歳を超えてからもプラトンはアカデメイアで教鞭を執リながらも、其の後の20年間を活溌に著作に打ち込みます。即ち、「メネクセネス・饗宴・バイドン・国家論の第2から10巻・バイドロス・テアイテトス」と、其のどれもが重厚さに溢れています。当然に此れ等の著述はアカデメイアで教えていたでしょうが、取り分け、国家論には国を背負う青年の指針としての政治及び思想体系が述べられており、プラトンのアカデミーの教育目標であることは容易に推察されます。特に哲学と政治及び科学の統合は、アカデメイア筆頭の弟子アリストテレスに継承され、現実世界への応用は家庭教師の弟子マケドニアの青年アレグザンダーによって実現されることになります。然しながら、此の20年間はアテナイはじめポリス諸都市にとっては平穏無事とは正反対に、スパルタとテバイの衝突(Battle of Leuctra)は一段と激しくなり、ギリシァの北方にはマケドニアが興隆し、東方古代よりの文明圏ペルシァの脅威は相変わらす強大で其の圧力は国政を揺るがす存在として依然として変化はありません。その情勢のなかでプラトンは再び60歳となったプラトンの人生は激しく動き出します。其の意志力は師のソクラテス譲りであり自己の思考する信念に源泉する霊魂を信じてのことでした。