Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年11月19日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-234
 スピノザ哲学は、過去には永らく唯物主義(materialism)の立場であると解釈されてきました。19 世紀から 20 世紀にかけてはマルクス主義思想においてスピノザは受容された経緯があります。然し乍ら、唯物主義的スピノザ解釈が妥当かどうかには疑問が残ります。現代思想では唯物主義を経験的唯物主義、存在論的唯物主義、方法的唯物主義に分別されるが、此のなかでは、スピノザは物質的事物についての探求とまさしく同じ方法で精神的事物についての探求を行おうとする方法的唯物主義者だと捉えたい。
 定理一七 もし人間身体がある外部の物体の本性を含むような仕方で刺激されるならば、人間精神は、身体がこの外部の物体の存在あるいは現在を排除する刺激を受けるまでは、その物体を現実に存在するものとして、あるいは自己に現在するものとして、観想するであろう。
 証明 明白である。なぜなら人間身体がそのような仕方で刺激されて(情動/Affectus)いる間は、人間精神は(この部の定理一二により)身体のこの刺激(Affectio)を観想するであろう。言いかえれば、精神は(前定理一六 人間身体が外部の物体から刺激(アフィキトゥル)されるおのおのの様式の観念は、人間身体の本性と同時に、外部の物体の本性を含まなければならぬ。)により、現実に存在する刺激状態について、外部の物体の本性を含む観念を、言いかえれば外部の物体の本性の存在あるいは現在を排除せずにかえってこれを定立する観念を有するであろう。したがって精神は(前定理の系一 この帰結として第一に、人間精神は自分自身の身体の本性とともにきわめて多くの物体の本性を知覚するということになる。)により、身体が外部の物体の存在あるいは現在を排除する刺激を受けるまでは、外部の物体を現実に存在するものとして、あるいは現在するものとして観想するであろう。Q・E・D・=此れが証明スべきことであった。



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最終更新日  2021年11月19日 12時24分13秒
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