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京都旅行最終日の12月13日に、 豊国神社
に参拝し、隣接する 方広寺
の 梵鐘
も見学しました。
豊国神社の秀吉公像です。教科書に出てくる肖像画のイメージです。

本殿まで距離がありましたが、スカッとした空間が広がっていました。

隣接する方広寺の梵鐘です。方広寺がすぐ隣にあるのに気付かず、タクシーの運転手さんが修学旅行の生徒数人を連れてやってきて、鐘の説明を始めたので分かりました。しっかり立ち聞きしました。

豊臣秀頼が方広寺大仏(京の大仏)・大仏殿再建に際して同寺に納める梵鐘が1614(慶長19)年に完成しました。
ところがこの梵鐘の銘文を巡り徳川方が、
「国家安康」「君臣法楽」
の2句の、前者は「家」と「康」を分断して徳川家康を呪詛し、後者は豊臣を君主として楽しむという底意ではないかと難癖をつけました。

上が「君臣法楽」、下が「国家安康」の銘文。
これが、徳川、豊臣が争い豊臣が滅亡する 大坂の陣
につながります。
私M-65は水戸徳川家がかつて治めたまちに住んでいますが、どちらかといえば徳川より豊臣びいきです。小学生時代に読んだ「太閤記」の影響で秀吉に肩入れする気持ちが大きいのです。
でも天下を取った後の、特に晩年の秀吉には擁護できない悪行、蛮行も数多くあります。
豊国神社の門前に、秀吉の朝鮮出兵(慶長の役)で討ち取った朝鮮・明国兵の耳や鼻を削いで持ち帰ったものを葬った塚 「耳塚」
(国指定史跡)があります。1597(慶長2)年に秀吉の命で築造されました。およそ2万人の耳と鼻が埋められているとされます。
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