時間の陥穽214 時間の流れの肯定論者にしても、振り子運動の如く行きさったものが戻ってくることは無く、停止点や転換点を持つ筈も無く、ウィリアムテルの我が子の頭上の林檎を射た矢の如く一方向への流れしかないというのが一般論です。「時間の矢(Arrow of Time, Time's Arrow)」という1927年に英国の天文学者アーサー・エディントンが提唱した概念であり、時間の 「一方向性」または「非対称性」を表す言葉があるように、現代の最先端理論の量子力学を除けば、空間は前後左右上下とどの方向についても対称的に移動でき得るのに、時間は過去から未来にむけての一方向、、振り子運動の対照的運動には非ず、非対称的にしか進行するだけです。此れが一度放ってしまえば戻ってくることのない矢で例えたものが「時間の矢」です。時間の矢は何故に存在するのか、つまり、何故時間は過去の方向には進まないのかは、量子論をしても物理科学学の未解決問題の一つです。但し、超微視的レベルでの物理的過程にあっては、完全に、或いは殆どが時間対称であるのを真と考える理論が認識されつつあります。然し乍ら、我々が想定する世界の巨視的なレベルでは時間の方向性があり流れがあるというのが妥当な概念となります。今のところはという条件付きですが。