Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年09月04日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/フォイエルバッハ43(五百三十)
 人間の精神の中に「神格性」を観相し、人格に「神格性」を与えるにしても、其れはあくまでも人間の特性としての「理性」の備わった人間にしか適用され得ないことは明白です。幾ら哲学であれ宗教が、例えば「歎異鈔」で「善人なほもて往生を遂ぐ、况んや悪人をや」とあり,この思想が言及されており、阿弥陀仏の本願が,善人よりは,悪人こそ本願力によって往生しうるのだとする考え方ですが、ここに云われる悪人とは特定の社会階層及び道徳上及び法律上の背徳違法者を指し示しては居ません。自己の理性の深層に眠る根源の精神を仏の前に晒した自己を在らしめる自我の源流である「霊魂」が汚れており、仏の前に自己を直視するときには、あらゆる自己の行為、更にはその存在自体すらも悪であるとの認識を抱くことを言っています。此の時点では人間が、抑々生まれるときに原罪を抱いているとする基督教と同様の思考を感想しますが、「歎異鈔」では此れを更に推し進めて、阿弥陀仏の本願は,汎ゆる人間を救済の対象とし善悪の差別はない。然し乍ら、善人は自己の能力でもってさとりを開こうとするから,仏に全面的に頼る心が薄いとし、俗に混みれた親鸞の悪徳も救うとしています。命を懸けた懺悔は信教の基底ではないでしょうか。但し、フォイエルバッハの見出したのは人間の「善性」に神を見出したに過ぎず、フォイエルバッハの思考には権力は其の階層が如何なるものであっても人間自身の善から離れた思考を基礎にする限り悪であり無垢の民衆に神格性を与えることの切迫性を感じ思考の中に取り入れたのでしょう。
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最終更新日  2016年09月04日 07時25分22秒
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