Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年03月17日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-351
 スピノザの哲学的著作に屡々登場するペテロとパウロですが、此れは如何に西洋の通常生活に新教の基督教が根付いていたかを示します。
 定理四八 愛および憎しみ、例えばペテロに対する愛憎では、憎しみが含む悲しみ、および、愛が含む喜びが他の原因の観念と結合する場合には消滅する。また両者である愛および憎しみは、ペテロがそのどちらかの感情、喜びあるいは悲しみの唯一の原因でなかったことを我々が表象する限りにおいて減少する。
 証明 単に愛および憎しみの定義から明白である。この部第三部の定理一三の備考におけるその定義、愛とは外部の原因の観念を伴った喜びにほかならないし、また憎しみとは外部の原因の観念を伴った悲しみにほかならないを見よ。というのは、喜びがペテロに対する愛と呼ばれ・悲しみがペテロに対する憎しみと呼ばれるわけは、ただペテロが喜びあるいは悲しみの感情の原因であると見られるからにほかならぬ。だからこの前提が全部あるいは一部除去されれば、ペテロに対する感情もまた全部あるいは一部終熄(そく)する。Q・E・D・=此れが証明すべきことであった。
  4 世紀頃にまとめたの「ペテロとパウロの行伝」には、皇帝ネロが魔術師シモンに心酔し、ペテロとパウロを殺そうとします。シモンは自らの力を見せつけるために塔の上から飛び立ちますが、ペテロの祈りによって墜落し四肢が飛散しました。これを見ていたネロは彼らを逮捕し、パウロをオスティア街道で斬首刑に、ペテロを逆さ十字に処します。ペテロの体は密かに運び出され、バチカン宮の催場近くのテレビンの木の根元に埋められましたのですが、何に故にスピノザが此の両者の名を屡々引用するのか。第二部定理一七系の直後の備考では、スピノザはパウロという名前を出し、パウロの中にあるペテロの観念はペテロの本性よりもパウロの身体の状態をより多く含むのだから、パウロの身体のこの状態が持続する限り、ペテロが存在しなくてもパウロはペテロが現実的に存在すると知覚するという仕方で直前の系を解説します。
 スピノザはペテロを人間のシンボルと我々に表象させますが如何でしょう。其の名のもつ意味には隠された意味合いがありそうです。
 そもそも新約聖書の中でパウロがイエスの復活、つまり死後のイエスがパウロの目の前に現れたということを何度も述べていることから、ここでスピノザが殊更にパウロの名前を出していること自体にはペテロがイエス・キリストを暗示しているとも取れます。



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最終更新日  2022年03月17日 06時06分51秒
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