Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年04月22日
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カテゴリ: 夢有無有
{思考と直覚」人間の霊魂を思考/サルトル89最終章
 此処まで永々(ながなが)とニーチェを解説したのは、ある意味「実存主義的無神論」の立ち位置では、サルトルもニーチェの言う「神の死後」ののちには人間を宗教的・道徳的次元に閉じこめておくことは不可能という信念をニーチェと共有しているところがあります。ところが其の思考過程、ニヒリズムという人間存在にとっては全く新しい状況からの脱却に関しては彼と袂を分かつ理論を解明したいがため別思考をとります。ニーチェの無神論は後に通俗化されて、ニーチェが通俗に陥ったと批判したワグナーが芸術を、ニーチェがナチスのイデオロギーを支え、片や、ニーチェと一線を引くサルトルの無神論は共産主義のイデオロギーを支える傾向が見取れます。第二次世界大戦は全体主義と共産主義の争いにハイデッガーお流れを汲む自由主義が一方に加担した戦争と見做すことも出来得ます。ニーチェとサルトルに神的傾向のハイデッガーが加担した争いだとも云えます。形而上学が存在者の充足理由としての存在の「有」しか問わなかったことを批判して、サルトルが存在者としては虚無である存在そのものへの問いに専心した点で,彼の思想は東洋の無の思想によほど接近している。だが総じて東洋の無が肯定的な意味をもつのに対し,西洋のそれは一般には考えたくもない虚無という意味を含意しており、虚無としての意識の否定性の中に人間の内存在の深淵をみてとったサルトルの実存思想の場合は「無」を見ます。それを理論的に体系化したのが「存在と無(1943)」であり、彼はこの大著で、意識存在としての人間の在りの儘の姿を捉えることを基本的な課題としたのです。此の徹底した自覚の道は、自由の思想とともに、その後の一貫した方法的態度をつくりあげること尽力することになりますが{無」其のものを定義・解明する迄には到っていません。サルトルもニーチェ同様に虚無を認容するのは「無」其のものを理解しないからです。サルトルには「人間の霊魂を思考」の題目からは余りにも離れて現実主義に肩入れしており、人間に霊魂在りや無きやに拘わらず、真味に欠けている嫌いがあります。
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Hitler&Stalin1

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最終更新日  2017年04月22日 14時02分02秒
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