Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2020年06月01日
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カテゴリ: 時間考察
時間の陥穽169
 アリストテレスは「運動体」は、点のようなものでも「石」であっても構わないと述べますが、点=運動体という系列に「今」が準じるより含有せしめていることには注意が肝要です。つまり、点=運動体という系列に「今」が準じるとすれば、「今」はまた具体相を示すものとなります。アリストテレスの思考は「今」は抽象的なものではなく、具体的なものでなければならないということ。彼の時間論からして「より先・より後」を今を堺に先後関係にあるものの数を数える、「時間」を「運動の数」と捉えることが出来るという解していることをことを意味します。アリストテレスの「今」が成り立つためには、その「今」は何ら抽象的なものではなく、数えられる具体的な「今」でなければならないということです。然し乍ら、具体的な「今」、言い換えれば現在瞬間に体験し得る「今」が炙り出す先後関係は、運動の順序構造と同じではない。主軸としては運動体によって運動の順序構造が識別されるのであって、従いて運動体に準ずる「今」が、時間における先後関係が教唆され、数えられ得るものになるであろうから。尤も、アリストテレスが「今」の存在主体が「運動体」と同一であると述べている点には注意が肝要です。「今」の存在主体とは、「今である」という規定を受け入れる当のもののことであリ、その点では「今を支えるものである。アリストテレスはそれを運動における先後関係つまり順序構造と捉えている。運動は必ず順序構造を持っているのであるから。「今」の存在主体はしたがってその点で同一である。従いて、「今」そのものは具体的であるが、その「モノ」の在り方、その具体的な具体的な先後関係は多様性を示すとアリストテレスは考えています。「実在」が「今」にあり、数えられ得る限りにしての「運動体」に準じるとするのです。詰まるところ、「現実」は今我々が感応しているそのものであり、其れ以外は、体験であり予想だと云うことに成り、「時間の流れ」は振り出しに戻ります。



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最終更新日  2020年06月01日 06時32分45秒
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