Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年01月24日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-300
 我々人間が自己の及ぶかぎり自己の及ぶかぎり自己の有に固執するように努めるように努めるのは当然であろうが、西洋世界と東洋世界、特に武士道なるものを培ってきた日本では、自己よりも他者に、より大なる存在意義(妥当な観念)を認めれば、自己の及ぶ(妥当な観念)をも見かぎり、自己の有に固執するように努めることを放棄することは、容易くはないでしょうが在り得べくこと、葉隠武士道や第二次大戦の「神風・回天」が示します。恐らくは、スピノザにいわせれば其れは非妥当な観念を妥当と取り違え、倫理を履き違えたものと一蹴するでしょう。
 定理六  おのおのの物は自己の及ぶかぎり自己の有に固執するように努める。
 証明 なぜなら、個物は神の属性をある一定の仕方で表現する様態である(第一部定理二五の系 個物は神の属性の変状、あるいは神の属性を一定の仕方で表現する様態にほかならぬ。この証明は定理一五および定義五から明らかである。により)、言いかえればそれは(第一部定理三四 神の能力は神の本質そのものである。により)神が存在し・活動する神の能力をある一定の仕方で表現する物である。その上いかなる物も自分が滅ぼされうるようなあるものを、あるいは自分の存在を除去するようなあるものを、自らの中に有していない(この部第三部の定理四 いかなる物も、外部の原因によってでなくては滅ぼされることができない。により)。寧ろおのおのの物は自分の存在を除去しうるすべてのものに対抗する(前定理 物は一が他を滅ぼしうる限りにおいて相反する本性を有する。言いかえればそうした物は同じ主体の中に在ることができない。により)。 したがっておのおのの物はできるだけ、また自己の及ぶかぎり、自己の有に固執するように努力する。Q・E・D・これが証明すべきことであった。
 以上のことを推論するに、近代日本でのスピノザ研究が意外にも活発ではなかったことの要因はデカルトの学会評価の高さにあります。日本では多分にスピノザの影響を受けたであろう「善の研究」の著者である西田幾多郎が顕れるまでは、スピノザ評価はそれ程ではありませんでした。


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最終更新日  2022年01月24日 06時04分48秒
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