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本日2月19日(水)は 「プロレスの日」 でした。1954(昭和29)年2月19日、日本のプロレスで初の本格的な国際試合となった 力道山・木村政彦 組と シャープ兄弟 の一戦が蔵前国技館(東京都台東区)で開催されたことにちなんで記念日になりました。
この試合は何と日本テレビとNHKが同時中継したほか、新橋駅西口広場(東京都港区)の街頭テレビに約2万人の観衆が集まったそうです。
この時対戦したシャープ兄弟の兄、ベン・シャープ氏は力道山への敬意から自身の息子の名前をリキ・シャープと命名しており、その影響力は日本国内だけに留まらなかったということです。
私M-65はプロレスが大好きで、大学時代はプロレス研究会に所属していました。力道山は記憶にありませんが、日本プロレス時代のジャイアント馬場、アントニオ猪木のBI砲は覚えていまして、当時の猪木はオレンジ色のリングタイツを着用することがありました。
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その後日本プロレスを追放された猪木が新日本プロレスを、馬場も全日本プロレスを立ち上げ、事実上2団体が競合する時代に突入します。
私は毎週金曜日に新日本の 「ワールドプロレスリング」
、土曜日に全日本の中継を見ました。学生だった1980年代には新日本の興行にちょこちょこ足を運び、特にシリーズ最終戦の蔵前国技館で観戦するのが楽しみでした。
当時はプロレスもバブル時代に入っていて、新日本プロレスのオフィスに出入りすることがあり、チケットを売って10%の手数料をもらったこともありました。
第1回のIWGP、決勝戦の猪木vsハルク・ホーガンは2階の前から2列目で生観戦し、猪木がKOされてしまったことに衝撃を受けました。後にレフェリーのミスター高橋が、猪木のアドリブだったことを本で暴露していますが。
第1回IWGPを機に、プロレスからは徐々に離れていき、今は動画サイトなどで過去の試合を見るくらいで、ボクシングや総合格闘技、大相撲を好みます。
好きだったレスラーは、「燃える闘魂」アントニオ猪木、「神様」カール・ゴッチ、「人間風車」ビル・ロビンソン、そして初代タイガーマスクです。
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