Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年09月06日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/フォイエルバッハ45(五百三十二)
 フォイエルバッハの評価はマルクス・エンゲルスの一方の雄フリードリヒ・エンゲルスによって「空想より科学へ」の著作後六年を経て出版されますが、其の著書「フォイエルバッハ論」はフォイエルバッハの評価というよりは、ヘーゲルの評価のために著されたものとの印象を受けます。エンゲルスのヘーゲル評価の論点は、フォイエルバッハの述べるがごとく、ヘーゲルは観念と現実を転倒してしまったことにあります。ヘーゲルは世界環境に於ける人間の自然意識や文明を獲得した以後の歴史の一切を認識の「経緯」として捉え、ある存在についての認識とは私たちの意識における経過それ自体だとします。此のことは優れた見方だとエンゲルスは評価しています。然し乍ら、ヘーゲルが思考する体系は、人間の自然意識や文明を円環をなして完結しているものだと考えてしまい、哲学は現実を写し取っているに過ぎない現実世界其のものだということを忘れてしまったとエンゲルスは断言しています。ヘーゲルは観念と現実を転倒してしまったというわけです。ヘーゲルの弁証法は、それまで現実的だったものが非現実的なものに変わり、合理的なものが不合理的なものに転化することを示唆しているとも述べます。但し、このことがもつ意義は思考の究極性を否定したことにあり、真理が認識の過程のうちにしかないことをヘーゲルの弁証法は明らかにしたことだと述べ、このことからヘーゲルの弁証法的哲学のもとでは、完全な歴史や国家は存在しないことになり、向上の過程のみが永続的だと捉えます。此処で、エンゲルスはヘーゲルの弁証法解釈の矛盾、その論理学においては、終結点が始発点となされている。絶対的理念が「外化」し、思考と歴史を経てみずからに帰るとされる。しかしこれは絶対的理念を認識することを前提としているから弁証法の方法に矛盾していると批判しています。ヘーゲルの体系においては自然ではなく理念が本源的で観念論其のものを至上に置くことに到っている。其れ故に、ヘーゲル没後の主力の一つだった青年ヘーゲル派は唯物論へと回帰することになります。即ち、エンゲルスにとって好都合に「キリスト教の本質」を著したフォイエルバッハの存在です。エンゲルスは観念論に対する唯物論の優位を示したことに着目します。言い換えれば人間の「霊魂観」と「現実論」を天秤に掛ける訳なのでしょう。
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最終更新日  2016年09月06日 06時15分10秒
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