Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年03月18日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-352
 スピノザが他方で、人間が自由意思で行動とするのは思い込みによるもので虚構だとする一方、精神感情に関しての其の表象は愛および憎しみを増減する要因になると説きます。一見、人間の自由意志を否定、必然的とするものの、精神感情に関しては目的要因ではなく結果原因だと述べる。:記
 定理四九 自由であると我々の表象する物に対する愛および憎しみは、原因が等しい場合には、必然的な物に対する愛および憎しみより大でなければならぬ。
 証明 自由であると我々の表象する物は、他のものなしにそれ自身によって知覚されなければならぬ(第一部定義七 自己の本性の必然性のみによって存在し・自己自身のみによって行動に決定されるものは自由であると言われる。これに反してある一定の様式において存在し・作用するように他から決定されるものは必然的である、あるいはむしろ強制されると言われる。)により。ゆえにもし我々がこうした物を喜びあるいは悲しみの原因であると表象するなら、まさにそのことによって我々はこの部第三部の定理一三の備考(これらのことによって我々は愛および憎しみの何たるかを明瞭に理解する。すなわち愛とは外部の原因の観念を伴った喜びにほかならないし、また憎しみとは外部の原因の観念を伴った悲しみにほかならない。なおまた、愛する者は必然的に、その愛する対象を現実に所有しかつ維持しようと努め、これに反して憎む者はその憎む対象を遠ざけかつ滅ぼそうと努めることを我我は知る。)により、それを愛しあるいは憎むであろう。しかも前定理四八(愛および憎しみ、例えばペテロに対する愛憎では、憎しみが含む悲しみ、および、愛が含む喜びが他の原因の観念と結合する場合には消滅する。また両者である愛および憎しみは、ペテロがそのどちらかの感情、喜びあるいは悲しみの唯一の原因でなかったことを我々が表象する限りにおいて減少する。)により、与えられた感情から生じうる最大の愛あるいは憎しみをもって愛しあるいは憎むであろう。これに反してもしこの感情の原因たる物を必然的なものとして表象するなら、我々はそれが(同じく同上の第一部の定義七により)単独にでなく他の物と合同してこの感情の原因であることを表象するであろう。したがって(同上前定理四八により)その物に対する愛および憎しみはより小であろう。Q・E・D・=此れが証明すべきことであった。
 備考 この帰結として出てくるのは、人間は自らを自由であると思うがゆえに他の物に対してよりも相互に対してより大なる愛あるいは憎しみをいだき合うということである。なおこれに感情の模倣ということが加わる。感情の模倣についてはこの部の定理二七・三四・四〇および四三(要約:精神感情の比較衡量)を見よ。
 以上のことからしても、人間は「自由」というものに潜在的な憧れがあることが知れます。史的にも屡々芸術家が此のテーマに従った芸術作品を残していることからも伺えます。



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最終更新日  2022年03月18日 06時10分06秒
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