Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年10月12日
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カテゴリ: 霊魂論


ルドルフ・シュタイナー
「精神科学と医学」第八講 1920年 3月28日     ドルナハ
第八講-2
 今度は、植物において、味覚を刺激するものを見てみましょう。これは植物のもっと深い部分にあるもので、植物において、その植物形成力を幻影のように自らのうちから周囲へと追い出すような事態にはさせず、植物がその形成力を自らのうちで統合するように、それを内的な形成力のために使用するように導くものです。味わうということにおいて皆さんもこの内的な形成に加わっていますので、ここで皆さんは、植物的なものの硬化の下方にあるプロセス、塩化の、この別の段階での変容であるプロセスに行き着きます。勿論のこと、ここでは植物相についてのお話しているのですから(図参照)、これは植物の塩化のことです。考えてみてください、皆さんは植物のなかに独特な変容をもたらしたわけです。植物のなかに上に向かっては芳香発生プロセスがもたらされました。これはいわば押しとどめられた燃焼プロセスであって、すでにここから燃焼プロセスが始まることも可能です。なぜなら、花となっていくプロセスはまさしく、そこに組み込まれている燃焼プロセスだからです。下に向かっては、硬化、塩化が見出されます。そして、皆さんが植物において味わうものは、まだ押しとどめられた塩化なのです。けれども、塩が組み込まれて、塩が植物そのもののなかに見出される、すなわち「植物塩」が得られるとき、これらの植物塩は、植物において自身が植物化していく道を越えて踏みこんでいった何かなのです。この場合、植物は、自分自身の本質のなかに自分自身の幻影を押し込めたわけです。
記:シュタイナーの云う「植物塩」なるもの
土壌に含まれる塩基(カルシウム、マグネシウム、カリウム)は、土壌診断では「交換性塩基」と呼ばれ、作物の生育に大きな影響を与えます。これらの塩基は粘土や有機物に吸着されていますが、ほかの陽イオンと簡単に交換されて剥がれるため、植物が利用しやすい状態となっています。?一方、アルカロイドは、植物などに含まれる塩基性を示す化合物の総称です。窒素原子を含むために、アミノ酸を直接の原料にとする場合が多いですが、そうでないもの(アンモニア由来など)も少なからずあります。少量でヒトや動物に強い作用を示すものが多く、古くから医薬、農薬などとして使用されてきました。?アルカロイドは強い生物活性をもつものが多く、植物毒の多くはアルカロイドです。また、薬用植物の主成分もアルカロイドであることが多く、医薬品の主成分とし使用されているため、此れを指し示すものと想われます。
 ここで治療薬のための理性(Ratio)が認識されます。ここで、ある意味で植物相に光が当たり始めると申し上げたいのです。そこで起こっていることに目が向けられるからです。繰り返し強調しておかなければなりませんが、この具体的に見るというとことそが肝要なのです。さて、さらに進んで行くために、皆さんは以下のようなことを思い出してくださればよいのです。つまり私は、そのような場合はやはり、高度に臨機応変主義的なと申しますか、そういった理由から、議論すべきことを今日行なわれ行なわれているであろうことと結びつけたいということです。それによって皆さんも、精神科学が与えることのできるものと、外的な科学であるものに橋を架けることができるようになっていただきたいのです。当然のことながら、以下の文において議論していくことを、今現在もっと精神科学的に特徴づけることもできるでしょう。けれども私は、現にもう存在している今日の科学に通用する考え方に関連づけていきたいと思います。今日(こんにち)生理学者は、彼の眼前にあるものについて語りますが、この眼前にあるものは、精神科学者にとっては、眼前にある必要はありません。これと同じ意味で、精神科学者は解剖をする必要がないからです。けれども私たちは、通用している考え方に関連づけていきます。実際私たちは、他人を解剖するなどという暴挙を受け容れる必要はないのですが、それらがすでにもう存在してしまっていて、その成果を提供しているという事実はやはり顧慮しておかなければなりません。自然科学が精神科学によっていくらか豊かにされる場合のみ、こういう暴挙は止むことでしょう。それではひとつ試してみましょう。そうすれば、目のなかで起こっているプロセスと、匂いそしてとくに味において起こっているプロセスとの間に、他の器官実質での味覚神経の拡がりと目のなかでの目の神経の拡がりという点で、いかに密接な親和性とその密接な関係が成立しているかということが精神科学からまったく明らかになるでしょう。ここでは非常に密接な親和性が成立していて、見るという経過の内的なものの特徴を示そうとすれば、実際ほとんど、味わうことの経過との類似(アナロジー/Analogy)を探さざるを得ないほどです。むろん、器官実質に味覚神経が拡がっている場合、目の精緻な形成であるもの、器官的な実質に拡がっている視神経の前に置かれている、目の精緻な形成であるものは結びついていないので、見ることというのはまったく別の何かです。しかし、物質的な目の精緻な構造の背後で、いわば見るという経過として始まるもの、これは、非常に内的に、味覚の経過と親和性があるのです。私が申し上げたいのは、私たちは見ることにおいて、変容させられた味覚(ein metamorphosiertes Schmecken)というものを実現している、味わうということを変容させているということです。この変容は、私たちがまさに、味わうときに起こっている器官の経過の前に、目の精緻な構造によって生み出されるすべてのものを置いたことによってなされているのです。
参考画:smell the flowers




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最終更新日  2024年10月12日 07時13分09秒
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