Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年07月12日
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カテゴリ: 霊魂論
第五講 シュトゥットガルト 4 植物自我の基本要素-3
 単に集合自我についての抽象的な概念の中でではなく、空虚な抽象概念を感情と感受性へと変化させるように、この中に沈潜すると、私たちは自然の出来事とともに生きることを学びます。私たちの自然観察は生き生きとした感受なのです。秋に野を行き、鎌で穀物を収穫している人を見る時、私たちは鎌が茎を通り、茎を切り取るのにぴったり合わせて、畑の上に何か霊的な風のように快い感情が吹き渡っていくという予感を得ます。霊視者が地球のアストラル体の裡(うち)に見るものは、ここで描写されたことの霊的な根本原因なのです。このことを見抜いている人にとって、穀物の収穫はどうでもよい出来事なでではありません。ちょうど人間の場合、何かある体験の際に、まったく決まった種類のアストラル的形成物が立ちのぼってくるのが感じられ、見えるのと同じように、秋には畑の上を地球の快い感情のこのようなアストラル的表現がかすめていくのが見られるのです。鍬が地面に畝を立て、植物の根に手を加える時には、事情は異なってきます。鍬での畝起こしは地球に苦痛を与えます。この時、苦痛の感情が立ちのぼってくるのが見えるのです。ここで言われたことに対しては、容易に反論できるでしょう。つまり、状況によっては、牧場へ行って役に立たないということからあらゆる花々を摘み取ってしまうよりは、植物を根ごと地面から引き抜き、移植する方が良いではないかと。このような非難は、道徳的な観点から考察すれば的を得たものであるかもしれませんが、ここではまったく異なった解釈が提示されているのです。たしかに、状況によっては、白髪になり始めた人にとって、これを美的な理由から正しいと見なすなら、最初の白髪を抜く方が良いと言えるかもしれません。それでもやはり引き抜くのはその人にとって痛いことなのです。花を摘むことは地球にとって心地よく、植物を根から掘り起こすと地球にとって苦痛であると言う時、これらはまったく別の観点なのです。生はそもそも苦痛を通して世に現れます。生まれてくる子供は、出産する母親に苦痛を起こさせます。これは環境の中で単に認識するのみならず、自然の中に感情移入するすべをいかに学ばねばならないかということのひとつの例です。



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最終更新日  2023年07月12日 06時10分06秒
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