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うちの町にある建設会社の社長が、趣味で瓦版を発行している。多分月に1回のペースだと思うんだけど、なかなか内容が良くて、特にコラムなんか毎回感心しながら読ませて頂いている。先日発行された瓦版に、非常に興味深い内容が書かれていた。ある学校で、給食の時『いただきます』と言っていたら、保護者からクレームがついたらしい。その理由は、『ちゃんと給食費を払っているのに、何故“いただきます”と言わされなくてはならないのか。』というもの。これだけでも、バッカじゃないの~~~っ!!と思ったんだけど、さらにぶったまげだったのは、学校サイドがそれを受け入れて、『いただきます』と言うのを廃止したって事だ。もう、信じられない!!抗議した親も親だけど、なんでそれを受け入れる?!給食に限らず、どこで何を食事しようが、必ず『いただきます』って言っている私には理解不能だ。『いただきます』って、奢ってもらった時にだけ言う言葉なの?私は、作ってくれた人や食べ物そのものに感謝しているから、食事の前には『いただきます』、食事の後には『ごちそうさま』って必ず言う。息子はもちろん、家族や友人等私の周りの人達みんな言ってると思う。抗議を考えついた保護者はさて置き、他の保護者も同じ考えだったのか?1人として、『何でそれがおかしいの?』と反論する人はいなかったのか?そんな親って、『金払ってるんだから、大きい顔してりゃいいの!』って子供に教えているのか?疑問でいっぱいだ。みなさんは食事の時、『いただきます』『ごちそうさま』って言ってますか?
Nov 30, 2005
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人間誰しも、大切な日ってあると思うんだけど、今日は私にとって息子の誕生日と並ぶ位大切な日だ。だって、大切な大切な彼の誕生日だから。この日は毎年、ケーキを買ってちょっとだけお祝いする。昔は1人で。今は息子と2人で。そう言えば、同じように彼を大切に思う人達と祝ったこともあったっけ。前は『何のお祝い?』と聞いていた息子も、ここ数年は聞いて来なくなった。きっと、息子の大切な人の誕生日にも、同じようにお祝いするようになったからだと思う。お祝いと言っても、特別な事をする訳じゃない。ケーキを食べて、彼の歌を聴き、いっぱいいっぱい想いだすだけ。悔しい事に、10年以上20代のままでSTOPしているんだけど(苦笑)。彼を知って、21年。でも、彼がこの世に居たのはその半分。私が年を重ねる分、その割合は減っていく。だけど、ずっと、ずっと忘れない。ゆたさん、お誕生日おめでとう。
Nov 29, 2005
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と、怒られそうなここ2~3日の私です(^^;)。11月、バタバタバタバタで読書量の少ない事!!入院中再読しようと、張り切って12冊も持参したのに、読めたのは1冊だけ。このままじゃ、やば~~~いと思っていたら、図書館から『予約本が入りました。』と嬉しい連絡が(^^)v。用事も兼ねて、隣町へ行って来ました。ここは、私が利用する図書館の中で1番大きい所。故に、新刊本が早く入りますが、ライバル(笑)も多し!!今日は予約していた2冊と、目に付いた3冊の計5冊借りて来ました。今読んでいるのは、重松清さんの『きみの友だち』。薦めまくった『その日の前に』と路線がちょっと違います。でも、この作品の方が従来の作品に近いかも。今半分ほど読んだので、感想は明日にでも。あと、奥田英朗さんの新作と旧作・さくらももこさんのエッセイ・石田衣良さんの旧作を借りました。今1番読みたい、リリー・フランキーさんの『東京タワー』は、いまだに予約8人待ち(@@)。案外、他の図書館にあるかも。さ~~~て、読むぞ!!
Nov 29, 2005
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昨日は、留守中のブログをせっせと書いてたんだけど、メールを読むのを忘れていた。書き込みが終わってから、少し経って思い出し慌てて開いてみた。何通かのメールの中に、先日お世話になったA病院のK先生からのメールがあった。1番最初に開いてみると、先日の手術中止についてのお詫びの言葉が綴られていた。何だか申し訳ない気持ちと、あらためてこれからもお世話になりたい気持ちが膨らんだ。A病院の印象は、スタッフの皆さんがプロだという事。採血や3D・CTの時に、注射針を刺す手際の良さ。違う看護士さんがされたのだが、お二方ともほとんど痛みを感じさせない上手さだった。病棟のスタッフの皆さんも、士長さんを始め明るく感じのいい方ばかりだった。メールでしかやり取りしていなくて、今回初めてお会いした主治医のT先生もなかなかの好青年(多分私より年下だと思う)だったし(笑)。部屋の掃除の係の方は、荷ほどきをしたゴミが多かったので、『ゴミステーションまで自分で捨てに行きますから。』と伝えると、『いいえ、私が持って行きます。それが私の仕事ですから。』とおっしゃった。多分、私の母より年配の方だと思うが、この言葉に感動してしまった。翌日掃除に来られた時、退院する旨お伝えすると『良かったね。』と笑顔で言って下さった。ああ、もったいない。もっと、ここに入院したかったな(笑)。来年の夏、検査のためもう1度ここを訪れる。息子に色々話しているので、同行することを今から楽しみにしている。前に書いた病院といい、おかしな病院や医師が多い中、誠実に患者の気持ちをくみ取ってくれる病院がある事に感謝したい。
Nov 28, 2005
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朝、宅急便で荷物が届き、少しずつ片付けを始めた。その後、買い込んできたチョコを、近所の友人に配って歩いた。中には留守中に、実家の方へお見舞いを届けに来てくれた子もいて(母が丁重にお断りした)、元気な顔を見せて安心してもらった。北海道や東京・他の地方・地元と、広範囲に友人がいる私だが、今回みんな心の底から心配してくれた。また、親戚の人達然り。大阪には、父方の親戚がある。父の妹が2人、私の叔母だ。上の叔母の長女は、私より少し年下。ちょこちょこメールのやり取りをしている。私の病気が判明した時、友人達に『ブログ読んで。』とメールした話は以前書いたが、この従姉妹にも送っていた。ブログを読んだ彼女が速攻でレスをくれて詳細を説明したのだけど、それに加え酷なお願いもした。『おばちゃん達には、黙っといて。』昨年の夏の終わり、私達は2度辛い思いをした。父の弟である叔父の死。その初七日が終わった直後、まだ20代だった従兄弟が亡くなった。下の叔母の息子だった。まだ、その悲しみから抜けきれない叔母達にとって、今回の私の病は更に追い討ちをかけるのではないかと思ったのだ。本当に酷いお願いをしたものだと思う。従姉妹は1ヶ月間、悩み苦しんだ。私の叔母にあたる彼女の母親とは、ほとんど毎日顔を合わす。いつも、喉元まで出そうになる言葉を、グッとこらえてくれていたという。私が旭川に出発する前日、従姉妹に電話をかけた。『本当の事を、言った方がいいだろうか?』と尋ねた。2人で話した末、従姉妹の口から叔母達に伝えてくれる事になった。その後、電話が続けざまに鳴った。2人の叔母と、従姉妹の妹からだった。みんなの声が、泣いているのが判る。無理して明るい声で、励ましてくれている。本当に申し訳ないと思った。誰よりも、秘密を守ってくれた従姉妹に、感謝と謝罪の言葉を伝えたかった。手術が中止になり、その従姉妹にもメールした。元気なレスが返って来た。彼女がまた、みんなに連絡をとってくれて、実家の電話が鳴り続けたのは言うまでも無い。今日、叔母2人と下の従姉妹に電話した。みんなはじけるような声で、喜んでくれていた。そして最後は、彼女に。いつも通り明るい声だった。やっちゃん、ありがとね。感謝しています。本当にごめんね。
Nov 27, 2005
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今回帰りのチケットを買う時、時刻表とニラメッコしながら路線を決めたのだけど、千歳の便は席が無くて結局羽田経由になった。千歳経由なら学生時代の友人と会うつもりだったけど、羽田だと1人で時間をつぶさないといけない。約2時間、お店をチェックしてれば何とかなるな、なんて思っていた。すると、東京に住む友人が『空港に行っていい?』と嬉しいメールをくれた。もちろん、大歓迎♪Bさんとは、あるサイトで知り合った。メジャーではあるが結構コアな所なんで、そこで知り合った人は多いけれど、今後も付き合いたい人は。。。かなり少ない。Bさんは、その少数派に入る人だ。今年の夏、上京した時に自宅に泊めて頂いて、日中も一緒に遊んでもらったんだけど、最近は長電話もちょっとご無沙汰になっていた。4ヶ月ぶりの再会は、ちょっと照れくさかった。まずは目当てのモンブランを買うためお店を探した。ケーキ1個買うために、バスで第2ターミナルへ(笑)。第1ターミナルに戻り、隅っこの方にあった椅子に掛け、しばし歓談。結構余裕かなと思っていたのに、母から電話で頼まれたものや、息子へのお土産を探しているうちに、搭乗時間が迫った。何せ広い空港だから、搭乗口まで距離がある。息子のお土産にしようと思っていたケーキが無くて少々焦り気味の私に、Bさんがお菓子を買って手渡してくれた。せっかくここまで来てくれたのに、最後の慌しさったら!!(><)。本当は、もっともっと話したいことがあったのに。Bさん、また長電話でよろしくです(▽^)ノ。
Nov 26, 2005
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いよいよ帰宅する日。朝起きた時は何ともなかったのに、一気に雪が積もった。祖母が『飛行機、飛ばないんじゃないか。』と、嬉しそうにつぶやく。ケイタイで問い合わせしてみると、残念ながら予定通り離発着している模様(笑)。祖父母や、従兄弟一家に別れを告げ、叔父の車で空港へ。この旅(?)最後の食事は、豚丼♪牛丼はお金を出してまで食べたいと思わないけど、豚丼は大好きだ。ロイズの生チョコ15個と、北海道限定ラスカル2頭を買い込み、搭乗口へ。帰りも羽田経由。両便ともクラスJにした。今回は両方、窓側をゲット♪早速乗り込み自分の席へ。なかなか隣に誰も来ないので、『ラッキー!!』と思っていたら、ギリギリになって背の高い男性が。読書中だったので顔は見なかったが、お洒落なジーンズをはいているのだけ、チラッと見えた。この方、飛行機が飛び立ち安定姿勢に入ると、ポータブルのDVDを見始めた。目の端に、画像が入る。『鶴瓶と妻夫木くん、クドカンって。あっ、スジナシか?』と心の中で思う。何気なく隣の方に目をやると。。。知っている人だった。いや、知人って訳じゃなくて、こちらが一方的に知っている人。北海道出身で、劇団をやっている。ここ2~3年前から道内で有名になり、最近は東京進出。ドラマやバラエティでも活躍中。と言っても、この方が出ているドラマって、“救命”しか見てないけど。そう、大○洋さんだった。昔東京に住んでいた頃、山手線で隣に錦織くんが座っていた事があるけど、その時は2駅か3駅。でも今回は、1時間半以上隣に有名人(@@)。ひゃ~~~、どうすりゃいいの。取り合えず、何も気付かなかった振りをして過ごす。何となく、飲み物も頼めない雰囲気。せっかくのクラスJなのに寛げない~~~(><)。とは言え、そこははずさない私。着陸直前に、ちゃっかり手に入れた機内の絵葉書を持ち、『すみません。サインお願いしてよろしいでしょうか?』と尋ねてみた。『いいですよ。』と大○さん。息子の名前も入れて貰っちゃった(笑)。
Nov 26, 2005
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叔父夫婦の長男は、今年30歳。11歳を頭に4人の子供の父親だ。同級生の女の子と結婚して、今は叔父と一緒に船に乗っている。学生時代は、きかん気で有名で、高校卒業直前に中退してしまったほどだ。それでも、私の前だといつも可愛い弟分だ。彼は私が作る料理が大好きで、今でもこちらに来るたび『お姉ちゃんのカレー食べたいな。』とリクエストしてくれる。その彼が、『お姉ちゃんに食べてもらおうと思って。』と、自分でさばいて作った魚料理を持って来てくれた。網にかかった烏賊と鰈の刺身と、三平汁。すごく美味しかった。叔父は、当たりはずれの多い漁師は自分の代で終えようと思っていた。でも、この息子が『どうしても、跡を継がせて欲しい。』と頼み込み、3代目になった。これからも、色々と苦労も多いだろう。でも、漁師の仕事が好きで好きでたまらない彼は、そんな苦労も笑って乗り越えるような気がする。頑張れ、3代目!!
Nov 25, 2005
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昨日、叔母夫婦が遊びに来た。その時お汁粉を作ったのだが、まだ少し余っていて、今日のおやつの時間に食べる事にした。昨日は焼いたお餅を入れたけど、今日はそのまま鍋に入れて軟らかくした。祖父母と3人で食べていると、祖母の様子がおかしくなった。『もしや喉に詰めたか?!』と慌てたが、どうも笑っているみたい。よく見ると、祖母のお碗の中に異物発見。餅にからまった入れ歯(爆)。3人で、大爆笑だった。いや~~~、珍しいものを、見せてもらいました(▽^)ノ。
Nov 24, 2005
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祖父母は2人暮らし。同じ敷地内に、息子夫婦(私の叔父)の家と孫夫婦(従兄弟)の家がある。いわゆる、“スープが冷めない距離”ってやつだ。去年の春先、祖母が体調を崩した。その時は2ヶ月ほど入院し、夏前に再入院した。夏休みに入り息子と2人、恒例の東京旅行を終えた足で祖父母の家に行き、3週間ほど滞在した。私の仕事は、夏の漁で忙しい叔父夫婦に代わり、祖父の身の回りの世話をする事と入院中の祖母を見舞う事だった。北の大地は例年になく暑い毎日で、着いた翌日に扇風機を買いに走った。お店に行ってびっくり!どこも売り切ればかりで、地元で買う2倍以上のお金を出してやっと1台買えた。お盆に来た母と弟と一緒に、お盆明けに地元へ帰った。祖父母とはそれ以来の再会だった。祖母は3回の入院を経て、元気になっていた。でも、我がまま病を併発していて(苦笑)、何ひとつ自分でやらない。お風呂でさえ、祖父に入れてもらっているとの事だった。噂には聞いていたけど、実際目の当たりにすると『あっちゃ~!』って感じだった。3度のおかずは叔母が作って持って来てくれているが、お味噌汁は祖父が作り食事の後片付けも祖父がやっていたらしい。突然私が来訪した事を、みんなが祖父に『最高のプレゼントだね。』と言った。黙って嬉しそうに笑う祖父だった。
Nov 23, 2005
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本当なら、今日の朝9時半には手術室に入っているはずだった。昨日の午後から、胸部X線検査に始まり術前の検査を色々受けた。最後は造影剤を使った、3D・CT(ヘリカルCT)も撮った。検査の結果が出るまで待機するよう言われ、病室に戻って荷物の片づけをした。夕食も終わり、看護士さんが『今日は9時以降絶食ですからね。』と、枕元に札をさげに来た時、主治医が部屋に入って来た。そして看護士さんに、『その札いらないから。手術中止です。』とひと言。私に向かって、『これから説明しますから、部屋までおいで下さい。』。何だ、それ~~~~~~っ!!!!!主治医の後をついていくと、その部屋には他に2人の先生が。執刀医のK先生の姿もあった。そのK先生から説明が始まった。要約すると、問題の動脈瘤が消えていた!!先程撮ったCTを見たところ、どうやっても患部が見当たらない。3人で検討した結果、今回の手術はやるべきでないという結論に至ったとの事だった。ぶったまげもぶったまげ。驚き過ぎて、言葉も無い私。拍子抜けって、こういう事??『念のため、(多分大丈夫だろうけど)来年もう1度検査してみましょう。』と言われたあと、どうやって病室に帰ったか憶えていない。本当に驚いた。しばらくして我に返り、実家と叔父に連絡。叔父の提案で、明日退院し一緒に叔父の隣に住む祖父母の家に行く事にする。その後は、友人や従姉妹にメールしまくり(苦笑)。本人はまだ実感が湧いていなかったが、みんなから速攻で『良かったね!!』とレスを貰い、徐々に嬉しさがこみ上げて来た。ここを読んで、初めて知ったみなさん。本当にご心配をおかけしました。お蔭様で、手術する事なく帰宅出来ました♪
Nov 22, 2005
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結局、いろいろやっていたらあっという間に時間が過ぎてしまい、結局1時間の睡眠で起床。6時前に迎えに来たタクシーに乗り込み、実家を後にした。早朝、地元の空港のレストランは開いてない。途中のコンビニで朝食を買い込んだ。6時半、空港着。朝1番の飛行機とあって、まだ搭乗手続きも始まってなかった。7時過ぎて、やっと手続き開始。荷物を預け、さっさと待合ロビーへ。TVを見ながら、朝食を済ませた。7時半、機内へ。この便も、乗り継ぎの便もクラスJにしたので、座席はゆったり。毛布を貸して頂き、飛び立つ前には夢の中へ。1時間近く熟睡する。羽田に着き、乗り継ぎ便のロビーへ行こうとしたら、運良く降りた所がその場所だった(^^)。待ち時間は、1時間弱。機内案内の時間になったので、カウンターに行くと呼び止められた。『使用機変更のため、クラスJの設定がありませんので、座席を変更させて頂きます。』ちょっと、何だよそれ!!と言いたかった。と言うのも、このロビーに来た時、クラスJの優先搭乗があるのか、カウンターに問い合わせていたからだ。その後で急に使用機が変わるはずは無いし、それならそれで席の確認までしているのだから、その時点で教えてくれればいいじゃない。封筒に入った差額の千円を渡され、『クラスJでは通路側を希望されていたので、通路側のお席を用意させて頂きました。』と言われた。かなりムッとして『希望した訳じゃなくて、予約時点で通路側しか空いてなかったんです。前方窓側があったら変えて下さい。』と私。希望通り変更してもらったけど、この人1回も謝ったりしなかった。だからお高いJ○Lは嫌いなんだよっ!!1時間40分で旭川到着。荷物を受け取り、タクシー乗り場に向かおうとしたら、先日結婚式に来ていた叔母の顔が。『明日(手術日)まで待てないから、来ちゃった。』と笑顔。道東から叔父と2人で車で駆けつけてくれたのだ。感謝感謝。空港で昼食を済ませ、病院に向かう。病室に案内され、手術前の検査を受けるためにパジャマに着替える。叔父夫婦は、『明日の朝、また来るから。』とホテルに帰って行った。この後、衝撃の事実が判明するだなんて、誰も知る由もなかった。
Nov 21, 2005
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今日は学習発表会。生徒数も少なくなったので、1学年で1つずつ劇をして、最後に全校生徒&教職員による合唱というプログラム。息子達5年生は、3番目に登場した。今年度の取り組みとして川の研究をしていたのだが、それを織り交ぜた創作劇だった。息子は水の精の役。いつも通りのハイトーンボイスで笑いを取りながら、最後まで失敗無く演じていた。劇中PCやスライドを使ったり、ラストシーンではギターを弾いたりと、担任のセンセ大はりきり。日頃の指導にも、これ位熱心にしてくださればと心の中で思う(苦笑)。発表会終了後は、来月静岡に行く母と弟の新幹線チケットを買うために、隣町へ。私のいない間に無くなったら困る、日用品の買い置きも済ませる。昨夜は色々やっていて、4時間弱の睡眠。すごく、すご~~~く眠い。夕食を済ませたら、ゴミ出しと片付けなければいけない書類仕事が1つ。荷物の最終チェックもしなくちゃ。明日は6時に実家を出る。多分、これでしばらくここに来れないだろうな。しばらく。。。多分2週間ほど留守をします。もしかしたら、何らかの形で経過報告出来るかもしれないけど、まずは行って来ます(^^)ノ。みなさんも、お元気で。
Nov 20, 2005
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うちの息子は、結構食べ物にうるさい。とは言え、がきんちょなんで肉さえあれば満足ってとこもあるけど(^^;)。11年食べ続けているから、私が作った物が1番美味しいと思っているところアリ。うちの母は、あんまり料理するのが好きじゃない。しかも、食事はほとんど私が作るから、母が料理するのって1週間に何度あるか?父と二人の朝食も、父はほとんど行きつけの喫茶店でモーニング食べてるから、特別なんか作る訳じゃないし。もちろん、私が子供の頃は母が料理していた。カレーや煮物も作っていたけど。。。よく思い出してみると、あんまり手のかかる物って作ってなかったような。ハンバーグは、グリコやマルシン(苦笑)だったし、から揚げ以外の中華やパスタは家で食べた事がない。私がいないという事は、息子の食生活も危ないということだ。今日は朝から、カレーを仕込んだ。冷凍してある手作りハンバーグも、1度焼いてソースを作っておかないといけない。鶏肉も今日からタレに漬け込んで、明日から揚げを作ってやらないと。パスタは冷凍出来ないから、冷凍食品を買って来た。息子よ、耐えろ。味はさておき、何か食べていれば死にはしないぞ(爆)。2週間なんて、アッと言う間だ~~~。
Nov 19, 2005
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今日、入院に必要な荷物が旅立ちました(^^)。先日診察を受けに行った際、出来れば病室を見学させて頂こうと思っていたのに、なんせ脅威の7時間待ち(苦笑)だったもんで、会計を済ませたら5時過ぎでした。図々しい私とは言え、さすがに見学したいとは言い出せず、結局部屋については全く判らずじまい。売店に無さそうな物は持って行かないと心細いので、あれやこれやと詰めていったら結構な荷物になりました(^^;)。うちには梱包に使う物があるので、ダンボールでビシッと荷造りするのは可能なのいですが、問題は帰る時。集配の人が、病院まで取りに来てくれると言っても、荷造りは一人でしないといけないし。それで、ホームセンターへ行き、キャリーを買ってきました。耐荷重60kgのパワフルタイプ。プラスチックの大きな籠を一番下にして、その中にすっぽり入る愛用のプーさんのキャスター付きケースを2段重ねてみると、バッチリ!!付属の紐もちゃんと届いたし、満足の仕上がりでした。そのまま、宅急便のセンターへ。重さも24kgと、宅急便の範囲内(25kgを超えるとヤマト便扱いになる)だったので、2日後には届くとの事。良かった、良かったd(^^)b。後は、衣類やすぐ使う物(もし宅急便が届かなかった場合を考えて)をスーツケースに詰めるだけ。サクサク用事が済んで、今日の予定終了。ちょっと早いけど、もう寝ます(笑)。
Nov 18, 2005
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明日には宅急便(ヤマト贔屓なんで♪)で送らないといけないから、今日は荷造りのタイムリミット。事務仕事の合間を見ながら、ケースに荷物を詰めていった。すぐ使うものは当日手荷物で持って行くから、手術後に必要な物を隙間が出来ないよう梱包しなくてはならない。消耗品とか向こうに着いてから買えばいいと思ってたけど、予定変更で入院の翌日が手術になっちゃったし、病院の売店にある物は限られているから、『こんな物まで!?』と思うような物も色々あった。何とかケースに収まり、一安心。手術してすぐに読めないだろうから、本は1冊を残してすべて梱包した。その代わりという訳ではないけど、CDは全部手荷物に。あまり枚数があってもいけないから、10枚程度にしようと思ったけど、なかなか決まらない。結局、2枚組2セットと10枚になった。#『十七歳の地図』 ゆたさん#『回帰線』 ゆたさん#『壊れた扉から』 ゆたさん#『ともえ』 じぶこん#『LIVE at Carnegie hall』 フジ子ヘミング#『ANOTHER GRAFFITI』 日向 敏文#『RHYTHM AND POLICE』 #『魂の叫び』 U2#サイモンとガーファンクル・ベスト#カーペンターズ・ベスト#ビートルズ・ベストそして、#『THE東南西北ベスト』みなさん、最後のTHE東南西北ってご存知だろうか? 彼らは瀬戸内尾道の出身。メンバー全員が高校在学中、CBSソニー・オーデションでグランプリを勝ち取り、’85にデビューした。私は以前書いたCATVに勤務していた時に、アマチュアだった彼らと出会い、親交を持たせてもらった。渋谷のエッグマンで行われたデビューライブも、クラブチッタであった解散ライブも見ることが出来た。解散ライブがあった年の前後は、エコーズ・レッドウォーリアーズ・ARB他色んなバンドが解散し、東京で生活していたお蔭か、運良くどの解散コンサートも見れたけど、1つのバンドの始まりと終わりを見れたのは東南西北だけだった。そして、きっとこれからも彼らだけだと思う。解散後、彼らの活動は個々それぞれ違った。ソロ活動を始めた人・何らかの形で音楽と関わっている人・音楽から足を洗った人・映像関係の仕事についた人・・・。最近、ユニットという形で、元のメンバー2~3人が集まりライブをする事もある。みんな不惑の年を目前にして、なかなかいい顔になってきた。本当に楽しそうに、歌い、奏でる。彼らの曲で、『内心、Thank you』という曲がある。発売された時は、プロの作詞家さんの詞になり、オリジナルとは随分違う雰囲気になった。オリジナルの歌詞のこの曲を、私に関わって下さった、すべてのみなさんに届けたい。いつも心の中で思っている、『内心、Thank you』。
Nov 17, 2005
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11月22日(火)に決まりました。個人的な都合で。。。23日じゃなくて良かった!!(爆)執刀して下さるDr.の出張もあり、入院翌日という慌しい日程ですが、早いにこした事はないので、決まって安心(^^)。
Nov 17, 2005
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昨夜から『左手が痛い。』と言って、食事もろくに取れなかった息子。利き手が左なんで、かなり困っていた。今朝になっても『まだ痛い。』と言うので、ついでに耳鼻科にも回ろうと母も一緒に出掛けた。係り付けの耳鼻科と整形外科はちょっと距離が離れている。水曜日は耳鼻科が昼までの診療なので、まずはこちらへ。相変わらずの混み込み具合(苦笑)。10時半に着いて、診察が終わったのは2時過ぎ。急いで食事をとりに行く。息子と約束した事もあるが、実は私自身が食べたかったから、お気に入りの焼肉屋へ。ちょうど今日から牛タンが再開していたので、まず注文♪その他、いろいろと食べる・食べる。満足~~~。しかも、先日叔父一家と行った店よりも、ずっと安い。レジのそばには、コチュジャン等の調味料や味付けしたエゴマの葉っぱ、キムチも数種類売っている。清算する際、お土産をいっぱい買った。高速道路を使い、整形外科へ。車がいっぱい停まっていたので、ゲロゲロと思ったけど、クリニック内に入るとほとんどリハビリ室の患者さんで、思いのほか早く診察して頂けた。Dr.曰く『弱虫病じゃ!』。元々筋力が無いのに、昨日の体育の時間鉄棒他、力を使うことが多くて筋肉が悲鳴をあげている状態との事。う~~~、情けないぞ、息子~~~。お土産(?)にテニスボールを頂き、『毎日握って筋力をつけなさい。』と指導された。継続は力なり。頑張れ、息子。
Nov 16, 2005
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嵐のような忙しさで、流石の私も本が読めない。非常に悲しい状態が続いている。今日は銀行に行ったついでに、読めなかった本を図書館に返却した。ツ、ツライ。それなのに。。。よせばいいのに、目に付いた本を借りてしまった。『お前は月曜日から居ないんだぞっ!』と耳元で天使の私が叫ぶ。反対の耳元で『友達に返してもらえよ♪』と、悪魔の私が囁く。ごめんなさ~~~い、悪魔の勝ち(苦笑)。結局3冊借りて帰る。どこまで読めるんだか。ちなみに今月読んだのは、現在2冊(とほほ)。せめて1冊は読了して、旅立ちたい。
Nov 15, 2005
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もちろん、当て字ですよ(>▽<)。今日の午後の便で、6名お帰りになりました。うちの息子のハトコにあたる、じゃりんこ1号は『こっちの学校に転校したい!』と駄々をこね、初めてこちらを訪れた叔母は『みんなに良くして貰って。』と涙していました。こんなに喜んでもらって、接待係としても感無量。いや、いや、泣きませんでしたが(笑)。取り敢えず一段落。でも、明日は給料日。空港からの帰りに銀行に寄って手続きを済ませ、事務所で溜まっていた仕事を少しずつ片付けました。仕事用のPCには、メールが150本以上(@@)。って言っても、9割は迷惑メールでしたが。会計事務所の今月の来訪日が明日だったのを思い出し、ますますバタバタと動き回ってます。
Nov 14, 2005
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いよいよ今日は、結婚式当日。相手側の意向で、10時挙式・11時披露宴というスケジュールだったため、非常に忙しなかった。9時半前に会場に着き控え室へ。ここだけしか喫煙スペースが無いため、煙がモウモウとしていて閉口。嫌煙者のためのスペースを設けてくれればいいいのに、と愚痴る。集合写真・親族自己紹介と進み、キリスト教での式が始まる。背が高く青い目の牧師様。私の時は、本物のカトリック教会で挙げたのだが、信者で無かったため、事前に何度か勉強会に通った。神父様は日本人だったが、とても素敵なお説教をして下さった。2年ちょっとで別れてしまったので、申し訳なかった(苦笑)。賛美歌のコーラスも、一般の信者の方々がボランティアでやって下さったのに。続いて披露宴となった訳だが。。。一昨年、父方の従兄弟の結婚式に出た際も感じた事だが、今の若いお嬢さん達は何であんなに下衆な格好をするのだろう。黒いノースリーブのワンピースにショールをまとい、傷みまくった茶髪に毒々しいマニキュア。しかも、ほとんど皆んなクローンの如く、同じ格好。正直言って、キャバ嬢の固まりみたいだ。ひざ上のミニを着ているのに、深く椅子に腰掛け足を組んでいるから、余計にそう思える。そんな風に感じるのも、私がオバさんになっている証拠か?新婦が妊婦(笑)という事もあってか、お色直しは1回のみ。滞りなく、最後まで進んだ。叔父が爆泣すると楽しみにしていたのに、何とか踏ん張っていたので、残念だった半面、よく出来ましたで賞をあげたいと思った。今月のイベント・その2終了。後は、息子の学習発表会と私の入院だ。
Nov 13, 2005
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『忙しいという字は、心が死ぬ(亡くなる)と書きます。』と言ったのは、金八先生だったか?本当に、心も体も死にそうな週末だ(><)。今日は少しゆっくり出来るかと思っていたのに、父の歯科受診日だったのを思い出し、慌てて隣町へ。その合間をぬって、だんだん症状が酷くなる風邪の薬を貰うため、かかりつけの内科へ行った。先日、今回の入院のため、いつもより2週間分多めに持病の薬を貰っていたが、入院の詳細を話していなかったため、ちょうどいい機会だった。思っていたより早めに受診となり、Dr.に入院及び手術について話す。このDr.には、10年来診て頂いている。余談だが、胃カメラのテクニックが素晴らしく、私は毎回いねむりしながら検査を受けるほどだ。脳動脈瘤についてかなり驚かれた様子で、いつも以上に優しい言葉をかけて下さった。『次回は、頭の傷を見せに伺います。』と笑って話すと、安心された様子。こちらのDr.を始め、本当にいろんな科のDr.に恵まれている私。もちろん、いろんな手段でより良いDr.を探した結果ではあるが、やはり良いDr.に紹介して頂いた他科のDr.は、ほとんど間違いなく良いDr.だ。用事を済め、一旦実家へ戻る。明日の午前中にある従姉妹の挙式のため、今日はみんなで隣町のホテルに泊まる事になっている。家での仕事や明日の準備を済ませ、再び隣町へ。ショッピングセンターで夕食を取り、ホテルへ向かう。このホテルは天然温泉があり、お盆や年末年始によく利用している。温泉につかり、つかの間の骨休め。明日の挙式が終われば、いよいよ入院に向けて準備をしなくては。
Nov 12, 2005
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今日は叔父一家を連れ、呉と広島市内へ行った。呉は、今話題の大和ミュージアム。実のところ大和自体よりも、気になっていたものがあった。それは、人間魚雷・回天だ。みなさんは、この存在をご存知だろうか。神風特攻隊と呼ばれたゼロ戦は、よく取り上げられているので、きっとほとんどの方はご存知だろう。回天は、ゼロ戦の魚雷版と言えばよいのか。やっと1人が乗り込めるような魚雷で、敵艦に突撃したという。以前何かの本で、この回天について知ったのだが、出版直後に読んだ横山秀夫さんの『出口のない海』で、認識を新たにした。この作品については、来年映画が公開されると聞いた。あくまで私個人の意見だが、横山さんの代表作とも言われる『半落ち』よりも、『出口のない海』の方が胸に響いた。主人公をはじめ、回天に乗り込んで散っていった兵士達の心情を思うと、今の世を生きる者として本当に申し訳ない。ミュージアムには、回天や乗組員の遺書なども展示されていた。見学していて、本当に言葉もなかった。うれしげに、ケイタイで写真を撮っていたやつらにケリを入れたくなった。昼食後、平和公園と原爆資料館を訪れた。叔父の孫は、小5と小3。学校でもあまり平和教育は受けていないとの事だったので、資料館は刺激が強すぎるかと思って聞いてみると、『テレビでも見ているので、絶対見学したい。』との事。私の息子が、二人にレクチャーしながらの見学となった。二人とも神妙な面持ちで展示物を見ていた。熱心にメモまで取っている様子に、何だかグッときてしまった。修学旅行生らしき生徒達も、真剣に見学していた。戦争を賛美する気なんて毛頭無いし、偉そうな事を言うつもりも無い。でも、浮かれ気分で海外旅行する前に、国内に知らなければいけないものが沢山あることに気付いて頂きたいと心から思う。偉そうだったら、すみません。
Nov 11, 2005
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13日にある従姉妹の挙式に参列するため、北海道に住む叔父夫婦が孫を連れてやって来た。去年の夏、入院していた祖母と一人で家に居る祖父の手伝いをするため、息子と二人3週間ほどあちらに行っていたので、約1年ぶりの再会だった。夜は翌日の観光のため、ホテルに一緒に泊まる事になっていたので、夕方尾道へ向かった。夕食はお洒落なレストランででもと思っていけど、それぞれの食べたい物が違っていたため、結局焼肉屋で食べる事になった。遠くまで行くのは面倒くさいとのことで、ホテルからすぐ近くのお店に入った。初めて入る焼肉屋で、私が絶対注文する物がある。それはホルモンとオイキムチ。これを食べれば、その店がどれだけ手をかけているかが判るからだ。私は短大に通っていた頃、近所の焼肉屋でアルバイトをしていた。おかみさんが、自宅の1階で一人で切り盛りしている小さなお店で、私はほとんど毎日4時間働いていた。おかみさんは、私より15歳位年上だったのだろうか。小学生の娘さんと幼稚園児の息子さん、ご主人とおかみさんのお父さん、妹さんの6人家族だった。おかみさんは、とても気持ちのいい人で、一人暮らしの私のために何かと心遣いをして下さった。『匂いがつくだろうから。』と、お風呂の無いアパートに暮らす私のため、仕事が終わった後シャワーを使わせてくれたり、残ったお肉を『ご飯の足しにしなさい。』と持って帰らしてくれたり。毎日の夕食も、私の分まで用意してくれた。私もおかみさんの厚意に報いたくて、一生懸命働いた。大変そうな仕事は、積極的に手伝った。特に大変だったのは、冷凍されたホルモンの塊を解凍し、余分な油を剥がしていく作業だった。水をかけながら解凍すると、手がしびれるくらい冷たい。指先を真っ赤にしながら、根気よく作業した。キムチ作りも手伝った。おかみさんが作るキムチは絶品で、今まで私はそれ以上のキムチを食べた事がない。これも手間をかければかけるほど、美味しくなる。普通の白菜キムチのほか、オイキムチも毎日仕込んでいたのだが、これは1度に多量に作れない上、とても手間がかかる。おかみさんの仕事ぶりを1年ほど見ていた程度だが、そのおかげで初めて入ったお店の味が判るようになった。今日入ったお店は、残念ながら満足するにはほど遠い味だった。あの味をまた食べてみたいと強く思った。私が働いていた頃、おかみさんは『将来は北へ帰りたい。』と言っていた。在日朝鮮人2世であったおかみさんは、まだ見ぬ祖国への思いが強かった。卒業して数年後、短大時代の友人の結婚式に参列するため、懐かしの地を訪れた際お店に行ってみた。その場所は更地になっていた。近所の人に尋ねると、『一家で北へ帰ったよ。』との事だった。おかみさんは、今も元気でいるのだろうか。後悔していないだろうか。彼の地の映像を見る度、おかみさんの顔が浮かぶ。どうか元気でと祈ることしか出来ない自分が哀しい。
Nov 10, 2005
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今日の夕食で食べたお豆腐。今まで食べて来たお豆腐の概念をブチ壊すものでした。『何をおおげさな。』と思われるかもしれませんが、もし近くのお店で手に入るようでしたらお試し下さい。以前何かのTV番組で、どなたかが紹介してたのです。その名も“風に吹かれて豆腐屋ジョニー”(笑)。これ、豆腐の名称です。笑っちゃいますよね(^^)。しかも、1度聞くと耳から離れないフレーズ。京都のお店で作っているのですが、中国地方の片田舎では売ってないだろうと思っていました。そしたら、あったんですよ。先日見つけてしまいました。実物を見て、また大笑い。値段も、買うのに勇気がいる価格でした(爆)。まず、パッケージから出した時に一口。あまりの濃厚さに、目が踊ってしまいました。豆腐の味じゃないです、本当。私は乳製品全般がダメなんで実際の味は判りませんが、チーズってこんな味かもと思う程の濃厚さでした。このまま食べるのは、ちょっとキツイと思って、レンジで暖めて刻んだ葱とミョウガを乗せ、ポン酢をかけてみました。すると、全く違う味に♪非常に美味しいです。河豚の白子みたい(^^)ノ。次回は是非、紅葉おろしも準備して食したいと思ってます!
Nov 9, 2005
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今日、街に行ったついでに家電屋さんに寄った。入院するに当たって、欲しい物があったからだ。それは、CDラジカセ。1台持ってはいるんだけど、出来るだけコンパクトな物があれば、荷造りの時も助かるなと思っていた。コンパクトな物なら、昔で言うところのウォークマン(今は何て言うのでせう?)がいいんだろうけど、耳を痛めて以来イヤフォンやヘッドフォンの類は敬遠しているので、普通に音が出る物がいい。色々物色していたら。。。ありました、ありました。名称は“ステレオCDシステム”。CDラジカセとは違うので、カセット部分は無い。これは理想的。しかもサイズが、幅31.7cm・奥行き4.7cm・高さ14・6cm。片手で持てる上、フックが付いていて立てかける事も出来る。ラジオも付いているから、来年息子がラジオ体操のラジオ係になった時も便利だ。そして、何よりうれしい低価格、7480円!!こりゃ、買うっきゃないでしょ(^▽^)ノ。そうそう、メーカーは外国じゃないよねと思いつつ確認すると、国産メーカーだった♪ただね。。。小泉って、ストーブや照明器具の会社ではありませんか?でも、国産だからいいか。帰宅して、先日買ったじぶこんのCDをコンポから出してかけてみた。想像していたより、いい音だった。ラッキー♪入院中、久々に色んな音楽を聴きながら、読書に励もう(^^)。
Nov 8, 2005
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すんません、私の事です(^^;)。最近メールのレスが遅くなってます。本当に申し訳ない。ブログ書く前にレスしろ!ですよね。今日も朝からバタバタ。銀行に行ったり、実家の家の中を片付けたり。持病の薬も、いつもは4週間分頂くのですが、今回は念のためお願いして6週間分頂きに病院へ。髪も少し短くしたかったので、いきつけの美容院にも行って来ました。用事を済ませ夕方帰宅すると、隣町に済む友人N~Nと関東地方に住む友人Yちゃんから、お手紙&小包が届いていました。最近はメールで連絡をとる事がほとんどなので、すごく新鮮でした。中身は、どちらも思わずニッコリしてしまうモノでした。二人とも、ありがとね(^^)ノ。って、だからメールしなさいってば!!ごめんなさい、すぐします(^^;)。
Nov 8, 2005
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昨日亡くなった、本田美奈子さんの話題で持ちきりの、今日のTV。彼女については、アイドルからミュージカル女優に転身し、いまや実力も兼ね備えて活躍しているという事ぐらいしか知らなかった。接点と言うほどでもないけど、彼女がアイドル時代に女性バンドのvo.という形で売り出しをかけた時、バックバンドのゴーストとしてレコーディングをしていたバンドのメンバーが、知っている人達だった。あの当時はよくある話で、女性バンドとして人気があったPP(やばいから伏字・笑)でさえ、レコーディングは自分達で演奏してなかったし。まあ、その事は余談でどうでもいいんだけど、女優としてこれからさらに飛躍したであろうと思うと、本当にお気の毒だ。心からご冥福をお祈りしたい。最近、白血病を患っている著名人の話をよく耳にするが、タイトルにもあげた中川勝彦さんの事が1番記憶に残っている。私は熱烈なファンという訳でもないけど、勝ちゃんが大好きだった。勝ちゃんは、私より少しだけお兄さんで、19歳で映画デビューした。大林監督の、『ねらわれた学園』『転校生』等にも出演しているので、今でも在りし日の姿を見る事が出来る。歌手デビューも果たし、歌番組にも時々出ていた。よくビジュアル系なんて言葉を耳にするけど、勝ちゃんはそんな軽い言葉ではなく“正統派美形”という容姿の持ち主だった。女の目から見ても憧れてしまう美しさに、気品も備えた人だった。昔の少女漫画によくある、薔薇の花を背負って登場しそうな人(爆)。その割に、しゃべるとお茶目で、見た目とのギャップが面白かった。私が音楽を聴かなくなり、勝ちゃんの姿もTVで見かけなくなったある日、新聞に勝ちゃんの死去を報じる文章を見つけた。息子が生まれて間なしの頃。32歳、白血病での死だった。ゆたさんが亡くなった時は、その前から何となく予感があったけど、勝ちゃんの死は突然で衝撃的だった。最近ネットで、勝ちゃんの娘さんがアイドルデビューしている事を知った。中川翔子さん、今年ハタチ。勝ちゃんてば、23歳でパパになったんだぁ(笑)。彼女が書いているブログで、本田美奈子さんについてふれていた。好感が持てる内容で、思わず応援したくなってしまった。今はまだ、若かりし頃のパパの方が綺麗(笑)だけど、なかなかチャーミングなお嬢さんだ。
Nov 7, 2005
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私が妙に気に入ってしまった、“ワンポイント坊主”。これの語源(オーバーやね)だけど、元Hってバンドで太鼓叩いていて、今はじぶこんというバンドをやっているTちゃんのメールによる。私が入院・手術するというメールを送った所、びっくりしたみたいで速攻レスをくれた。それで、『手術時に切開する周辺だけ髪を切ればいいんで、坊主にしなくても構わない。』という返事を書いたら、『そうか、ワンポイント坊主か!』と返してくれた(^^)。すごくおかしくて、声を出して笑ってしまった。Tちゃんならではって感じのフレーズで、これからは使わせてもらおうと思った。そのじぶこんの、新しいアルバムが届いた。先日のブログでも誉め倒した(笑)けど、これまた本当にいい出来で、ぜひぜひ沢山の人に聴いてもらいたいと思っている。もちろん病院にも持参し、看護士さんやDr.にも宣伝しなくちゃ♪じぶこん・じぶこん・じぶこんどうですか、頭に残りましたか?(笑)
Nov 6, 2005
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今、お風呂からあがって、プリンアイスを食べているところです(*^m^*)。最近妙にハマっている、赤城の“ソースたっぷりプリン”。赤城って、根強いファンを持つガリガリくんを作っている会社だったような。このプリンアイスも、おちゃめな味がします。私は乳製品が苦手なので、ハーゲン○ッツやレディボ○デン等の、高級アイスは食べられません。ラクトアイス万歳!でも、ここ1年ほど大のお気にいリになっているこのアイス、何だか体に悪そうなモノがいっぱい入ってそう(苦笑)。近くのスーパーでいつもは75円で売っていますが、毎土曜日はアイスが40%OFFになるので、その時が狙い目です。この貧乏臭い味が、何ともいえず好きです。“貧乏臭い”シリーズでいくと、北海道限定発売のナポリンも大好き♪怪しい味が、ナイスです♪普段、野菜は有機減農薬の物、着色料・保存料などの添加物が入った物は絶対買わないなんて言ってるくせに、この2つはどうしてもやめられないダメな私です(^^;)。
Nov 5, 2005
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今日は、私用で“晴れの国”へ行って来ました。それについては、また明日にでも。帰宅した時は、立っているのがやっとという程疲れていました。でも、食事の支度をしなければ。昨日も仕事で遅くなり、買って来たお寿司で済めちゃったし。今日は遅くなるのが判っていたので、2日前からスペアリブを仕込んでおきました。今回は、あっさりバージョン。お気に入りのスパイスを揉みこんで、赤ワインに漬け込んだだけです。それと、帰宅後ひじきを作りました。中身は、蓮根・人参・蒲鉾。ここまでは普通ですが、先日ある料理屋さんで食べたひじきに入っていたのが・・・ホールコーン♪いつもは大豆を入れるんだけど、その時のコーンが妙に美味しかったので、入れてみました。色彩的にも黄色が映えて、ナイスです。インゲンがあれば、尚良かったんだけど。ひじきが煮あがる時間に合わせて、スペアリブをオーブンで焼きました。大して手をかけていない割に、豪華で美味しかったです(^^)v。
Nov 5, 2005
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ちょっと過激なタイトルだったでしょうか。以前から感じているのですが、女性ドライバーって本当に迷惑。私自身女だし、運転もします。矛盾しているじゃないかと、思われるかもしれません。でも、本当にそう思います。もちろん男性にも、とんでもない運転をする人がいます。多分飲酒運転やスピード違反は、圧倒的に男性の方が多いだろうし。運転席からポイ捨てするのも、ほとんど男性です。でも、日々運転している人を観察してみると、非常識なのは女性・特に年配の女性だと思います。私は運転歴21年。人身事故が1回、スピード違反が1回あります。スピード違反については、言い訳できませんが、事故については本当に大迷惑を被りました。相手はやはり、年配の女性だったのですが、私が当時勤務していた会社の横に停車していた車のエンジンをかけ、徐行(メーターはほとんど振れない程度でした)で進んでいたところ、坂道から登って来たスクーターが、センターラインを大きく割って追い越して行きました。もちろん、方向指示器も上げていましたし、センターライン近くまで車が出ていたので、見えないはずはありません。無理やり追い越したスクーターは、大きく膨れすぎたためか、そのまま横滑りしてしまいました。同乗していた同僚と慌てて救急車を呼び、警察にも連絡しました。女性はノーヘルだったので、すごく心配しましたが、幸い頭部を打っておらず鎖骨骨折だけで済みました。一応病院へお見舞いに行った所、『勝手に転んで迷惑をかけてごめんなさい。』と恐縮していました。元気そうな様子に安心して帰宅したのに、翌日にはびっくり!私に撥ねられたと、警察に訴えていたのです。私はもちろん、同乗していた同僚や家族は、裁判にかけるよう言っていたのですが、当時勤務していた会社の社長から呼び出され、『頼むから穏便にすませてくれ。』と言われました。運が悪いと言うと御幣がありますが、私が勤めていたのは地元のケーブルテレビ局だったため、近辺の住民とトラブルを起こして欲しくないと言うのが、会社側の主張だったのです。納得は行きませんでしたが、会社を辞める訳にいかなかったので、泣く泣く諦めました。結局、免停1ヶ月(講習で1日)と罰金10万円、もちろん私のかけていた保険で、相手の面倒もみました。ちなみに会社は、何にもしてくれませんでした。これは、たまたま運が悪かったケースかもしれませんが、女性には判断能力で大きく欠如している部分があるように思えます。例えば、前がつかえているから止まっているのに、後ろから追い抜こうとする車は、女性が運転している事が多いです。そういう人に限ってバックが苦手なもんだから、対向車とハチ合わせになって身動きが取れず大変な事になります。また、道が狭い場合交わすのを待ってあげた時、お礼の挨拶をしないのも女性が多いです。横入りする時も然り。入れてくれるのが当然という顔をしているので、本当にムッとします。私が通った自動車学校では補習の上限を決めていて、ちゃんと出来ていなくてもその回数を超えると合格にしていました。今はそんな無責任な事はしていないと思いますが、私は男性以上に女性には厳しくした方がいいと思います。『バックできないの~~~ぉ♪』なんて甘えた声をだしている女ドライバーは、自転車に乗ってりゃいいんです!!。今日も、あまりにも腹立たしい女ドライバーが多かったので、思わず書いてしまいました。
Nov 4, 2005
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ちょっと、本についてご無沙汰でしたね(^^;)。10月は、調べ物とかでPCの前に居る時間が多かったから、思っていたほど読んでいません(と言い訳してみる。)。・深紅(再読) 野沢 尚 ☆☆☆☆★・サウスバウンド 奥田英朗 ☆☆☆★★・蒲公英草子 恩田 陸 ☆☆☆☆★・光の帝国 恩田 陸 ☆☆☆★★・検屍官 P.コーンウェル ☆☆★★★・幼な子われらに生まれ 重松 清 ☆☆☆★★・土の中の子供 中村文則 ☆★★★★・アッコちゃんの時代 林 真理子 ☆☆☆★★8冊か・・・ちょっとがっかり。中でも、『蒲公英草子』が心に残りました。恩田作品は初めて読んだのですが、以前から読書好きな方のサイト2箇所に時々お邪魔していて、恩田さんに対しての印象が両者極端に違うので、なかなか読む気が起こらなかったのです。タイトルと装丁に惹かれて借りてみました。後半は、涙ものです。号泣というのではなく、さめざめと泣くという感じでしょうか。この本が良かったので、以前出版されていた“常野モノ”である『光の帝国』も読んでみました。林真理子さんの作品も、ほとんど読んでいると思うのですが、『アッコちゃん』も興味深く読みました。ブックレビューを読むと、結構賛否両論みたいですね。私と同年代の女性アッコちゃん。実在の人物だけに、迫力満点です。もちろん、アッコちゃん以外も実在の方々。あの当時の時代背景も懐かしくて、私は面白く読ませてもらいました。話が逸れますが、私が上京した時はバブル後半期で、最初に勤務した会社は不動産関係(ありがち)。西新宿に本社があって、一度社長のおごりで歌舞伎町の焼肉屋さんに連れて行って頂いた事があります。焼肉屋と言っても、テーブル席の個室になっていて、チマチョゴリに身を包んだ綺麗なお姉さん方が、うやうやしくお肉や飲み物を運んでくれました。お皿もすごく高そうで、メニューなんか恐ろしくて見られませんでした(笑)。当時、電話セールスだけでマンションを買ってくれる人が、いっぱいいたんですよね。私は早々と転職したのですが、私が辞めて間なしに社長が巨額の脱税で逮捕され、ニュースでもしっかり映っていました(爆)。今から考えても、異常な時代だったと思います。
Nov 3, 2005
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昨日すごくうけたフレーズだったんで、書いてみた(^^)ノ。私が昔LIVE三昧やってた話は以前書いたと思うけど、その時よく観に行ってたBANDのメンバーが、昨日くれたメールに書いてあった言葉なのだ。彼らはゆたさんが謹慎生活を送っていた頃、所属事務所からデビューした新人だった。最初に音を聴いたのは、’87に開催されたBAND STANDというイベントだったと思う。大晦日から元旦にかけて、全国5箇所(だったかな?)でLIVEが行われ、その模様を生中継でBSで放送し、各会場の繋ぎの時にもモニターで流すというイベントだった。私は、迷わず福岡会場に行った。当時ゆたさんと仲が良かったミュージシャンが集まっていたんで、『もしかしたら飛び入りで出るかも。』なんて、甘い期待を抱いてそこに決めた。後から判った事だけど、その時はもう留置されていたんだよね(苦笑)。地元のバンドがオープニングから続き、少しだれ気味の時に彼らがモニターに映ったように記憶している。彼らの音を聴いた瞬間、『あっ!』と思って立ち上がった。隣に座っている友人に、『これ、Hだよ!!』と叫んだように思う。不思議な事だけど、彼らが年明けにデビューする事は知っていたけど、顔や音は全然知らなかった。それなのに、何故か彼らだと直感した。正直言って、素人の私にも判る位演奏やコーラスは下手だった。ビジュアル的にも惹かれるものがあった訳ではない。でも、その音は私の心を鷲掴みにした。彼らがモニターに映っている間じゅう、息を潜めて見つめていた。それが出会いだった。翌年彼らが正式デビューを果たし、3月に地元のライブハウスで初めて生の音を聴いた。私は1列目のG.前に陣取った。それまでの私の趣味だとvo.を好きになるはずだったのに、大晦日に姿を見て以来G.の顔が頭から離れなかった。LIVEの感想は。。。呆気にとられたというのが正直な気持ちだった。のた打ち回るvo.の姿、ファンサービスはもちろん、ひと言のMCさえないステージ。やり逃げされたと言うのが、近いかもしれない。ますます彼らへの興味が募ってしまった。その日から、オリジナルメンバーでのLIVEが行われた1年の間(メンバーチェンジの果て解散した)、信じられない本数のLIVEを観た。途中私自身が上京して居を構えた経緯もあるけど、LIVEやイベント・公録を含め、観倒したと言ってもいいほど通いつめた。自然とメンバーと接触する機会も増え、メンバーチェンジ後辞めたメンバー側について行った事もあって、メールをくれた彼とも親交が続いた。あるきっかけで暫く疎遠になっていたけど、ここ数年また連絡を取り合うようになっている。彼と初めて話をしたのが、’88の5月。この17年、私にとって激動(笑)の年月だったが、彼にとっても大きな流れがあったと思う。今も彼は、音楽を続けている。今やっているBANDは、本当に気持ちが良くて不思議な音を奏でる。深々と雪が降り積り空気が張り詰めた真夜中の北海道の原野でも、底抜けの青空の下駈け出す沖縄の海辺でも、どこにでもしっくりあう曲と言ったら誉め過ぎだろうか。もうすぐ彼らの新しいアルバムが出る。入院前にそのCDを手に入れて、北の大地に乗り込むつもりだ。まだ自主制作だが、聴いてもらえたら決して私が過大評価してない事を判って頂けると思う。1度聞いたら忘れられない名前“じぶこん”。HPもやっているので、ヨロシクです(^▽^)ノ。あっ!“ワンポイント坊主”については、長くなったんでまた後日(笑)。
Nov 2, 2005
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実はこれ、書くのが2回目なのだ。今日の午後書き込んで送信したら、楽○サイドの調子が悪かったみたいで、結局消えてしまった(><)。ったく~~~。今朝、待ちわびていたメールが届いた。差出人は、A病院のT先生。手術して下さるのは、先日お会いしたK先生なんだけど、担当はこのT先生になるとの事。入院日も、私が希望していた21日になった。今月は何かと忙しく、仕事面では提出する書類や講習があるし、プライベートでも従姉妹の挙式のため北海道から親戚が6名がやって来る。20日には、息子の学校の学習発表会がある。21日の朝1番の便で羽田へ飛べば、乗り継いで正午には旭川に着く。その足で病院に行き、そのまま入院するというスケジュールだ。今日が前売り21の購入期限だったので、ギリギリ間に合いホッとした。チケットはネットで座席指定も出来ていたから、ラッキー♪ちょっと贅沢だけど、2便ともクラスJにした。これ位の贅沢しても、罰は当たらないよね(^^;)。忙しいと言っても、入院の準備も進めなくてはならない。病院には売店があるけど、やはり自分が気に入っている物を持って行きたいし。私は普段、パジャマを着ない。と言っても、Mモンローではありませぬ(笑)。夏は半そでTシャツにスパッツ、冬は長袖Tシャツにスパッツ(爆)。ちゃんとしたパジャマなんて、10年近く着てないと思う。入院中もそれでいいと思っていたけど、よく考えたら頭に傷があるんだから、前開きのシャツじゃないとヤバイよな。急遽、パジャマ探しにGO!でも、なかなか気に入る物がない(><)。パジャマごときに3000円以上出したくないし、かと言ってデザインも気になる。なにより、私の体のサイズも問題だ。あ~だ、こ~だと言いながら、今確保してるのは3着。あと、手術の直後はネグりジェタイプでないといけないので、これまた困った。こんなもん、パジャマ以上に着ないじゃん!そう思っていたんだけど、堀出し物GET!!夏用のネグリジェに長ズボンとカーディガンがついて、800円という安さ(^▽^)ノ。もちろん元値は3900円になっていた。どうやら売れ残り品の、出血大サービスだったらしい。ビンボー人にも、神様は微笑んでくれるのね♪
Nov 1, 2005
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