Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年05月30日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/ヘーゲル-37(四百三十六)
 ヘーゲルは自らが活きる時代の時間概念を直線的時間(Straight time)と捉えたのに対して、ニーチェの時間論は、キリスト教的な直線的時間概念を粉砕して、其れに代えるに循環的な時間概念を「時間の理」に持ち込みます。キリスト教的な直線的時間概念を粉砕して、其れに替えるに循環的な時間概念を以てした「永遠回帰(Forever regression)」、時間の円環的、即ち循環的性格を「時間の理」に持ち込みます。対して、キリスト教的直線的時間概念或いは其の思考から派生する時間観念の最大の特徴は、時間を有限なものとして捉えていることです。時間はその性質上、自体では有限なものとしています。ヘーゲルが捉える神存在とは相違し、屡々姿形を旧約の記述に現れる神格を、始めに「言葉ありき」からの派生した神の創造であるからして、人間精神の有限はもとより、神の世界創造に関わる時間も「無限の創造力」を神は神格思考で一定の時刻で終わらせる。神を粉砕するニーチェは、時間には始まりもなければ終わりもない。時間は永遠に循環する。循環するある局面をとってみれば、それは円環として見えてくる。円環は、全てが其の支点から始まるスタート地点であり、またそこに戻ってくるゴールであり、同時に、しかも至る所に内在させ、永遠に循環運動を続けていく。何故なら、此の物理世界に神というものは内在は勿論の事、外在もしないのであるから、世界現実そのものが永遠でなければならない。若し仮に、この世が永遠でなく、有限なものであるとするならば、始まりのきっかけを与え、其の運動を終わらせるものがなくてはならない。そんなことが出来得る「モノ」は神以外には考えられない。だが、「神は死んだのだ」そうニーチェは強調します。何故に「神は死んだ」のでしょう。
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Forever -egression

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最終更新日  2016年05月30日 06時11分41秒
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