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自転車に繋がれたリヤカーは生花を満杯にして月、3回の行商に出る。祖母の声に待ってた
かのようにお客様が玄関から飛び出してくる。いつも祖母の行商を楽しみにしている人たちで
故か幼少の私も付いて廻るのであるが、常連のお客さんは私を目敏く見つけると、お菓子やら
お饅頭など大量の差し入れがある。私が喜んで付いて廻る一つの訳がそれで、滅多に子供が
食べられるようなお菓子ではない。高級品なのだ。世間話をしながら祖母が慣れた手つきで仏
花、榊など組んでゆき藁で見事に括りつける姿はまるで手品を見ているようで、私はその不思
議な括り方に興味を持っていくら真似をしても花がばらけてしまい、全く出来なかった事を覚え
ている。この括り方は祖母が昭和初期に考え出し、以後関西の仏花、榊のくくり方の主流とな
る訳で、今でも花屋やスーパーの生花売り場でこの結び方を見ると祖母の姿を思い出すので
ある。私が、行商につきまとう理由はもう一つある。必ず祖母は昼食を"純喫茶"で食べ、コー
ヒーを飲んで休憩する。そして"しんせい"のタバコをうまそうに吸う。もちろん幼少の私も連れ
て行ってくれるのだがなにせ子供は"純喫茶"には行けない。当時高校生でも入っている所を
見られると退学になったらしい。"純喫茶"その怪しげな名前は何をもって"純"というのか・・・。
未だに解らないが、祖母と一緒に食べたホットケーキの味とクリームソーダの不思議な美味し
さは脳裏から忘れる事が出来ない。当時の行商のルートは記憶には残ってはいるものの昔の
人情味溢れる下町風情は消え、高層マンションが立ち並ぶメタリックな風景になってしまった。
「はな~ぇ~」「はな~ぇ~」の声は無機質な街には似合わない。それはもう仕方がない・・・40
年も前の昔話である。