PR
Keyword Search
Freepage List
Calendar
Comments

枚ページをめくる。レンズをから見た仏像に圧倒された・・・正直に素直に真面目に写した被写
体は、それが故にこの極楽トンボを完全に虜にしてしまったのだ。奇抜なテクニックを使わず、
で頭を殴られたような状態で、私の頭の中は完全に真っ白になり、心理状態はまさしく"極楽浄
土"である。不撓不屈の写真家、土門拳は二度の脳出血にも負けず車椅子で撮影し続けたの
である。その姿は尋常ではない。三度目の脳出血を起こし11年間こん睡状態の末、1990年
81歳の生涯を終えるのだが、写真に対するひた向きな生き方を知るにつれ、またもや泣き虫
男はここでも感動の涙を流すのである。なぜこんなにも涙腺が弱いのか・・。天を恨んだ・・。自
分自身でもこのような人の心をつかむ写真が撮りたい、壮絶な生き方がしたい・・・。10代の頃
ゆえの純粋な気持ちである。以後、週末の過ごし方が変わっていく。日曜日や祝日になると一
人で気ままに奈良を訪ね、まほろば香る大和路を写す事を始めた。雨が降ろうが、風が吹こう
が古都奈良へと足を運ぶ。何かにとりつかれた様に20キロや30キロはざらに歩いたものであ
る。歩かなければいい写真が撮れないという自負がこのカメラ小僧に如何いう訳か信念として
ある。祖母から借り受けている全自動リコーオートハーフを持って・・・。一眼レフが欲しかっ
た。咽からから手が出るほど欲しかった。仕上がりの悪い写真は祖母のカメラに責任を転化、
己の腕の悪さは棚に上げているから始末に悪い。写真担当の先生などは、「弘法は筆を選ば
ず」ともっともらしい事をいいながら笑うのみである。カメラは、我が家には全く縁のない品物で
私自身、幼い頃から親に写真を写してもらった経験など記憶に一切ない。その点祖母はハイ
カラな人で、当時でも1万円以上した全自動リコーオートハーフを持っていた。そんな情報を黙
って頬って置くほど善良な孫ではない。なんやかんやと訳の解らないことをいいながら善良な
祖母からカメラをくすめ盗ってしまった。本当に悪い孫である。数ヵ月後に、そのカメラが祖母
の大切な形見になろうとは今の時点では知るよしもなかった。