Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年11月20日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-235
 スピノザは、個物の人間身体への刺激が人間精神の観念に及ぼす影響を更に詳細に述べます。
 系 人間身体をかっては刺激した外部の物体がもはや存在しなくても、あるいはそれが現に在しなくても、精神はそれをあたかも現在するかのように観想しうるであろう。
 証明 人間身体の流動的な部分が軟かい部分にしばしば衝き当るように外部の物体から決定されると、軟かい部分の表面は(要請五 人間身体の流動的な部分が他の軟かい部分にしばしば突き当るように外部の物体から決定されるならば、その流動的な部分は軟かい部分の表面を変化させ、そして突き当たる運動の源である外部の物体の痕跡のごときものをその軟かい部分に刻印する。)により変化する。この結果として、流動的な部分は、軟かい部分の表面から、以前とは異なる仕方で弾ね返ることになる。そしてあとになって流動的な部分がこの変化した表面に自発的な運動をもって突き当たると、流動的な部分は前に外部の物体から軟かい部分の表面を衝くように促された時と同じ仕方で弾ね返ることになる(補助定理三 運動あるいは静止している物体は、他の物体から運動あるいは静止するように決定されなければならなかった、この後者も同様に他の物体から運動あるいは静止するように決定されている、そしてこれもまたさらに他の物体から決定され、このようにして無限に進むの系 のあとにある公理二 運動している物体が静止している他の物体に衝突してこれを動かすことができない場合には、それは酔ね返って自己の運動を継続する。そして弾ね返る運動の線がその衝突した静止物体の面となす角度は、打ち当る運動の線が同じ面となす角度に等しいであろう。)を見よ。したがってまたそれはこのように弾ね返る運動を継続する間は、以前外部の物体に促されてした時と同じ仕方で人間身体を刺激することになる。この刺激を精神は(この部の定理一二 人間精神を構成する観念の対象の中に起こるすべてのことは、人間精神によって知覚されなければならぬ。あるいはその物について精神の中に必然的に観念があるであろう。言いかえれば、もし人間精神を構成する観念の対象が身体であるならその身体の中には精神によって知覚されないような、あるいはそれについてある観念が精神の中にないような、いかなることも起こりえないであろう。)により、ふたたび認識するであろう。言いかえれば精神は(この部の定理一七 もし人間身体がある外部の物体の本性を含むような仕方で刺激されるならば、人間精神は、身体がこの外部の物体の存在あるいは現在を排除する刺激を受けるまでは、その物体を現実に存在するものとして、あるいは自己に現在するものとして、観想するであろう。)により、ふたたび外部の物体を現在するものとして観想するであろう。そしてこのことは、人間身体の流動的な部分がその自発的な運動をもって軟かい部分の表面を衝くたびごとに起こるであろう。ゆえに人間身体をかつて刺激した外部の物体がもはや存在しなくても、精神は、身体のこうした活動がくり返されるたびごとに、外部の物体を現在するものとして観想するであろう。Q・E・D・=此れが一番証明すべきことであった。
 上記は我々が武術や球技や水泳などでもシュミレーションするときには絶えず経験することです。此れがなければ熟練は有り得ません。スピノザの心身平行論は全くの接触がない幾何学上の平行ではなく「心身並行論」であり、時には同時体験を伴うものなのでしょう。







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最終更新日  2021年11月20日 06時00分49秒
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