「思考と直覚」人間の霊魂を思考/スピノザ88 或る意味でライプニッツは政治や外交にも携わり、マインツ選帝侯やハノーヴァー選帝侯に仕えたが故の、自らの地位、スピノザようには社会的地位層を離脱してまでライプニッツの解答は同系統に属する同じく「神の概念」を持ち出すスピノザの思考基盤とは相違し、哲学的らしからぬ「神学概念」の神をあからさまに顕(あらわ)しています。此の要因には、彼の市民的階層と政治的地位の影響があったことは免れ得ません。現代常識上、哲学思考に「神格」即ち「信教上」の神を述べるのは政治的・階層上の立場はどうであれ、思想界では異端者扱いを受けることにもなります。然し乍ら、彼のライバルとも言える「林檎の落下」から引力を発見した、ライプニッツと微分法の第一発見者の立場を巡って争ったサー・アイザック・ニュートン(英: Sir Isaac Newton)、イングランドの自然哲学者・数学者・物理学者、アイザックという名は、旧約聖書 の創世記に登場する太祖の一人イサクに由来するとして、ニュートンは生涯を通じてキリスト教研究にも打ち込んでいた事実はあるにしても、彼自身は絶対的時間や絶対的空間などを確立した「プリンキピア」にて宇宙の体系を生み出した至知至能の「唯一者」に触れ、それは万物の主だと述べています。但し、宇宙の体系を生み出した至知至能の「唯一者」に触れ三位一体を否定、ローマ教会から異端と断罪され公職から排除されますが、、神が作成した宇宙の仕組みを理解しその偉業を称えるためといったある種の宗教的な側面を持って執筆していたにしても、ライプニッツが行ったような神学的な側面を物理学には持ち込みませんでした。正教会の批判にも拘(かかわ)らず実のところニュートンは生涯を通じてキリスト教研究にも打ち込んでいた事実は意外に知られていません。 哲学・思想 ブログランキングへ