Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年02月17日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/イマヌエル・カント-14(三百六十六)
 通俗的な神は否定するも変転しない純粋な存在の意思的「有」を否定しないカントの姿勢は、「仏陀、エックハルト、そしてこの私は、本質的には同じことを教えている」と述べているドイツの哲学者アルトゥル・ショーペンハウアー(Arthur Schopenhauer/1788年-1860年)にカントの認識論が引き継がれ、仏教精神そのものといえる思想と、インド哲学の精髄を明晰に語り尽くした思想家が、カントの認識論を「世界は私の表象に過ぎない」と看做し、表象をもたらす存在である「物自体」を「意志・絶対意思」と規定することによって、「意志としての世界」という世界観を構想します。此の意志の優越を説く思想はニーチェにも引き継がれており、更にはニーチェを経由してハイデガーの実存主義的な存在論に引き継がれて今日(こんにち)に至ります。カントはデカルトのコギトを、それぞれの知覚に「我思う」という統一を与える能力として復活させたのが悟性の統覚である。「自分」と呼ばれるものを詳しく見ればそこにあるのは個別的な感覚や観念だけである。さまざまな観念の束にすぎないものが「私の感覚」「私の観念」とすり替えられ、個別的経験に過ぎないものたちから、経験の原因である「主体」なるものを想定した結果、作られたのがコギトという抽象概念だというデイヴィッド・ヒュームを批判し、「直観乃至直覚」こそが多様な表象を統覚出来るのであり経験の原因である「主体」なるものを想定し得る悟性の統覚とします。「思考と直覚」は統覚の統一という原則こそ一切の人間認識の最高原理であり、絶対存在・意思・意識の実体性と其の限りにおいての人間精神の様態の延長としての「霊魂の実体性」と不滅を主張します。
cap-hiroのプロフィール Arthur_Schopenhauer2

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最終更新日  2016年02月17日 08時13分59秒
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