Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2022年04月03日
XML
カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-368
 付録:感情の諸定義 八:好感 九:反撥 一〇:帰依 一一:嘲弄
 スピノザは精神感情の諸処の感情表現の語彙を感情の三要素、喜び・悲しみ・欲望、受動態と能動態で区分すれば悲しみは受動態であり、喜び・欲望は受動と能動の両者に関係すると捉えます。要は、喜び・悲しみ・欲望の匙加減が人間個々の多彩に表現される精神感情を引き起こすとします。確かに、フロイトやユング及びヴントの精神分析学や心理学から発展した現代心理学から見れば大雑把で拙さを云う向きもありますが、現代にあっても通常に理解することは可能です。
 八 好感とは偶然によって喜びの原因となるようなある物の観念を伴った喜びである。
 九 反撥とは偶然によって悲しみの原因となるようなある物の観念を伴った悲しみである。
 この二つについてはこの部第三部の定理一五の備考(要項:その原因を知らずにただいわゆる同感「先入的好感」および反感だけからある物を愛したり憎んだりするということがどうして起こりうるかを理解する。)を見よ。
 一〇 帰依とは我々の驚異する人に対する愛である。
 説明 驚異は物の新奇性から生ずることを我々はこの部第三部の定理五二で示した。だからもし我々が驚異するものをしばしば表象するということが起こるなら、我々はそれを驚異することをやめるであろう。したがって我々は帰依の感情が容易に単純な愛に変ることを知る。
 一一 嘲弄(ちょうろう)とは我々の軽蔑するあることが我々の憎む物の中に存することを表象することから生ずる喜びである。
 説明 我々が憎む物を軽蔑する限りにおいて我々はその物の存在を否定する。この部の定理五二の備考(抜粋: 帰依が我々の愛するものへの驚異から生ずるように、嘲弄は我々の憎みあるいは恐怖するものへの軽蔑から生ずる。)を見よ。そしてその限りにおいて我々は(この部第三部の定理二〇 自分の憎むものが破壊されることを表象する人は喜びを感ずるであろう。により)喜ぶ。しかし人が その嘲弄するものを憎んでもいるということを我々は仮定しているのであるから、その帰結として、この喜びは基礎の固いものではないということになる。この部の定理第三部四七の備考(抜粋: なぜ人間がある過去の害悪を想起するごとに喜びを感ずるか、またなぜ自分のまぬがれた危難について物語るのを楽しむかの理由。)を見よ。



哲学・思想ランキング





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2022年04月03日 06時10分05秒
コメント(0) | コメントを書く
[絶対存在論] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: