Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2019年11月03日
XML
カテゴリ: 夢有無有
「霊魂論」エチカ詳解358(生と死189)
 中道とは偏らないこと、のちに釈尊と成るシッダールタは釈迦国の皇太子(Shakyamuni Crown Prince)として、一時は毎夜の食事の舞踊を極めた宴に酔いしれ楽しんだことを認めはしめすが、何かしら心が満たされなかったことを告白しています。人生死ねば無明、何ほどに現世を自己の思うが儘に生を楽しむことは是ではないのか。小国であれ第一王子自己の贅を尽くした日々ですが彼は心より入り浸らず、彼の精神が煩悶に揺れます。或る日の宴で給仕女の子供が摘み食いしたことで、その子供が火炎に投げ込まれたのを見て、享楽は虚しいだけだと知り沙弥となり苦行の道を選択し沙弥となります。ところが、幾ら苦行・難行しても心の平安は得られない。彼の心の平安は全ての人間が須らく「心の平安」を得てこそなるからです。自己の心の平安への坐禅の経験から「享楽は虚しいだけ、苦行は辛いだけ。そのどちらに身を置いても心の平穏は得られない。」として、禅道を通して中道という生き方がもっとも大切であるとの結論に至ります。中道とは「偏らない道」「正しい道」という意味であり、享楽と苦行とのどちらにも偏らない生き方を指すものであり、両極端を離れて静かに坐り、自分の心を水鏡のように穏やかなものへと整える。更には整えることができたら、今度は整え続けること。今更に整え続けること、人は悟ったと覚えど、続けるのは難しい、其れ故、シッダールタは釈迦となった後にも禅道を継続します。「修行の持続」「修行の護持」を縮めて「行持(ぎょうじ)」を薦めます。此れが釈迦の「普遍の心」で遍く人間に存在したまう「仏心」であり、神とは次元を異にした異相の世界観です。



哲学・思想ランキング





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2019年11月03日 06時16分28秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: