Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年12月24日
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カテゴリ: 霊魂論
「神秘学概論」読解
3 真の科学的立場と科学主義
 科学主義(scientism)という表現は、基本的には、いくつもある知のあり方の一つである「科学」が、「科学」にふさわしい領域を越えて適用されうるというやり方、しようとするやり方について、不当な拡大適用だ、として批判的に指示する表現である。科学万能主義や科学教と呼ばれたり、思い込みの強さ・教条主義的・狂信的であることをはっきり表すために科学原理主義、科学崇拝などと呼ばれることもある。最も極端な形の科学主義は、全ての人類の問題と、人類の試みの全ての側面への対処と解決が、科学だけでなしうるとする信仰にまで高められる。謂わば「物理教」と呼称するほうが相応しい。シュタイナーは科学主義崇拝を批判的に捉えているように思えます。このことが唯物論を政治論にまで拡張した社会的・史的唯物主義からみれば敵対視されることになります。シュタイナーに言わせれば、科学が真を離れて科学主義になってしまうのは、科学という研究方法に即することではなく、研究対象を限定しその限定されたなかで現われてくることだけを研究しようとするからではないだろうかという立場です。「主義」というのは、おそらくそうした傾向を持ち、自分の見たいもの、考えたいことだけのなかで、独善的とでもいえる一貫性やそれに都合のいい論理を求めることなのかもしれない。学問が、専門領域に閉じてしまうことが多いのもそれに似ている。医療が人間を各種専門分野に分断し、病名に応じたところでしか治療を受けられないような状態になっているのも、さまざまな部局割拠主義(セクショナリズム/sectionalism)の支配する役所的な在り方も、対象を限定することのほうに力点を置くがゆえに、そういう方向にならざるをえないのだろう。森羅万象を必然的に「物理科学」で証明しようという立場は現代物理学では「人間原理」から見るように「偶然」を認証する立場から、量子力学などにおいても、観察行為が対象に影響しているというか観察と対象が切り離されていないということは語られ続けている。つまりは「絶対的必然」は有り得ない。そうしたなかに、「霊」や「魂」、「エーテル体」、「アストラル体」といった「神秘学」はさまざまな事情で、偏見にさらされても、公正さを失わないでいられるかをシュタイナーは問うのです。



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最終更新日  2022年12月24日 06時10分07秒
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