記:ガレノスは、ヒポクラテスの医学をはるばるルネサンスにまで伝えた。彼の On the Elements According to Hippocrates は、ヒポクラテスの四体液説を叙述している。四体液説は人体が血液、粘液、黒胆汁、黄胆汁から成るとする説で、それらは古代の四大元素によって定義付けられ、且つ四季とも対応関係を持つとされた。彼はこの原理を基にして理論を創出した。しかし、それらは純粋に独創的なものというよりも、ヒポクラテスの人体理論の上に構築されたものと見なしうるものである。。古代の医学を集大成し自らも多くの価値ある実験を行い、著作の量も膨大であり医学を系統だてた。彼は実験生理学の創始者ということができ、その学説は正否とも十数世紀にわたって欧州やアラビヤで金科玉条とされた。15世紀以降でも、すべてを化学的物理的に確認しうるものとするような体液病理学と闘った偉大な医学者がいました。パラケルスス(Philippus Aureolus Paracelsus Theophratus Bombastus von Hohenheim/1493-1541)とファン・ヘルモン(トJohann Baptist van Helmont/1577-1644)です。 参考画:ヒポクラテスとガレノス
記:ファン・ヘルモント(ohann Baptist van Helmont/1577-1644)に関することが分かりましたので、補足しておきたいと思います。ヴァン・ヘルモントとも表記され発見に難がありました。。ファン・ヘルモントは化学医学派の首領ともいわれている人で、パラケルススの流れをくむ人物です。ブラッセルに生まれて、まずルーヴァンで哲学を学び、ついで法律に転じてその後に医学をおさめた。二十二歳でドクトルとなり、五年間諸地をめぐって後に郷里で開業した。化学実験をたくさんなしたが、神秘的な考え方もしたので、その点もパラツェルズスと似ている。一六二四年異端の疑いをうけてその裁判が二十年も続き、投獄されたこともある。酵素作用の重要性を認めており、またガスという言葉はこの人の創始といわれている。