晴れ 時々 チャンドゥー

晴れ 時々 チャンドゥー

2011年03月17日
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カテゴリ: 東日本大震災
最終更新日は夏でした(^^;; ご無沙汰しております。


2011年3月11日 一生忘れられない日となりました。


昨日やっと家のネットがつながったので、
一喜一憂の毎日のことを書き残しておこうと思います。
ばーちゃんになっても、全部思い出せるように。
そしてこれからも続くであろう未来の次の世代に語り継ぐために。




まずは、こんな半年も更新をさぼっていた私のことを
心にとめて下さった全てのお友達に。感謝の言葉を贈ります。

我が家は家族全員無事、私の実家・妹一家(仙台市青葉区在住)も全員無事、
夫実家・親戚一同(宮城県気仙沼市在住)も
今朝になってやっと全員の無事を確認することができました。

私の高校以降の友人には海岸沿いに住む人がいないので、
あえて連絡はとっていませんが、皆無事であろうと信じています。
夫の高校以前の友人や友人家族で大変な被害を受けた方はいないようです。

そのことが今の元気の源です。本当に感謝の毎日です。




しかし、何事もなかったかのように普通の生活ができているわけではありません。

私の実家では食器類がずいぶん割れ、
台所の電気のコードが天井を少しやぶって1mほどぶらさがりましたし、
お風呂のタイルも相当やられました。
地震の時、両親は外出中でケガは全くありませんでした。
家の中にいたら多少なりともケガがあったかもしれません。

妹一家の家屋は角地にあるのですが、側面の道路と正面の道路に亀裂が入りました。
庭にも亀裂がありました。
特に側面の道路の亀裂が日々広がっており、
下手すると家が傾く恐れもあり、一家全員実家に避難しています。

実家は給湯は灯油、台所はガス使用。
灯油はタンクにまだあるようですが、供給が厳しいので、
食器洗いなどはなるべく水を使用し、風呂も3日に1度にしているそうです。
さらに、ガスの復旧は1ヶ月以上かかりそうだということで、
卓上用ガス台を使用したり、電子レンジで調理するなどしているようです。
卓上用ガス台も、ボンベに限りがありますからいつまでもつことでしょう。

でもまだ電気と水が復旧しているのはかなり幸せなんです。

気仙沼の夫実家からの連絡で、親戚の無事は聞きましたが、
今どこに避難しているかまでは聞けませんでした。
でも場所的に津波の被害を受けているはずです。
どこかの避難所にいるのかもしれません。

気仙沼は今だライフラインは1つも復旧していません。
もしかすると水は早い時期に復旧できるかもしれませんが、、、
今朝まで義兄と連絡が取れなかったのは
携帯の充電がままならなかった為でしょう。




我が家は、仙台市の南隣町、名取市にあります。
名取市も海沿いの集落がなくなりました。
仙台空港があるのも名取です。

我が家は高台にあり、地盤も強いのか、
家具の損傷はほとんどありませんでした。
自宅の暖かい部屋の中でこうやってネットを使える、
大変恵まれた環境にあります。

それでも、ガソリンが乏しい為、
たやすく車を使用することができません。
車がないと大変不便な場所に住んでいるのでこれは致命的です。

今日近くの生協が開くというので、なけなしのガソリンを使い車ででかけ、
娘と3時間並び、、、

ゲットできたのは小松菜2束と、レトルトカレー1つ、即席みそ汁1つ、菓子1つ。

ガソリンスタンドが動いている!と、並び列に加わろうとしたら、
ラインカットされ。。。

冷蔵庫はカラです。
米はまだあるし、水がでているのでまだ何とかねばれますが。

実は地震があった11日がスーパーの特売日で、
仕事の帰り買い物をしようと思っていて、冷蔵庫がカラの状態だったのでした(--;;

それから夫の車。
地下鉄駅のそばのショッピングセンターの駐車場を借り、
パークアンドライドで地下鉄通勤していたのですが、

ショッピングセンターの駐車場スロープが潰れていました。

車が出せるようになるのはいつなのか全く分かりません。
車は5階に停めているそうですが、今どういう状況なのか外からは全く見えません。

さらに娘が通っていた塾。
そのショッピングセンターのそばにあるのですが、
やはり建物の損傷が激しく、
もしかすると閉鎖される可能性も出てきました。

おりしも5日前の6日日曜日、塾の三者面談があり、
担任の先生と、受験まであと1年頑張ろうと話しあったばかりで、
娘も私もショックを受けています。

同じ塾の他の教室に通えなくもないので、移動になるのかな。
まだよく分かりません。

そんな状況です。




そして、被害が大きかった宮城県石巻市(いしのまきし)。
私が生まれ中学卒業まで住んでいた町です。
確か3月10日に、職場の先生に、
今度お友達と石巻にドライブに行くからおいしいお店教えて、と言われ、
メモを書いて渡してあげたのですが、

その店もテレビの映像を見る限りたぶん津波にさらわれました。

隣の学区の小学校は全焼しました。

中学時代の多くの友人らの母校です。
中学時代の友人らとは、もうあまりコンタクトを取っていないので、
今も石巻に住んでいるのかどうかは判りませんが、
彼女らの実家の多くは津波に破壊されました。

唯一年賀状で年に1度は連絡を取っている、
同じ部活で私のパートナーだった友人の安否がまだ判っていません。




余震も続いており、夜は3・4度起こされます。
熟睡している小1の娘に癒されますがw 
よく眠れていない日々が続いています。あー今も地震がありました。

でも、
家や家族を失い避難所に身を寄せている方々、
さらに放射能被害から移動移動の繰り返しを余儀なくされている福島県の皆さん、
そういった人々のことを思うと、
この恵まれた状況でいったい何が不安なのか?
と自分を問いたくなります。
あーもう、それ言ってもどうしようもないね。

いきなり最初から長文になった(--;;
今日はもう止めときます(^^;;






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最終更新日  2011年03月17日 18時22分34秒
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