Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年12月08日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/サルトル5/キルケゴールの2(六百二十一)
 日本で云う端午の節句5月5日キルケゴールは、一代で毛織物で富を築いた商人56歳のミカエルを父、女中(現代的には家事手伝い)から後妻に入る45歳の母アンネをして誕生します。日本では端午の節句で目出度い日ですが、前妻には六人の兄弟があり、然るに、其の誕生を踏まえて幼少の折から憂鬱性とその反面としての外面性にはユーモアと快活性を見せる屈折した性格を見せています。仮に、後添えである母親が身分上逆であったならば彼の錯綜した性格は浮上しなかったでしょう。彼の育(はぐく)まれた環境が、彼の異性であるところの女性観を変貌させています。幼少期から父ミカエルのキリスト教の戒律の修練があり、憂鬱さの発散は外面的には快活で社交的な面を見せなければストレスに押し潰されたでしょう。彼は後世には「実存主義の祖」と謳われる程の人間の主体的実践を人間存在の要とする筈であるが、人間が生を受けたことから其れを源泉に観念哲学を超えなければならないのに1870年代のドイツの学生反乱に影響を与えている行動的神学者モルトマンに「キルケゴールは人間を精神として捉えすぎたの。たとえばレギーネとの婚約を破棄したのではないか」と言わしまます。キルケゴールは幼少から染み込まれた、「哲学」とは異質の「信教」から乖離することは出来得なかった。キルケゴールは「人間は精神である」ことを基底に「神の前に罪あるものとして,単独者として立つ」ことを求めます。然し乍ら、哲学がどこまでも観念の高みに上昇し,抽象的体系の形式的整合性に中で現身(うつしみ)の生を完全に忘却してしまうことこそが、キルケゴールのヘーゲルに対する最大の批判であり、彼はヘーゲルについて「大宮殿を建てた人間がその宮殿に住まないで,その傍らの犬小屋に住んでいる」と揶揄しているのです。ヘーゲルの云う「人間には見えない存在者」と譬えイエス・キリストの十字架磔刑が「神の王国建設」の挫折と捉えていたにしても「神の前に罪あるものとして、単独者として立つ」ことを求めたことは観念論は廃しても幼少の折に刷り込まれアイロニーは其の名残があります。
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イエスの貼付け後1

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最終更新日  2016年12月08日 06時19分24秒
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