Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年11月17日
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カテゴリ: 霊魂論
第3章 眠りと死(31節/24-25)
24 感覚的観察から誕生前の霊的原因を知るには
 感覚的な観察では、死から再受肉までの経過は地上生での背景にある霊的経過に比べ見ることが困難である。感覚的観察によって霊的なものを見るには、結果としての物質への顕現を見るしかないので、この場合には、生前の霊界体験がどのように地上生に現れているかを見ることになる。物質的な力だけでは作り出しえない形態、たとえば死んだ蝸牛の殻にかつての命の働きを認めるのと同じである。今生に由来するとは考えにくい人生の何かが、超感覚的には解明されるとしたら、理性的な判断の元で、その超感覚的認識は正しいとされるだろう。この場合、可視的な結果を合理的に考察することで、不可視な原因を見つける。このように人生を囚われなく公正に考察すれば、新たな観察が蓄積される毎に、超感覚的認識の正しさを確信するはずである。人生で現れるさまざまな結果を考察する際には、正しい観点が重要である。たとえば、浄化の時の諸経過は人生にどのような結果として現れているだろうか。また、浄化の時を経て、純粋に霊的な領域で人間が獲得する体験の成果は、人生のどこに現れているだろうか。
25 才能や境遇の差は何に由来するか
 人生を深く真剣に考えると、どうしてもさまざまな疑問が生じる。貧困と悲惨な境遇に生まれ、才能も僅かで惨めな一生を送る定めの人がいる一方で、申し分のない環境に輝くような才能と共に生まれ、大切に育てられ、充実した満足のいく人生を送る人もいる。この事情には両極端の見方がある。第一は、知覚と感覚に依拠する知性とに留まる立場である。すべてを「偶然」と見なす極論ではないにしろ、人の幸不幸を疑問に感じることもなく、不平等の法則的関連などは想定すらしないし素質や才能は単に「遺伝」と考えている。第二は、特定の場所や環境で可視的な何かが生じるなら、たとえ原因究明が困難であっても、そこには必ず何らかの原因があると考える立場である。アルプスの花が低地では育たないのは、その花の本性がアルプスの何かと結びついているからである。それと同様に、ある人間が特定の環境に生まれるのは、そう仕向ける何かが存在するからだと考える。しかし、物質界だけではその原因は見つからず、将亦、説明もつかない。物質的原因だけしか想定しないのは、人に対する暴力という事実を、加害者の感情などは無視し、手の力学的運動だけを問題にしているのと同じである。
 第二の立場では、素質や才能を「遺伝」だけで説明しようとはしない。しかし、特定の素質がある家系に受け継がれている事実から、遺伝の重要性を主張する人も多い。バッハ家には250年にわたって音楽的才能が受け継がれ、ベルヌーイ家からは8人の数学者が輩出した。中には子どもの頃には別の職業を定められていたにもかかわらず、「遺伝的」才能が数学者という仕事に導いたのである。才能が祖先を起源とする遺伝的素質の総和のように見える、という事実もある。
  第二の立場でも、そうした遺伝的事実は否定しない。しかし、そうした事実の原因が感覚界にあるとは必ずしも考えない。時計の部品がひとりでに時計にはならないように、遺伝的素質もそれらがひとりでに人格に統合されることはないという立場である。それには反論もある。両親が時計職人の役割を果し、両親が素質を統合しているという立場である。しかし、両親にはまったくない、両親由来ではありえない性質をどの子も持っている事実は説明できない。



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最終更新日  2022年11月17日 06時06分32秒
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