Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年10月10日
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カテゴリ: 霊魂論
ルドルフ・シュタイナー
「精神科学と医学」第七講 1920年 3月27日   ドルナハ  
本文-3
 さて、地球外のものと地球的なものに人間が依存しているということに関連して、私が昨日お話ししたことと、その時間的な生成プロセスに関してきょう補足しましたことを総括していただければ、次のように言うことができるでしょう。そしてこのことは、私が今お話したような調査をそもそもどのように行なうのかさらに追求する途上で、少しは皆さんの助けになるでしょう。つまり、人間に対しては絶えず諸々の力が行使されているのだと言うことができるのです。これらの力は、私たちが人間の物質的およびエーテル的組織を観察すると、まず第一に、地球外的、あるいは、それらに対して反対の作用をする地球的な力であり、つまりは、土星、木星、火星から発する力と、実際すでに地球的な影響に転化させられている、金星、水星、月から発する力(上図参照)です。宜しいでしょうか。つまり地球と月との関係においては、またも、実際に起こっていることについて簡単に思い違いされてしまうということです。人間は容易に、「月はこの上の方にある。月はここから影響を及ぼしている。」と考えます。けれどもこれで完全に考えられているわけではないのです。本来が、月は単に地球の回りを回転する地球の衛星であるだけでなく、月のなかにあって地球に作用している力、この同じ力が地球そのもののなかにも含まれているのです。地球は、地球のなかから外へと作用する、地球自身・自体が月的なものを持っているのです(下図参照)。物質的なものにおいては、潮の干満やその他の多くのこと、例えば月経周期に示されているようなできごとはすべて、実際は地球の作用ではなくて月の作用なのですが、これらは、最近の理論が主張するように、月の影響によって起こっているというのではなく、地球そのもののなかにある月的なものによって起こっているのです。したがって、これらのことは外的に対応してはいますけれども、少なくとも大抵は、直接時間的に関連しているわけではありません。ですから、私たちは、太陽の下位にある惑星について語るときには、地球におけるそれらの反対像も探究しなければなりませんし、さらにもっと物質的な反作用、地上的なものから発する物質的なものへの反作用のことも考えなければならないのです。地球外の諸惑星には、もっと魂的・霊的に成立しているものを負わせなくてはなりません。月の場合には、これは次のような具合となります。つまり、月は地球にむかって、ある種の形成力を投げかけているのです。これは、ファンタジーを生み出すことにおいてなされる人間自身の活動を月が高めるということによって顕われます。月は魂的なファンタジーを生み出すことに多大な影響を及ぼしているのです。このような事柄も一度研究されなくてはなりません。唯物主義の時代にあってはもちろん、これらのことが考慮されることは非常に稀なのです。けれどもこういうことはあきらかに存在しているのです。月は、人間のファンタジー創出のより霊的・魂的な点に関連して、非常に強い影響力を持っています。その反対像、つまり器官的なものへの月の作用は、反対に地球のなかの月的なものから発して、そこから人間の生体組織に作用しています。考慮されるべきことはこれなのです。このことは例えば、月の外部にある、太陽下位の惑星にも当てはまります。このように、人間にはさまざまなしかたで、地球に局限された力、私の考えでは地球的な力、また地球の外部に局限された力が働きかけていることがわかります。さて、これらの力を私たちが研究することができるのは、これらの力の共同作用の結果を、全体としての人間のなかに見るときのみです。全体としての人間のなかに見るのであって、決して人間のどこか一部に見るのではありません。この共同作用の結果がもっとも見られないのは細胞です。この、細胞においてはもっとも見られないということにご注意ください。いったい細胞とは何なのでしょうか。細胞とは、人間であるものに対して、本来独自の成長、独自の生命によってわがままを通用させているものです。そして皆さんが一面において人間というものを、その形式全体において地球的な作用と地球外的な作用が複合したものと見て、それから細胞を観察すれば、細胞とは、この最初の作用の企図にひそかに入り込み、まさにこれらの外的な作用を破壊するものなのです。私たちは、実際生体組織のなかで、絶えずこの細胞の生命に対して戦っているのです。ですから、まさに細胞病理学や細胞生理学によって成立した見解は、ナンセンスも甚だしいことです。これらは、いたるところで細胞を根本に据え、至るところで人間の生体組織を細胞の構築物と見ています。これに対して、人間はひとつの全体、つまり宇宙と関わり、本来細胞のわがままに対して常に戦わねばならない全体なのです。細胞とは、根本的に、私たちの生体組織を構築する代わりに、絶えず妨げるものです。もちろん、このような細胞病理学や細胞生理学的な基本的見解が、通常の考え方全部に入り込むなら、人間や人間と関係するものに関して本末転倒した考察に行き着くのも不思議ではありません。このように、いわば人間の形成プロセスと細胞プロセスにおいては、二つの対立する力の複合体が現われてきます。諸器官はこの中間に位置し、どちらが優勢であるかによって、肝臓であったり、心臓であったりなどするのです。諸器官は終始、私が皆さんにお話ししたこの二つの力の複合体の間で均衡をとっているのです。諸器官は、細胞的なものへの傾向をより多く有することもあり、その後この細胞的なものは宇宙的なものによって克服されます。あるいはまたーー個々の器官についてはまた特徴をお話ししていくでしょうーー、宇宙的なもののほうが優勢で、細胞的なものが後退しているような器官もあります。とりわけ興味深いのは、器官組織において、本来の生殖ー排泄の通路と心臓との間に位置するすべてを、このような観点から考察することです。こういう組織においては、たいてい、本来細胞生命を目指しているものとの類似が存在します。人間の全身を通過しつつ、器官の構成要素をすべて観察すると、たいていの場合、人間の今特色づけられた部分と、その部分の細胞生命との間には類似が見出されるのです。けれどもこの結果、私たちは次のようなことを認識するようになります。私たちは、それではいったい細胞の場合はどのような状態なのか、と問うようになるのです。細胞はいわば、事態をいささか極端にするために、我儘な生命を展開します。細胞はわがままな生命を展開するのです。細胞がいわば逐一展開するこのわがままな生命に対抗して、絶えず別のもの、つまり外的なものが反対の作用を及ぼしています。そして、ここで反対の作用を及ぼしているこの外的なもの、これが、細胞から、細胞の形成力から、生命を奪い、細胞に滴(しずく)の形状を与えるのです。細胞からいわば生命を吸い取って、細胞に滴の形状を与えるわけです。この地球上で涙滴型をしているものはすべて、それが人間外部のものであろうと、人間内部のものであろうと、そのなかに、二つの力の合力が、つまり、生命を目指すものと、そこから生命を吸い取るものとの合力が存在しているということ、このことを実際知っておかなくてはなりません。さて、興味深いことに、古代の医学はそもそも水銀的なものをどのように想定していたのかを追求していくと、水銀的なものとは、生命を奪われて滴の形状を与えられているものであるということに行き着きます。つまり、水銀的なもののなかには、そのわがままによって生きた滴になろうとする、つまり細胞になろうとするけれども、水星の惑星的作用によってそうすることを妨げられ、それによって単なる細胞の死骸、つまり水銀の小滴となってしまうもの、そういうものを見なくてはならないのです。ここに見られるのは、塩(えん)的なものと燐(りん)的なものとの中間状態であり、それと同時に、地球上で私たちに現われてきているもののなかで、諸惑星の作用がどのように生かされているかを見通すために通らなければならない、実際非常に入り組んだ道の幾ばくかです。水星という惑星が存在しなければ、水銀の滴はどれも生きているものであるはずなのです。そして私たちのうちでおおむね細胞的になろうとするもののすべて、すなわち少し前にお話ししたばかりの、人間のなかの通路、これはしたがっておおむね、まさに水星という惑星の作用に晒(さら)されることをあてにしています。つまり、これらは、本来の排泄器官と心臓との間に位置している、下腹部の器官です。これらの器官は、とりわけ、こう申してよろしければ、それが持っているある種の傾向、細胞的なものを保持する傾向が妨げられないこと、けれども、それが生命によって覆い尽くされるほどには至らないように、つまり、麻痺させる水星状態に、生命を麻痺させ死滅させる水星状態に、さらされたままにしておくことをあてにしているのです。さもないとこういう器官の活動は、それらがこの中間状態に維持されない場合、すぐに増長してしまうのです。こういうことをさらに引き続き追求していくと、これらの器官と水星状態を表わす金属である水銀との間に成立している関係にまで到達します。このように試みられる方法はまったくもって合理的なものであることがおわかりだと思います。現在と未来の人類のためには超感覚的観察によって発見され得ることも、外的な、感覚的に知覚できる事実によってもっともっと証明されねばなりませんから、鉱物の作用であれ、金属の作用であれ、鉱物的、動物的作用、植物にふくまれている鉱物と金属の作用であれ、個々の作用は、本来人間の生体組織に対してどのようであるのかということが、臨床的にも文献上でも追求されれば、良い結果となるでしょう。こういう研究を、この点に関して、まったく特殊な性質の事柄から着手することができます。今日は皆さんに、ある種の受胎前の傾向に対して、骨化、硬化症が反対の働きかけをしているということをお話ししました。この骨化および硬化症は完全な反対像を有しています。骨化・硬化症を増大させるためには、皆さんは人間に鉛毒を盛りさえすればよいのです。もちろん、この試みは、動脈硬化を研究するために本当に鉛中毒を引き起こすことまでに至ってはなりませんが、重要なことは、自然が自ら実験してくれる際に現われてくる諸現象をこういう意味において追求し、それによって、鉛のなかで作用しているのと同じ力から人間自身のなかでも起こっていることと、鉛との間に内的親和性が成立しているということに行き着くことです。鉛のなかで作用しているプロセスと、人間における骨化と硬化症のプロセスは、徹底的に研究によって追求されねばならないのです。同様に、錫のなかに存在するプロセスと、私が先ほど水頭症とその反対物との相互作用として特徴づけたものすべてとの間の相互関係も研究できるでしょう。そしてその際、頭と腹部との正確な比例関係とでも申し上げたいものに作用するようになっていくこの幼児期の年齢全体のなかに、錫のなかにあるのと同じ力が作用しているのが見出せるでしょう。さて私たちは、このプロセスが後の年齢になって肺のほうへ押し進められるということを見てまいりました。その際に、私たちは実際そこまで行く必要もなく、数世紀来、医学的文献に記されているいくつかのことを、正しく読んで総合しさえすればよいのですが、肺炎と胸膜炎の付随症状のなかにあるすべてと関係しているこのプロセスと、鉄のなかにある力に対するこのプロセスと関係するものとの、内的な親和性を見ることになります。この関係を、さらに今度は、いわば正常な状態であるときの血液のなかに鉄が存在することによって起こる通常のプロセスのなかまで追求していけるでしょう。皆さんは、鉄と血が相互作用する際に起こるのと同じプロセスを、肺組織とそれに関連するすべてのものまでもっと追求していくことができるでしょう。そうすれば、水頭症とその反対物との、肺まで押し進められた相互作用と申しますか、そうした相互作用における鉄の働きについて、見解を得ることができるでしょう。宜しいでしょうか、こういう事柄はこのように互いに入り組んでいます。このように入り交じった作用と、さらには人間外部のものとの関係を通じてのみ、薬の治癒作用に到達する可能性を得ることができるのです。ですから、人間存在をこのように見ることを本当に尊重するならば、観察者に一種の直観力(Intuition)が生じるのは疑いのないことでしょう。イントゥイションは本来どんな診断の際にも特に重要でしょうけれども。その際真に重要なのは、多くのものを総合的に観ることだからです。いかなる診断の際にも、その人がどのように生きているのか、今までどのように生きてきたのか、今後どのように生きていく見込みがあるのかということに目を向けておかなくてはなりません。今後生きていくと私は申しましたが、これはどういう意味でしょうか。現在の人間のなかには、すでにある意味で、彼が残りの人生においてとくに器官的に費やすものが、萌芽のかたちで素質として存在しているわけです。
記:直感と直観:直感とは“inspiration”。降って沸くがごとくひらめくもので、誰にでも起こり得るが、極めて偶発的なものを指し示します。 一方、直観とは“intuition”。閃(ひらめ)きのように見えても、実は冷静な状 況分析や論理的思考の上に成り立つものです。
 さらに私が今申しましたすべて、鉛、錫、鉄の人間の生体組織に対する作用のしかたについて、なお金属という側面から作用として発しうるものとの関係を探究するなら、これらにいわば対極的に相対しているのが、銅、水銀、銀の作用であるということに行き着くでしょう。私が今申しましたことは、何らかの薬を特に奨励することには結びつきません。けれども、私がこれをお話ししなければならないのは、これらの金属のなかの力、この力は私たちが見てまいりましたように他の物質のなかにも含有されているのですが、これが有している構成と、人間の生体組織自体の形成力との間に、まったく特定の性質の相互作用が成立していることを皆さんに指摘するためです。したがって、たとえば銅のなかにつなぎ止められている力は、特定のしかたで、鉄のなかにつなぎ止められている力に対抗して反対の作用を及ぼしています。この反対の作用から、ある種の力、そうたとえば鉄の力が強すぎるとき、鉄の作用が強すぎるときに、他の力から用いねばならないものを、取り出すことができるでしょう。たとえば、人間の生体組織のまったく特定の病状の場合、その内部で鉄の力が明らかに強すぎるにちがいないということがわかるでしょう。そういう場合は、銅あるいは銅に似たものを、植物界から得られるものであっても、これから見ていきますように、この症状に対して適用することが重要です。さてきょうは、幾つかの方面にわたってこのように見てきて、皆さんがたに多くを要求しすぎたかもしれません。とはいえ、まさにきょうお話ししたことを皆さんが見ていってくださるなら、そのことから、こういう事柄がさらにどういうふうに研究されていかねばならないか、そしてこの研究から、医学的な研究制度と医学上の制度全体を改革するために効果あるものをいかにして引き出せるか、理解していかれるだろうと期待しております。
   第七講 本文-3 了 第七講 本文 完了
記:人体を構成する元素
*酸素: 人体構成元素の約65%を占めています。
*炭素: 人体構成元素の約18%を占めています。
*水素: 人体構成元素の約10%を占めており、原子数比では全体の63%を占めています。
*窒素: 人体構成元素の約3%を占めています。
*カルシウム: 骨の形成に必要です。?
*リン: 人体構成元素の約1%を占めています。
*鉄: ヘモグロビンを作るのに必要で、不足すると貧血になります。
*マンガン: 骨の発育に重要なミネラルで、糖脂質代謝や運動機能、皮膚代謝などの酵素反応に関与しています。
*ヨウ素: 甲状腺ホルモンの主成分で、基礎代謝の促進やたんぱく質合成の促進、脂質代謝にも関与しています。
*クロム: 炭水化物や脂質の代謝を助けるミネラルで、糖尿病、高脂血症、動脈硬化などの生活習慣病予防に効果があると期待されています。
*人体を構成する元素には、これらのほかにも、硫黄、カリウム、ナトリウム、塩素、マグネシウム、亜鉛、セレン、モリブデン、ニッケル、コバルト、バナジウムなどがあります。
参考画:human-pump




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最終更新日  2024年10月10日 06時10分07秒
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