「思考と直覚」人間の霊魂を思考/スピノザ11 近年は日本でも専門分野に秀でた人物を特別講師・客員教授として招く例は見受けられますが、国立大学有名校が名誉教授は別として常任教授に学歴無用で採用する例は稀でしょう。其れ故に1386年、プファルツ選帝侯ループレヒト1世によって創立されたドイツでは最古の大学であり、ベルリンのフンボルト大学やフライブルクのアルベルト・ルートヴィヒ大学などと並び称せられるドイツ有数のバーデン・ヴュルテンベルク州ハイデルベルクにあるプレヒト・カール大学の哲学教授として招聘(しょうへい)されたことは、スピノザが、如何に、学会で評価されていたのかの証(あかし)であり此の事実は其れを語ります。其れさえも、招聘に学閥の制限や自由発想に危惧し「国家論」(1675)を最後の著作として、史的哲学者の中ではニーチェを思い起こす程の若さ、活年齢44歳にして没することになったのは残念です。ドイツ・ロマン派の詩人ノヴァーリスがスピノザを「神に酔う男」と評した言葉通り、彼の神がキリスト教的な人格神ではなく、「神すなわち自然/蘭:Deus sive natura}と考えていたのは「思考と直覚」の記者が最も注目するところです。一切を精神に還元する唯心論、一切を物質に還元する唯物論、精神と物質とをともにその現象形態とする第三者に還元する広義の同一哲学、「神すなわち自然/Deus sive natura」。万物は精神も物体も含めてすべて神の現れであり、其れから来る要素としての派生は唯一の無限実体の諸様態であり、一切は神の内的必然によって生起するから、人間の自由意志には偶然も全く持って存在し得ない。スピノザはこのような宿命論の立ち位置から、人間の真の最高の幸福を探究しようとするのです。 哲学・思想 ブログランキングへ