「霊魂論」神秘学5 ドイツの哲学者であり心理学者並びに教育学者でもある、ドイツ語圏にあっては、教育学の古典的人物の一人と看做されている、ヨハン・フリードリヒ・ヘルバルト(Johann Friedrich Herbart/1776年-1841年)、俗称J・F・ヘルバルトのルドルフ・シュタイナーの影響は彼の著作から読み取れます。ヘルバルトはオランダ国境に近いオルデンブルクの生まれ。イェーナ大学で学ぶ。イェーナではフィヒテのもとで学び、そのサークルには神の人格性を強く主張していシェリングがいます。其の後、フィヒテの観念論に疑念を抱き決別し、1802年大学教授資格を取得。ゲッティンゲン大学で私講師として教え、のちに員外教授になる。1809年、ヴィルヘルム・トラウゴット・クルーグの後任として、かつてカントが就いていたケーニヒスベルク大学の哲学及び教育学の講座に教授として招聘され、1833年にゲッティンゲン大学に招聘されるまで、24年間にわたり大学では付設の教育学ゼミナールで教師の育成に努めるとともに、対外的には学校参事官としてプロイセンの学校改革等に従事しています。教育の目的を倫理学に、方法を心理学に求め、教育学を体系化しています。教育の方法として「管理」「教授」「訓練」の3要素(教育的教授)を提唱し、教育の目標は強固な道徳的品性と興味の多面性の陶冶にあるとした。「教授の無い教育などというものの存在を認めないし、逆に、教育の無いいかなる教授も認めない」という名言を残している。この「教授」こそが生まれついた性質や才能を鍛えて練り上げる「陶冶」としてシュタイナーに教育論での影響が与えます。