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活動している場所が中国なので日本語版ブログはずっと更新していませんでした。でも、たまには近況報告しておかないと安否不明状態におかれてしまうので久々にパソコンに向かっています。今年の年頭に宣言したとおり5月からほぼ休み無しで今日まで走ってきました。今は江西省の景徳鎮から100キロほど離れた山の中で撮影を続けています。景徳鎮と言えば世界で最も有名な陶器の街電信柱から公園の柵までオール陶器さすがです!!!前回にもお伝えしたとおり秋に中国版「徹子の部屋」に出演した時の収録ビデオがネットにアップされていたのでアドレスを記しておきます。中国語ですが雰囲気は伝わると思いますので観てやってください。前篇http://www.56.com/u98/v_Mzk1MTI0Mzk.html後編http://www.56.com/u63/v_Mzk1MTE4NzY.html中国語版ブログはずっと更新続けてますので応援のほどよろしくお願いします!日本語での書き込みも可能です。中国語版ブログhttp://blog.sina.com.cn/yanyisanpu更に更に休みなく走り続けるぞ!!!!!
2008年12月08日
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ドラマ「対手(ライバル)」が昨晩撮影終了!いよいよ秋から冬にかけてのロケ旅が始まる。基本的には来年の2月まで北京に戻れそうに無い。旅の始まりは江蘇省南京から爆風スランプの「走る走る俺達・・・・・」といった感じで突っ走るのみ!先日、中国版「徹子の部屋」に出演。中国語版ブログに写真をアップしてますのでご参照あれ。では、行ってきます。三浦研一中国語版ブログhttp://blog.sina.com.cn/yanyisanpu因みに中国語版ブログのバックに流れてる1曲目は出演したドラマ「夜幕下のハルピン」の主題歌です。2曲目は大ヒットした趙宝剛監督の最新中国トレンディードラマ「奮闘」の主題歌です。御視聴あれ、どちらもお気に入りです。
2008年09月25日
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しばらく、日本語のブログを書いてなかったので「三浦大丈夫か」の声を受け、チョコッと書きます。昨年撮影したドラマ「夜幕下のハルピン」がオリンピック終了翌日のゴールデンタイムで放映開始され、中国全土で物凄い反響が出始めてます。既に中国各省の視聴率統計でトップの数字を叩き出してます。10日時点で日本のNHKにあたるCCTV1が独占放映しただけで記録的な数字を叩きだしてるのに11日以降、全国各テレビキー局で一斉に更に放映を開始します。おそらく中国国民のほとんどが「知らない人間がいない」という金字塔を打ち立てることになります。反響の声の一部として「過去に描かれていた全ての抗日戦争を題材にしたドラマの中で最も人間性が伝わってくる」、「反日でなく、反戦争の大切さがわかる」等通常のドラマに比べ、中国の人々にいろいろと考える機会を与えているようです。そうした中で地元ハルピンは勿論東北三省(黒龍江省、吉林省、遼寧省)で最大の購読量(購読者数約160万人)を誇る「新晩報」から独占取材を受けました。記事がネットでもアップされてるので辞書を引きながらでも観てください。http://www.xinnews.com/200809/W2008091098722C0E36F46176FC8AD15A8AF37503.htmlエンジン全開で頑張ります!!
2008年09月11日
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中国的朋友!請関注我的中国的博客由于没有太多的時間!一般的情况下中国的博客的更新率多三浦研一的中国博客网址 color="#6565FF">http://blog.sina.com.cn/yanyisanpu
2008年09月02日
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オリンピックも盛り上がってる中でここ最近は撮影制限期間中にもかかわらず北京周辺のロケ地、スタジオで2本のドラマを撮ってます。連日のオリンピック特番で新作ドラマが放映されて無い状況で閉会式翌日に中国全国民が待ちわびる中、いよいよ8月25日から中央電視台夜のゴールデンタイムで超大作ドラマ「夜幕下のハルピン」が放映開始します。同時にDVDも販売され、全国全てのテレビ局で放映されます。この作品の主題歌もメチャヒットするぐらいの出来栄えです。ラストのスクリーンテロップにも主演以外に日本語監修責任者として名前も連ねてます。とにかく恩師趙宝鋼監督には足を向けて寝られません。中国人の老若男女のほとんどが知ってる小説をドラマ化した作品で今後中国ドラマの歴史に金字塔を打ち立てる作品です。今回は作品33話全てに登場します。昨日、新聞記者発表会が行われ主演の代表として出席しました。メディアも数百社来ており、作品の注目度が伺えます。記者会見の模様、周傑、李暁蘭中国のトップスターと共に9月には過去に中国のネット小説でNO。1作品に輝いた現代青春ドラマ「ビーナスの折れた翼」で初の主演中国人役を演じます。人生の曲折を味わったクールなフェンシングの教師役です。まだまだ発表したいことはありますがとりあえず今回はここまで。三浦研一まだまだ走ります!!
2008年08月22日
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やはり、日本語と中国語のブログの二本立ては時間的にキツイ。。。。誰かが手伝ってくれるわけではないし。大陸に渡って早11年活動のメイン舞台は中国圏ということでしばらく中国語のブログに集中します。活動近況はhttp://blog.sina.com.cn/yanyisanpuで。中国語で日常感じたことなど俺自身が書いてるので皆さんも辞書とか翻訳サイトを屈指して読み込んでみてください。日本語でのコメントや書き込みも載せられますよ。因みに過去に書いたいくつかの文章が中国作家協会のブログに推薦されちゃいました。益々、責任重いです。
2008年08月06日
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ドラマ「狙撃手」の撮影が終わり、ほんの僅かな空白期間に日本に4日間、ほぼ2年ぶりに一時帰国した。実質的には中2日間で久々の東京をいろいろ観て回った。今の時期は食べすぎで太るのが禁物なので食べ歩きじゃなく、ただただ眺めるばかりだった。新橋から虎ノ門→市谷→御茶ノ水→上野→浅草と地下鉄が通る上の道をとにかく歩いてみた。眼に飛び込んでくるのは・・・やっぱり日本の情緒。下町生まれの俺にすりゃ、店の軒先の風鈴の音が堪らなく心地良い。何故かレストランや料理店よりも街角の立ち食い蕎麦屋に足が向いてしまう。並、大盛、特盛。普段は特盛だが今回は並で我慢。俺の身体は代謝が良いというか1日で2キロ位の増減を繰り返してしまう。東京駅八重洲地下のレストラン街は俺にとって鬼門だ。オフの時にいつか食い倒れてやる!!とは言っても会える人には会っておきたい。役者の大先輩、波多江清大将にも会えた。彼の劇団仲間の前原、水口、紺野氏たちも駆けつけてくれて、池袋で1件目ドイツビール、アイスバイン2件目で焼酎と八丈島のクサヤ3間目で東京ラーメンと一晩で食い倒れてしまった。本当にご馳走様でした!最終日の夜は高校時代の先輩と同級生にこれまた久しぶりに会った。というか、皆顔が当時のままで頭が多少変化してるに過ぎない。ここでもレモンサワーやシメサバをたらふくご馳走になった。短い滞在だったが、かなり満足!中国に帰って翌日からドラマ「対手(ライバル)」の撮影開始。月末はドラマ「覚醒」に友情出演。ドラマ「覚醒」の監督は2004年にNHKで放映された「シルクロード」の中国側監督。2ヶ月前からラブコールをかけてくれてスケジュールの調整が付けばとの条件でずっと返事を返していなかったのだが北京に戻ってすぐ出演契約時に監督自ら撮影を中断して彼の高級自家用車で出迎えられてとなったら誠意には誠意で応えるしかない。こんなわけで7月から9月は中国各地今回は主に南方のロケ地が主なのでいろいろ報告していければと思う。尚、写真は中国語版のブログにアップしていく予定なので時々、覗いてください。三浦研一の中国語版ブログhttp://blog.sina.com.cn/yanyisanpuhttp://blog.sina.com.cn/yanyisanpu
2008年06月29日
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いよいよ、決戦の時が来た!高希希監督の「狙撃手」の撮影もクライマックス。今月20日から10月にかけて大きなドラマ、映画を数本こなす。勝負だ!!第一弾「対手」役者としての真偽を問われる作品になるだろう。監督は憂小剛。中国の黒沢明といわれる趙宝剛、憑小剛、張一謀等の大監督達の師匠だ。超有名監督達の師匠。武道の少林寺拳法に例えれば各流派の師匠の上に君臨する道場の宗主の前で演武を披露する事にあたる。テレビで以前撮影風景を見たことがある。一言、情け容赦なく「こわーーーーい」カメリハでお会いした時の印象は「ニコニコしてて優しい」そして、役柄は・・・・・・。ついに来た。ビンゴ!!演武は人間「山本五十六」何も言うことは無い。4年前から既に彼を研究し続けてきた。個人的にも敬愛してやまない人物だ。大先輩三船敏郎先生が演じられた山本五十六元帥何度も何度も繰り返し観た。中国大陸では初の登場となる。正直、海軍の衣装は陸軍よりもセンスがある。一言、カッコイイ!!一生に一度演じてみたかった役だ。山本五十六の中将時代を演じる。アメリカのプリンストン大学も登場する。俺が青学の大学院時代に潜水艦、司令艦艇、航空母艦に乗った経験も生かされるはずだ。机を並べた海上自衛隊の幹部候補生たちからいろいろと学んだことも多い。「戦争屋」でなく「戦争を起こさないための番人」呼吸を静かに静かに整えたい心境だ。
2008年06月08日
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まあ、説明は要りません。下のサイトにアクセスして頂いて観ていただければわかります。中国最大のインターネット映画配信サイトです。http://www.84321.com/Movie/6946/いつの間にか映画ポスターが俺のどアップになっちゃってます。それに・・・・・今期のお勧め映画総合ジャンルで第6位につけちゃいました。1位功夫之王DVD(カンフーキング、香港)2位再造人艾(ラスト・アンドロイド)3位同事三分(中国)4位可珊徳拉之梦(カサンドラ・ドリーム、ロシア)5位時尚先生(香港)6位囲剿7位野良犬(日本)8位我的新拍档(韓国)9位内部戦闘;(全20)(中国)10位内部争斗(アーバン・アブソリュート、米国)第1位はジャッキーチェンのカンフーキング第7位は大尊敬する三船敏郎さんの「野良犬」心引き締めて頑張ります!!
2008年06月01日
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言葉では言い尽くせない悲惨さ、四川大地震は全中国国民を震撼させた。日々、報道されるニュースはその惨状を克明に伝えている。救い出され、担架で運ばれる少年。彼は解放軍の救助隊員に向かって敬礼、そして感謝の言葉。「忙しい中、僕を助け出してくれて有難う」死と向き合う極限の状況の中で尚も感謝の言葉を忘れない、美しい心を持った少年。移送された病院で少年は息をひきとった。崩れた厚い壁の下から何かを覆うようなかたちでうつぶせになった女性の死体が発見された。女性の懐と壁の間の小さな隙間から元気な男の赤ちゃんが発見された。女性の手元には携帯電話。携帯電話に打たれたショートメッセージ。「可愛い私の宝貝(Baby)、もし、あなたが生きて元気だったら母親の私のことをずっと忘れないでねお母さんは永遠にあなたを守り続けるから」母の愛情の偉大さが人々の胸を打った。胡錦涛主席が訪日から戻った矢先に起きた大惨事。日本から駆けつけた救助隊。愚かなネットお宅の若者は毎度おなじみの反日文句を書き込んだ。「侵略の次は偽善行為か?」しかし、今回はこの若者がネット上に吊るされた。非難の嵐。今、大部分の中国人が今までに無く日本に非常に感謝している。従来の愛国主義は日本を批判し続けることで保持された。今後、新しい大きな流れが始まる気がする。人を恨んだり憎んだりすることが愛国主義なのか?いや、違う。苦境にさらされた同胞を助け物理的にも精神的にも建設的に考えることそして、相手を思いやる気持ち。中国は今回の大災害で大きな変動を遂げつつある。「魔は自分の心の中に潜んでいるその魔に打ち勝つ精神」大中国がいよいよ本気で動き始める。新しいドラマの撮影は続いている。そしてデジタル映画「囲ジャオ」が異例中の異例で先日の日曜日のゴールデンタイムに再放送された。プロデューサーから連絡が入る。「囲ジャオ」に対する反響が凄いとのこと長春国際映画祭だけでなく今年開催される全ての国内の映画祭にデジタル映画としては異例中の異例でこの作品がノミネートされたとのこと映画人としての責任を痛感する。いよいよギアをローからセコンドに切り替える時が来た!
2008年05月28日
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前回のサイトは前編45分だけのもので後編は下記サイトでご覧ください。http://v.youku.com/v_show/id_cc00XMjU1NjA3MTY=.htmlそれと先日藩監督からこの作品が中国国内3大国際映画祭のひとつで本年度の長春国際映画祭で最優秀デジタル映画賞の候補としてノミネートされたとの知らせを受け、7月のスケジュールがあえば式典に参加することになりそうです。長春国際映画祭で日本人初レッドカーペット!
2008年05月14日
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前回紹介した主演した映画「囲剿」(ウエイジャオ)が早速中国版youtubeで観れます!サイトアドレスを張るので興味ある方はご覧ください。でも、字幕は中国語です俺のセリフは日本語なので問題ありません。拡大画面でも見れます。http://www.gyhj.com.cn/thread-49286-1-1.html
2008年05月03日
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趙久々に報告がてらの更新。先日、CCTV6(中央電視台映画チャンネル)でそれも4月26日土曜日夜7時45分から90分のウルトラゴールデンタイムで昨年山西省で撮った主演作品「囲ジャオ」が異例のスピードで放映された。俺も突然プロデューサーや監督から電話で知らせを受けたので全く録画の準備もしていなかった。「戦争の愚かさ」をテーマにしたテレビ向けデジタル映画でプロデューサー曰く、テレビ局から大賞賛を受け2008年度のデジタル映画最優秀作品候補としてノミネートされたことも同時に聞かされた。「無心」になっての演技だった。共に一緒に寒い中頑張ってくれたスタッフ達に心から感謝したい。中国のデジタル映画は1年でおよそ300作品ほどが制作され、その中でも放映されるのは100作品も無い。そして最優秀作品候補は10作品程度という難関中の難関だ。そういえば、2006年に放映された主演したデジタル映画「巴林石伝奇」が年間最高視聴率賞を獲得したことを考えれば、俺はスタッフや作品に本当に恵まれたのかもしれない。ドラマ「家在黄上」もようやく今年上海と北京のキー局で放映が決定した。そして「夜幕下のハルピン」も先日趙宝剛監督にお会いした際全国30テレビ局に先駆け6月7日にCCTV1中央電視台総合チャンネルのゴールデンタイムで放映が決定した。現在、俺は華北省でドラマ「狙撃手」の撮影に入っている。監督は大人気監督高希希ドラマでは4年ぶりに矢野浩二君とも共演する。5月末から「敵営18年(第2部)」の撮影もクランクインの予定。日本の皆様、とりあえずエンジン全開ノンストップ活動中です!!ご心配なく!!!!
2008年04月30日
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1月半ばになって、明けましておめでとうございます、なんて日本の皆様大変申し訳ありません。今年は中国11年目に突入!中国人同様、春節を正月と考えるようになってしまったようだ。ということで日本の正月の時期はこちらの春節以降の仕事のための打ち合わせやら何やらで休まずに撮影外の仕事をしていた。両親、友人達よ申し訳ない。4月に現在の事務所との契約が切れるのでどうしても事前調整しなければならない状況に追い込まれていた。いわば政治界で言えば「水面下工作」再放送を抜かして、今年は俺の新作が4本公開される予定だ。どの作品も主演クラスなので何とか中国の視聴者達にも顔と名前が一致するぐらいに認められればとりあえず、合格点。後輩達のためにも道を切り拓かなくてはならない。先日、ドラマ「夜幕下のハルピン」の趙宝剛監督から突然の呼び出しを受け、井上朋子嬢共々新年の食事会に顔出ししてきた。食事会前に放映前作品の完成版の一部を観てみろと趙監督の会社のスタジオで観賞会。映像、音楽共に最高の出来栄えだ。さすがに中国ドラマ界の黒澤明は凄い!井上朋子嬢も更に美しく輝いていた。中国の男性ファンも急増加すること間違いなし!食事会の席上、監督がドラマ編集段階の秘話を明かしてくれた。まず、中央電視台側から今回の主演陣達数人への評価コメントがあり、勿体無くもその一人に俺も含めてもらえた。非常に高い評価だったということで監督も喜んでくれた。更には中国で最も厳しい監督の一人である趙監督が「三浦のシーンは1つもカットしなかったよ」という言葉を頂いたときには途中骨折事故で迷惑をおかけした監督、スタッフ達に対する感謝の気持ちが込み上げてきた。更に更に気を引き締め、今後将来に渡って趙監督に御恩をお返しできるよう役の幅を更に広げ、中国の視聴者達からも長く愛される俳優として頑張っていく決意をした。今年もノンストップ、フル回転で走り続けるので日本の皆様の更なる応援を宜しくお願いします!中文ブログのほうも観てやって下さい。http://blog.sina.com.cn/yanyisanpu
2008年01月15日
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もう、年の瀬を迎えてしまった。役者になってから、本当に生活リズムが一変した。クリスマスでも撮影、元旦でも撮影。今年はかろうじて23日に全ての撮影スケジュールを終了した。でも、休んでなんかいられない。来年9月までの撮影打ち合わせ。その為にスポンサー、プロデューサー、監督役者達とほぼ連日会わねばならない。今年の年末は既に来年早々に控えているドラマの台本読み込み。スタッフの中でたった一人の日本人。2008年日本でもそうだが末広がりの八ということで発展の為のスタートの年日本人が未だ打ち立てていない前人未到の記録を立てる準備は万端だ。ハードルを更に高くして勝負。勝負は勝たなければならない!
2007年12月30日
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山から下りて村落での撮影を開始。この村は人口2000人位でほとんどの家が土壁作り、主食はジャガイモなどの穀物。でも人間の知恵の恩恵で石炭の屑を燃料にしたストーブとその排煙を一段高くした床下に通しているのでまさに韓国のオンドルのように部屋の中は暖かい。戦時中はこの村はずれの高台に旧日本軍が砲台を築いたとの事。こんな村でも70歳以上のお年寄り達はちょうど小学生のころにリアル旧日本軍の兵士達に出会っている。村の長老達は一様に日本軍の兵士達は礼儀正しく、規律を非常に重んじて子供達にはお菓子や飴を与えるなど俺が以前東北の村で聴いたときと同じような旧日本軍に対する感想が多かった。都市部と田舎ではやはり現実に戦争体験した田舎の人達の声のほうが真実味がある。だからといって旧日本軍が全て統率が十分に取れていたかは疑問である。どんな時代でも社会の中の汚点は存在する。 ちょっと気取って撮ったスナップ、この村やはり長い年月を経た趣がある。 休憩時の村人達と交流タイム。真ん中のデブッチョが今回初共演の中国で喜劇役者を目指す斉藤君。彼は何処に行っても皆を笑わせてくれる。中国喜劇界の大御所趙本山の物真似がピカイチ!今後、俺との共演が増えると思われる逸材だ。 左の村の男の子。最初ははにかんで中々話したがらなかったが、この後に驚くべき光景に俺は出くわす 各家にトイレは無い。従って村の各所にこんな青空トイレが何箇所もある。冬で乾燥しているためか、臭いが思ったよりしない。しかし、夜はさすがにこのトイレは怖い。 この巨大な怪獣!?大豚君です。とにかくデカイ。俺が中学時代登校途中の曲がり角で突然出くわした農家の脱走豚よりも遥かに迫力がある。さて、この大豚君、唯の豚君ではありません・・・・。豚君、相棒の黒子豚を連れて仕事に行く光景。 仕事中の大豚君と相棒。そうです。彼?彼女の仕事は村の各所にある生ゴミ集積地を巡回し、綺麗に生ゴミを食べてくれます。おかげで村は衛生的。人間と豚君の共存共栄です そして、村を歩いているとさっきの男の子が友達を連れタバコを吹かしてます。セーターの下からこっそり親に内緒で買ったと思われるタバコを見せてくれました。やあこの悪ガキが大人になってどんな人間になってるか楽しみです。こうやって将来固い絆で結ばれたボスと子分達の関係が育まれていくのでしょう。
2007年12月14日
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ここ連日朝から晩までフル回転でブログ更新時には既にグッタリ・・・。スミマセンデスということで本日は画像のオンパレード!山の中腹高さ100メートルのところにある洞窟を拠点に何度も登り下り。当地は既に海抜3000メートル近いのでまるでオリンピック前の高地での強化訓練といった感じです。スタッフ達の恐ろしいほどの撮影根性!機材は半端じゃなく重い!!銃撃シーン直前隊員達もテンション上がってます!ギャラリーの味のある村のオジサン。下から一日中観てくれてました持久戦では飢えと寒さと恐怖との戦いです・・寒・・・・河野隊長(俺の役名)遂に命がけで水汲みに出かけます撮影後、宿舎に戻り夕食。日本でも御馴染み豚足デス53度の白酒と山羊の頭の炒め物。食べ易く頭蓋骨が細かく割られてます、美味い!野ウサギの頭蓋骨煮込み、勿論脳ミソも入ってます。2つ食べさせられました。山西日記まだまだ続きます。精神的にも肉体的にもまだまだ鍛えられている最中です
2007年12月10日
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撮影も順調に進んでいる。しかしそれにしても空気が薄い。それもそのはず、ほぼ毎日海抜2800~3400m付近で走ったりしてるわけだから・・・。富士山の8合目付近でロケしている感じだ。もしかしたら、これを機会にタバコを止められるかもしれない。とにかく長閑な山村だ。昼間陽の光が当たるうちは暖かいが、山陰に入ると途端に零下の世界。写真の左下は村の真ん中を流れ落ちる滝が凍ったモノ村の通り道は崖沿いに丸太を重ねた空中歩道。所々隙間があり、下はまさに奈落の底既に90歳を過ぎてる村の長老。訛りがひどいが何故か意味が聞き取れてしまうのが不思議。人間が非常に素朴で暖かい。山羊や鶏も人を見ても逃げない。俺の今回の映画の内容とは無関係だが、旧日本軍はこうした山西省の山村で細菌兵器を使用したことは事実である。村人の食事風景。朝9時ごろと夕方5時ごろの1日2食の生活。主食は主にジャガイモとの事。日本流に言えば「ブッカケ飯ならずブッカケ芋」
2007年11月30日
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早朝から昨日とは違う山に向かう。一面断崖絶壁!日常生活でさえ、15階以上の建物のバルコニーに出るだけでも掌に冷汗が滲むというのに・・・。いきなり上級者コースに入門。100mは絶対にある。しかも人間の歩ける幅が1メートルの幅も無い こうなったら脳内アドレナリンを出させて麻痺させるしかない。今回の映画のシナリオは実話に基づいている。第二次大戦末期、ある小部隊が激戦後に本隊から離れてしまう。迷い込んだのは山の中。しかし、ある出来事が発端で命の綱である通信機の電池を何者かに持ち逃げされ壊される。そこからが悲劇の始まりだ。終戦を迎えたことも知らず、尚も戦い続ける隊員達・・・・。サスペンス、コミカル、悲劇を交えた作品としては数年前にカンヌ映画祭でグランプリを受賞した張文監督の「鬼が来た」を上回るシナリオとの下馬評もある。とにかく、役者として命を賭けることの出来る作品には違いない。監督は過去に中国国内の映画祭でもグランプリを受賞している新進気鋭の若手監督、潘峰監督。俺はこの小部隊の河野隊長>を演じる。おそらくこの短い撮影期間で心身ともに大きく変わるはずである。 撮影の合間の休憩(丁現場助監督と共に) 断崖絶壁を結ぶ恐怖の吊橋・・・・揺れまくり! もうチビル寸前 俺の部隊の可愛い??隊員達と止めろと言われても今では遅すぎる涙涙 山口隊員役厚帝君と休息 スタッフ山男と呼ばれず野人と呼ばれてる俺
2007年11月27日
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日記に画像を複数貼り付ける技術に手間取ってるので、画像も同日で1枚毎アップします中文ブログにも違った写真を掲載中!ヨロシク!!http://blog.sina.com.cn/yanyisanpu食事は山村とあって、野菜、豆腐料理等がメイン。でもたまには・・・・・・。これがまたイケル!味は羊の頭の丸焼きに似てる。野うさぎは首の肉が最も美味いらしい。野うさぎの丸焼き
2007年11月26日
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21日朝に北京を出発。バスに揺られること15時間夜中の10時過ぎに今回の映画「囲剿」の撮影地となる山西省のある村に到着。22日~24日迄撮影の為の軍事訓練を受ける。これまで日中戦争を題材とした作品では主に司令官クラスやスパイなどが多かったため、今回のように前線で戦う兵士は初めて演じる。俺にはポリシーがあるので、前線の兵士でも以前の中国作品が描いてきた無闇やたらに中国人を怒鳴ったり、傷つけたりという日本人像を極端に歪曲した作品は参加を遠慮するように努めてきた。ドラマや映画が芸術作品とはいえ、中国で公開されるものは「政治的な色彩」が否めなかった。これは役者である前に人間としてしっかりスタンスを築く必要があるとも言える。役者が映像を通して社会に与える影響はやはり無視できないからである。宿泊拠点となる村の全景、各家から夕食の薪の煙が立っている
2007年11月26日
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というわけで、今回の映画では全編極限におかれた人間の心理状態を表現していく。肉体的にも精神的にも衰弱させていかなければならない。人間の尊厳、人間の持つ強さそして弱さ。いよいよ、明日から冬山でロケに入る。今回は甘えを一切排除するためにアシスタントは同行させない。というかそれ以前にマネージャーが俺が今回どういう覚悟で望んでいるのか知る術も無い。プロデューサー、監督、そしてスタッフがわかってくれてれば満足続報は逐次報告していく。今回はデジカメ、モバイル搭載ノートブックも持っていくので今までより写真も多めに掲載できると思う。電波があれば・・・・・・??ただ、撮影を終えて帰ってきて近くに人が寄り付くかどうか心配だ。男臭さ満点!!??
2007年11月21日
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ここ連日、今年2作目に撮った「夜幕下的ハルピン」のアフレコ作業に追われた。安易な妥協を嫌う趙宝鋼総監督の下、中国語で収録されたセリフの中から日本語へのアフレコ、アテレコが必要な部分を全集の中からピックアップされたセリフを慎重にチェックしていく。 昨年のドラマ「家在黄上」で似たような作業をしたが、今回は字幕チェックよりもアフレコ、アテレコの声の指導に重点がおかれた。小学3年から高校3年までの間、合唱団に籍を置いていたことが今となって生きた。通訳や翻訳には声の演技力は要求されないが、中国語と日本語で同じ意味のセリフでも長さもアクセントも違い、更には画面の人物の口の開け方に合致させなければならないので、瞬時の適訳、豊かな語彙力そして表現力が要求される。中国の多くの映画やドラマ作品では棒読みに近かったり、年配の声を若手が出したり、本来の作品の持つ味を惨めなほどに壊してしまうものがほとんどであった。しかし、今回はそれを刷新する試みが行われた。素晴らしい経験の機会を与えてくださった趙宝鋼監督に心から感謝したい気持ちでいっぱいだ。とにかく、精一杯やったので成果は来年の放映時に観て頂ければと思う。これから12月の中旬まで中国のある地域で本タイトルの映画の撮影に入る。前に書いたブログで映画「夜襲」(英名:NIGHT ATTACK)が今年の中国のアカデミー賞といわれる金鶏賞の監督処女作部門でグランプリの栄誉に輝いた。昨年のブログでも撮影状況を書いたが、最後のクライマックスで俺が一人ぼっちに映し出された映画だ。この映画のおかげで今回の映画の監督とプロデューサーから指名を受け、敵方役ながらも初の主演中の主演「主人公」演じさせていただく光栄に恵まれた。今回の映画の役柄は非常に何度の高いことも十分承知している。「戦争の悲惨さ、人間の苦悩」を精一杯表現させて頂くつもりだ。撮影地はもう既に雪が降り積もっている。また新たなる挑戦が始まる。この男の結末が・・・・・・・・・
2007年11月20日
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さてどうにか旅行社には滑り込み間に合った。そして、手続きも難なく完了。特急扱いで明日午後2時以降の受け取り。ようやく、落ち着いて街歩きができる。まずは腹ごしらえ。繁華街のビルとビルのちょっと空いてる場所でもアクセサリー屋、雑誌売りが占領している。香港といえばあの極細固麺の広東麺を喰わねば。人で賑わってる店は裏切らない。すぐに路地の横に広東麺屋を発見!無難にモツ煮込み麺を注文。さすがに地元の人間しか入らないような店で北京語(普通語)での注文は注目される。しかし、予期せぬ体調の異変が起こる。麺を食べて血行が良くなったのか全身から汗が噴出す。そりゃ当然北京との温度差+15度周囲を見渡せば皆Tシャツ姿。俺はジャケットにサマーセーター注目されてたわけだ。腹ごしらえも終え、散歩に出発。香港の事情に詳しい友人に電話を入れる。三浦さん、今香港ですか?僕立ちもちょうどマカオにいるんですよ。船ですぐだから、合流しませんか?ヤバイ!そのときになってホテルに宿泊するにはパスポートが必要なことに気づいた。友人との再会を諦めすぐに旅行社に戻る。あいにく、シンセンで大展示会を開催中との事で香港中心部のホテルは満室。それでも何とか市街地から地下鉄で30分のファイブスターの予約に成功!ああ、やっと何とか住処だけは確保できた。地下鉄に乗り行ったことも無い街へ。駅を出ると東京で言えば八王子のような雰囲気。タクシーに乗り、ホテルで降りると新宿のパークハイアットのような新築されたばかりの趙高層の近代的なホテル。フランス資本との合弁らしい。恥ずかしいことにこの時まだデジカメを持ってなかったので写真を撮れなかった事が悔やまれる。海を臨む40階の部屋。この瞬間、ようやくハルピンの戦場のような撮影から開放された気持ちになった。風呂で汗を流し、服を着替え街に出る。グルメな俺にはもうたまらない!!海南鶏飯、香港ダック、日本料理、ステーキ屋・・・もうこうなったら食物屋のハシゴしかない。結局、夜8時から深夜3時まで一人で食べ物屋を5軒ハシゴした。その間の食費代は日本円にして僅か3000円程度。俺は一人のときは酒を飲まないので心ゆくまで、食べ歩けた。美食天国香港、万歳!!!PART3に続く。さて、お知らせです。1ヶ月ほどの時間を費やして、中国語版ブログをようやく開設しました。その陰には妹分井上朋子嬢と大谷純子嬢に何度も発破をかけられたことで一念発起につながりました。日本にいる中国の友人達へこれで何とかコンタクトが普通に出来るようになりました。日本や他の国から応援してくださっている方々も勿論覗けます。三浦研一的博客(三浦研一のブログ)http://blog.sina.com.cn/yanyisanpu
2007年11月14日
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もう先月の話になってしまうがビザ更新の為に香港へ急遽向かわなければならなくなった。大昔に日本から一度旅行に出かけたことがあるが、今回は中国大陸から香港へ向かわなくてはならない。前から北京にいる周囲の友人達の多くがビザ更新の為、3日から5日ほど香港に出向く度に人ごとのように余り気にしていなかったが、今回はどうしても出国して更新しなければならなくなった。というかビザ有効期限僅か1日前の緊急事態となってしまった。これには事情がある。北京市内の旅行代行社に今回も国外へ出ないで済む裏技を使って何を乗り越えようとした。ビザ切れ1日前の朝突然携帯が鳴る!「今回は出国してビザ更新したほうが確実ですよ。だから預かってたビザはお返しします」「おいおい、この期に及んでどないなってるねん」これを聴いた瞬間、俺の脳のランプが急に赤点滅に切り替わった。すぐに裏の裏技担当に電話。「出来るけど高いよ」さあ、ここから4択問題から1つ解答を即効で出さなければならない。1.日本往復航空チケットを買って日本でビザ更新。でも日本に帰って1週間も発行されるまで待つ時間の余裕がない。2,3日後に次のドラマのオーディションも控えているし=よって×2.素直に裏の裏技担当に従う。でも足元見られているようなので=よって×3.韓国ソウルで更新。ソウルには友人が何人かいるが韓国語がチンプンカンプンなので、迷惑をかけてはまずい。それに北京でも韓国人が開店した焼肉屋さんが多いので、新しい食の発見がない=よって×4.香港でビザ更新。返還後の香港をまだ観ていない。広東のパワフルなエネルギーを注入してもらう。飯が美味い。=よって○大至急でチケット屋に電話し翌日朝一のシンセン行きを予約。北京から香港直行便は国際線扱いのため、北京からシンセン経由でバスで香港に行くのとでは日本円で2万円位違う。2万円は飯代に使ったほうがマシ。翌朝、俺は机上の人となった。3時間半ほどで広東省シンセンに到着。時間はちょうど正午、5時までに香港に入らなければヤバイ。シンセンの空港から香港までのバスは30分おきに出ていた。やあ、北京を出たときは肌寒かったが広東はTシャツでOK。バスも冷房ガンガンその上綺麗で快適。高速を1時間ほど走り、何かしら一面芝生の自然公園らしきところに到着。眼の前にコンクリート造りの巨大な近代的建物が現れる。おおー箱根の関所とは大違いだ。巨大な建物の中を入っていくとまるで空港のような感じ。ただ、土産物屋とかが無い。スロープをゆっくりトコトコと下っていくと出入国管理職員に検査を受け、あっという間に関所越え。真ん中にラインが引いてありこちらが中国、向こうが香港。大げさな言い方だが、何十年ぶりに味わう香港の空気。すぐ2メートル後ろが中国。空間は共有してるけど、やはり精神的に味わう気分が全然違う。頭の中で「香港!香港!楽しい香港!愉快な香港!香港!香港!」とか替え歌に浸ってると香港側の警備員に早く歩くように催促される。警備員の物腰も柔らかい。香港側の出口からバスに乗り継ぎ、いよいよ九竜に向かう。入り江の長い橋を過ぎ山間をいくつも抜け突然視界に海が飛び込む。香港はやはり変わってなかった。海岸沿いの山肌に40~50階はあるマンションが立ち並んでいる。バスは市街地に入り、懐かしい香港の街並みが眼に飛び込む。バスを終着地で降り、すぐに両替所で換金。人民元と香港ドルはほぼ兌換率が同じ。そして一番近い地下鉄の駅を聴き、すぐに旅行社へ直行。時間は午後3時半。間に合った。
2007年11月12日
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10月1日から海底深く潜っていたせいで手の指がスッカリ冷え切ってしまい暖かい空気に触れようと外界に飛び出したらアレアレいつの間にか北京は冬となってしまった。まあこの間何をしていたかというと言葉では説明しづらいがイロイロなことをやってた。香港へ1泊とんぼ返り。←ビザの更新そして、撮るか撮らないかハッキリしない作品への呼び出し待ち。←ドラマ3本●●●との意見の食い違いストレス モロ溜りまくりでも良い事だってある三浦研一を応援してくださる中国人の方々への挨拶回り←俗に飲み会とも言うプラス同僚スタッフ達との慰労会←これも俗に飲み会という 来年春以降に向けての整理整頓←ちょっとバレテル来年撮影予定の作品のシナリオチェック。←内容極秘そしてそれに向けての新たなる布石中国語(新浪)ブログ半ば強制的に始めさせられました
2007年11月07日
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という感じでキャスティングの対象となっています。いろいろな意味でまた大きく前進です。詳報は逐次行いますので請うご期待!
2007年09月30日
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昨年撮影した映画「夜襲(NIGHT ATTACK)」が8月末からの全国一斉公開に引き続きいよいよDVDが街中で売られ始めた。俺は映画館に行く時間が無かったのだが夜霧下のハルピンで共演した陸殻や李小冉から「三浦=サンプー観たぞ」と言われプラス事務所のマネージャーも映画館で見たと聴き普段は撮り終った作品は滅多に見ないのだがDVD買って事務所の液晶大画面テレビで鑑賞した。「ゲゲッー」これ中国の戦争映画とまず驚き。あのハリウッド映画「パールハーバー」で大失望して以来、CGを屈指したものには飽き飽き。ただ今回の「夜襲(NIGHT ATTACK)」はよく出来ている。中国国内でもトップCGデザイナーである友人のジェームスが手がけることを前々から聞かされていた。徐々にだが、ハリウッドの戦争モノに近づいている。あとはストーリーがもう少しオモシケレバ・・・・。俺が事務所の大塚君と渋谷君達と3人そろって共演した初作品。それにしても画面いっぱいの俺のドアップ。毛穴までハッキリ見えてしまってる。益々日頃からのスキンケアの大切さを感じた。かなり迫力ある戦闘シーンなので戦争アクションモノ好きには今の中国のレベルを知る意味でも話題を提供してくれる作品だと思う。鑑賞後の感想をお待ちしています!
2007年09月21日
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ハルピンから戻り、過去に撮ったドラマの共演仲間やスタッフ達にしばらくご挨拶の毎日が続いた。生まれて初めて2日連続病院で点滴なども打ったりして・・・・。ベッドにしますか?椅子にしますか?ベッドだと追加料金をいただきます。2時間ぐらいで終わると思った俺の考えが甘かった。1回8時間近く。トイレにも行かず、飯も食わず椅子に座り続けて、8時間×2知らないうちに辛抱強くなっていた自分に驚き!そんなわけで今は束の間の充電期間。南の島のはずが病院でバカンスとなってしまった。心配御無用!!6月に経験したミラクル骨折回復並に身体の電池交換。ハハハ、クタバリマセン勝つまでは!!!
2007年09月11日
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26日に北京へ帰還。タクシーで長い間留守にしていた我が家に帰宅。俺は北京市内でもどちらかというと空港寄りに住んでいるため、毎度のことでタクシーの運転手に嫌われる。20元余計によこせとうるさいので疲れているせいもあり、要求通りに渡す。お金が勿体無いと言うことじゃなくこの卑しい根性が許せない。オリンピックまであと1年切っているのに・・・。マナーや礼儀はどの世界にも存在する。それがいつの間にか形式めいたものに成り変わってしまう場合もある。そして、忘れ去られていく場合もある。でも俺の場合は小さい頃から武道をたしなんでいたせいもありマナーや礼儀を美徳とすることから逃れられない。コグニティブ・ギャップ、つまり認識差異は国や社会を問わず存在している。俳優として、この認識差異にギリギリの妥協線を演技の何処に見出すか試行錯誤を経てそれを「自然体」へと昇華させることがアイデンティティーの異なる地を舞台とする俳優が味わうことが出来る醍醐味だ。今回、そうした意味でも「夜霧下のハルピン」では今までになかった数多くの経験をもたらしてくれた。この機会を与えてくださった趙宝剛監督、王逸監督そしてスタッフ達にこの場を借りて、深くお礼申し上げます。たとえ、人が見ていなくても「礼に始まり、礼に終わる」気持ちを美徳として生きる日本人であり続けたい。
2007年08月31日
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今回のドラマ最後の最後まで本当に予定が立たない。今日昼間の時点で急に撮りがキャンセルになった。あるロケ地での撮影許可がどうしても下りない。1ヶ月ほど前から理想のロケ地を探していたとの事。やはり中国広しと雖もなかなかそう簡単には見つからないのか?とはいっても、これまでの流れでいくといつ撮りがあっても良いように心の準備だけはしておかなければならない。ここ数日、ハルピンでお世話になった人達へお礼の挨拶を兼ねての食事会が続いている。今回の脇役俳優達の多数は地元黒龍江省の省級の劇団に所属する役者だった。地方の半官半民の劇団といってもプロ集団なので実力は北京や上海の俳優達と全く変わらない。日本人役を演じる中国人俳優はやはり何処と無く気持ちが通じる。昨年秋にハルピンでロケされたドラマ「功シュン」に参加していた俳優スタッフ達も多い。当時日本から大先輩俳優の波多江清さんを中国に招いて撮影した際、俺もハルピンにサポートとして来たことがある。その時、言葉は交わさなかったが俺の容貌を覚えてくれていた人も多数いた。大将波多江清が印した役者同士の交流は今回偶然にも俺が受け継いだ。中国の東北人の酒量と言えば中国全土に知れ渡っているが「波多江も三浦も飲む」「井上朋子も飲める(驚異的なビール量)」で日本男児、大和撫子ともにその面目を立てることが出来た。こう書くと語弊が生じてしまうかも知れないが中国はまさに飲みニケーション真っ盛りだ!飲ます阿呆に飲む阿呆同じ阿呆なら飲まなきゃ損損まあ、北京に戻ったらしばらくおとなしくするでしょうから。井上朋子嬢が自身のブログの8月22日版に俺の特集をシニカルにまとめてくれたので併せて観てみて下さい。「井上朋子の上海ドラマ日記」http://www.irooots.com/blog/tomoko_inoue/P.S.記事最後の朋子嬢の表情は記憶によると、待ちに待った夜食を目の前にして、さあ喰うぞ!だった気がします。たぶん。
2007年08月23日
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ハルピンの爽やかな秋風が吹き始めた。主演俳優の半分以上は既に最後の撮りを終え、帰途に着く準備を始めた。撮影隊の半分は今日、明日に分かれ3ヵ月半慣れ親しんだハルピンを後にする。俺を含め、数名の俳優は撮影地の関係で最後の最後までハルピンに残りそうだ。あと残り1シーン。2,3日以内に撮影が終わる。思えばここまで辿りつくのは本当に長かった。趙宝剛監督の下で俺の撮影経歴の中で初めて第1集から第30集まで全集フル出演させて頂いた。俺の生涯で最も記憶に残る作品の一つになることは疑いないだろう。趙監督、本当にありがとうございました。メイク、衣装、照明、道具、記録等のスタッフ達とそしてエキストラを含めた役者達が全力を出しきった作品。場面毎に皆の顔が浮かぶ。大ヒットする作品になることは間違いない。さあ、あとマジで一踏ん張り!!!今月26日からCCTV1チャンネルの夜8時のゴールデンタイムで昨年撮ったドラマ「草原春来早」がいよいよ放映開始!俺は土肥原賢二(旧満州特務機関長)を演じる。モンゴル語も喋ったりしてるのでお楽しみに・・・・・・・・・!!可愛い弟分達(渋谷天馬君、品川裕貴君)も出演しています。それと今月末から中国全土の劇場で一斉公開となる映画「夜襲」でも大寺一司令官役で出演しています。これには渋谷君、大塚君も一緒です。
2007年08月22日
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中国に来て早10年。日本が懐かしくなる時も勿論ある。撮影とかで中国国内を転々とする中で心をリラックスさせるために音楽を聴くこともあれば口ずさむこともある。俺の場合は携帯MP3を持ってないので専ら記憶を辿って口ずさむことが多い。先日も撮影の空き時間スタッフ達から身を隠して台本読み込みしながらお気に入りの曲を繰り返し口ずさんでいた。ZARDの「負けないで」、「揺れる想い」前からの撮影も併せこの5ヶ月間、真っすぐ突走ってきた。ZARDの坂井泉水さんが5月27日に亡くなられていたのも全く知らなかった。いろんな局面で力づけてくれた歌をありがとう!坂井泉水さんの歌声は俺の心の中で生き続けています。中国から心よりご冥福をお祈りします。
2007年08月16日
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今朝は朝5時からソフィア教会広場でこのドラマで俺が陸殻&周杰&李小冉と最後に一緒となるシーン撮り。俺も残すところ5シーンだけになった。思えば、5月2日から組に合流して本当に貴重なことを多く吸収させてもらった。陸殻とは今までに共演したことが無かったが噂どおり男前かつソフトな印象を周囲に与えるナイスガイだった。何処に行ってもモテモテ。ファンの強襲にも常にスマイル。俺も彼に習って常にニコニコしていたいがたぶん、俺のイメージには怖いほうが合ってるのかも。今後、益々良い味が出てくるはずだ。李小冉は俺の抱いていたイメージと大きく違った。彼女の美貌は予想以上で写真を遥かに凌ぐ美しさ。あのお茶目なキャラクターは本人に悪いが十分コメディーでも通用する。3人の中で一番絡みが多かったのも小冉。本番の寸前までお互いにジョークの応酬。彼女も気づいていたようだ。俺のセリフが多いときは彼女はチョコチョコ。彼女のセリフが多いときは俺がチョコチョコ。毎回、本番前に今日はどっちが多いか少ないかで勝負できる唯一の役者だ。そして、今回井上朋子嬢共々我々が最もお世話になったのが周杰。礼儀正しさとその繊細な心は日本人以上に日本人っぽい。今朝の撮りで彼はクランクアップ。撮りが終わって、まず最初に駆け寄ってきてくれた。今後の再会を約し、朝陽が降り注ぐソフィア教会の前で熱く抱き合う男2人。本当に本当にお世話になりました。特に演技にかける情熱は人一倍で今後の俺の俳優生活において模範となる俳優でもある。いなくなって初めてわかるその存在。それだけ大きなインパクトを残してくれた周杰。将来、また彼と共演することになるそんな気がする。今夜は2シーンの撮りの予定。もう撮るところがわかってるので前よりもハラハラすることは無い。夜幕下のハルピン専用ブログで俺の活動も紹介されたので興味があれば覗いてみてください。但し、中国語ですよ・・・・・・ドラマ「夜幕下のハルピン」専用ブログhttp://blog.sina.com.cn/ymxdheb
2007年08月16日
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ハルピンはここ数日雨降りが続いている。明日がペルセウス座大流星群の最も見えやすい条件日らしいのでせっかく空気の悪い北京から離れたのだから、是非夜空を楽しませてもらいたい。夕方出発で朝までの撮り中心なので最近は夜中12時を回ると眼も耳も頭も冴えてくる。昨日は俺の撮りの部屋の隣で周杰が意味不明の日本語を食器を箸で叩きながら一人叫び続けていた。「一郎は悪趣味」、「一郎は馬鹿です」一郎は今回の周杰自身の役だ。彼も連日夜中の集中撮りでかなりフラストレーションが溜まっているようだ。周杰が壊れていく・・・・・・。誰だ、彼に変な日本語を教えてるのは??その横で澄ました顔をして繰り返し教えていたのは一郎の嫁役本庄見秀を演じる朋子嬢。嫁に壊されていく一郎・・・・・隣の部屋で本番撮影中の俺を笑い殺しさせないでくれよ。今夜、周杰と絡むシーンは最後となる。変なハプニングが起こらないと良いが。周杰のファンの皆様、いろいろと俺宛にメッセージを頂きありがとうございます。周杰が壊れないように俺がちゃんと若い夫婦2人を躾します。
2007年08月12日
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一昨日、昨日とスケジュール上で異常事態発生??!!一昨日は昼間から再三に渡ってスケジュール確認。既にスタッフ、スケジュール係、副監督衣装さん等に確認。スケジュール表にも未明から翌日にかけての俺の出番はA組B組共に記入されていない。最近、疲労と暑さで食傷気味なので井上朋子嬢といったい何を食べようか相談。和食、洋食、中華・・・・どれも今一つといった感じだ。妥協策として広東の飲茶に決定!チョビチョビ食べることが出来るから余り胃にも負担がかからない。レストランで飲茶そしてビール。ビール党の朋子嬢に併せて飲むこと5本。急に俺の携帯電話が鳴る。他の役者達からの飲みの誘いを期待したが電話の向こうからスタッフの声。「三浦、これからA組の現場にお願いします」俺:「何、何、もしかして撮り?」スタッフ:「そうです!」もうこれには向かいにいる井上嬢に呆れ笑いを送るしかない。俺:「何を信じて良いのかわからない?」朋子嬢:「マジで撮り??」俺:「救急医療科の医者達は毎日こんな感じなのかな?」すぐにお茶をガブ飲みして酔い覚まし。そして、現場へ直行。陸殻と李小冉と俺の3人シーン撮り。俺以外の2人はスケジュール通りの撮影。俺は午前2時に撮影を終え、午前4時からB組での撮影。スケジュール記載の無い俺は素直に黙って撮影を無事終了。昼過ぎまで爆睡。前日と同じく、夕方から翌日朝にかけてのスケジュールを前日以上に再三に渡って確認。今日は絶対に撮りは無し!!ということで、近くの韓国料理屋で久々に辛いものを食べることにした。焼肉で少し気分転換。それから、朋子嬢と部屋飲み。近くの串焼き屋で羊肉串をテイクアウト。前日の意味がわからない状況を50度の白酒を飲みながら、おしゃべり解消。午前3時に自分の部屋に戻り爆睡。夢の中で電話が鳴っている。・・・・・・・・・・夢の中でなく、本当に部屋の電話が鳴っていた。まだ午前4時。俺:「何の用事?」アシスタント:「現場への迎えの車が来ています」俺:「・・・沈黙・・・・」アシスタント:「すぐにと言っています」俺:「・・・・沈黙+マジ斬れ・・・・・・」俺は急患当直医でも消防士でも警察官でも無い。彼らだってスケジュールに基づいて動く。スケジュールが無いのに動く。中国の役者には「忍耐、切り替え、予想を超える体力」が不可欠そんなこんなでここ連日、時間や食事の感覚が頭の中で失われてきている。槍でも鉄砲の弾でも、どっからでもかかって来い!最後になりましたが周杰の影友会(ファンクラブ)の皆様、プレゼントをありがとうございます。俺は周杰が誕生日だったとは全く知りませんでした。ゴメンナサイm(_)m俺が骨折したときに部屋に見舞って果物や骨頭スープを差し入れてくれたのは周杰でした。撮りの合間にレストランで御当地料理をご馳走してくれたりと本当にお世話になってます。思えば、俺が97年に中国に来て中国語のヒアリング学習を兼ねて初めて夢中になった大ヒットドラマ「還珠格格」のアール康役は周杰でしたね。彼はある意味俺の中国の先生でもあります。俺のほうが周杰にお世話になりっぱなしなのに。彼ともお互いプライベートでは周さん、三浦さんドラマの中では一郎君、小原さんで呼び合ってます。井上朋子嬢も感動していました。陸殻や周杰など中国スター達のファンクラブの方々の外国人共演者への細かい心配りそして暖かさに改めて感謝、感動いたしました。俺も中国大陸の俳優として、皆様の真心に応えられるよう今後とも精一杯頑張ります!!!!
2007年08月07日
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撮影もいよいよ終盤戦に入った。どの役者達も顔を会わせる度に残っている撮影シーン数を話題にする。既に主演陣では2人が撮影終了して北京に戻っていった。連日連夜の撮影。予定が全く見えない。翌日のスケジュールをチェックするまでは夜も安心して外で食事できない。先日はさすがに俺も頭の中が白くなった。夜7時に翌日の撮影スケジュールを確認。俳優仲間達と食事に出かける。夜11時に部屋に戻る。ドアの下に「最新版」と書かれた翌日の改定スケジュールが突っ込まれていた。確認後、翌朝早いので爆睡。明け方5時ごろ寝ぼけながらトイレに立つとアレアレ。入り口のドアにまたスケジュールの紙が???それには「既定版」と書かれている。一晩でスケジュールが3回変わった。これじゃあ、落ち着いて眠れない。俺も「記念版」や「盗版」、「限定版」のスケジュールはないのかと冗談でスタッフ達に聞いてみたがそれはまだもらってないと言う返事が返ってきた。当たり前か・・・・・・。俺は7月31日に最大の山場俺が演じる「小原特務長」の執務室の最終撮り22シーンを一気に消化した。今は毎日3~4シーン撮りと久しぶりに頭をリラックスさせる撮影体制になった。とはいっても、まだ1ヶ月ぐらいは撮影が続くので気が抜けない。
2007年08月05日
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予定は未定状態に本格的に突入。午前中は松花江の川縁に停泊している船の船倉で撮影。李小冉との2人のシーンだった。ほぼ密室サウナ状態。テスト撮りをしただけでも、俺の帽子を外しただけで洗面器のように汗がたまってしまう。これには周囲のスタッフ達もビックリ!周りはTシャツでも汗だくなのにこちらは厚手の冬服の衣装。こういう時に限って、俺の中国語のセリフのほうが長い。小冉は俺の質問にぽつっと答えるだけ。やはり、俺には試練のほうが合うのか。頭が朦朧とする中で、何とか撮影を終了。撮影後、急いで宿舎ホテルに直行。シャワーを浴び、次の撮影地に向け出発。撮影地はハルピンから北東方向へ片道約2時間かかる山村だ。俺はカナダの森林のような場所を想像していた。ところが、予想に反して撮影地は村のはずれにある材木集積場。到着するなり、どっとした蒸し暑さに閉口。早朝に先に到着していた陸殻と挨拶を交わしながら、「凄いとこに来ちゃったね」時間が経つにつれ、悪い予感が・・・・。おいおいもう陽が沈んでしまうじゃないか。俺のシーンは昼撮りなのに。案の定、俺の撮影は無し。空き地で炎天下の陽に晒されただけでそのまま、ハルピン市内に向け帰還。宿舎に着くなり、翌日の予定をチェック。A組B組共に無し。俺の村での撮影は翌々日27日に変更されたと伝えられた。早朝、北京からメークアーティストの大谷嬢が彼氏を伴ってハルピンに見学に来ていたので朝から身体の中がカラカラ状態の俺は歓迎会を兼ねて飲み体制。明日はオフだし、みんな乾杯!!!!明け方4時までいろいろと久々の再会を兼ねておしゃべり。飲み会終了後、俺は部屋のベットで怒涛の睡眠。電話の音に目覚める。「まだ朝8時じゃないかよ、誰だこんな朝から」電話の向こうから俺のアシスタントの声。「今からすぐ昨日の山村に向け出発します」さすがに俺も斬れた。「オフを再三確認したのに、なんじゃこの始末は」役者は将棋の駒です。スケジュールが無くても、現場からの呼び出しには常に臨戦態勢を引かなければならない。またまた、昨日無駄に往復した道を山村に向け出発。正午到着、昼食後撮影開始。汚い話しだが、この空き地はどこでも臨時トイレに変身する。とはいっても大勢の村人ギャラリーも観ているのでトイレの確保が大問題。最小限に食べて最小限に水分補給。間違っても腹を下すことなんか出来ない。撮影開始。トントン拍子に3ページのシナリオを快調に撮影。ちょっとした空き時間にエキストラで駆りだされている村人達と懇談。村人1:「この村は金持ちで既に日本に30人近くも仕事に行っている」村人2:「旧日本軍が退却時に残した骨董の壷の鑑定をしてくれ」俺は特に地方ロケで常に現地の人達と交流することを心がけている。最近面白いことに気づいた。以前、別のドラマのロケ地でも感じたのだがどうも俺の中国語は北京や上海の都市部の人より田舎の人達に完璧に通じる。向こうも俺が何も言わなければ日本人でなく、中国の地方の人だと思ってるようだ。益々俺のペンネーム「疆人」=ボーダレスの男に近づいてしまった。
2007年07月27日
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22日は予定通り、午前中B組で2シーン撮りその後、宿舎で2時間の休憩。休憩といっても、後に控えている14シーンの台詞チェックがあるので、身体は休めても頭を休めることが出来ない。午後4時に趙宝剛監督率いるA組の現場入り。撮影は翌日23日朝7時まで行われた。長時間の撮影にはもう慣れた。趙監督の体調も回復傾向。良かった、良かった。25日からハルピン市内を離れ、クルマで2時間かかる山の中での撮影。スケジュール的にもこれから8月の初旬まで最も俺の撮りが集中する。一昔前の「男は外で仕事、女は家で留守番」ではないが井上朋子嬢が自分のブログ(7月23日編)に俺達役者の生活ぶりを書いているので、生活実態を掴んでください。井上朋子の上海ドラマ日記http://www.irooots.com/blog/tomoko_inoue/2007/07/
2007年07月24日
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昨日は珍しく昼間に翌日のスケジュールを渡されて17シーンの膨大な数のシーンをシュミレーションしていた。その矢先、突然夜8時に今日のスケジュールの大幅変更を伝えられる・・・・・ガクッ。内容完全総入替えの上に20シーン撮影・・・・アチャ増えてる。今日朝10時に現場入り予定。スケジュールでは翌日朝10時までの撮影。おおおー、去年以来の24時間撮影。日本だったら完全に道交法じゃなくて労働基準法違反??俺は中国大陸の俳優なのでそんなもん気にはしません。身体が持つまで何時間でも仕事します。男ですから。先日、趙監督の誕生会の席上「監督が死ぬまで、俺は絶対死ねない」と言ったら、監督が眼をパチクリさせたので横にいた井上朋子嬢が訂正して「監督が生き続ける限り、俺も生き続ける」と言い直してくれた。趙総指揮官の下、戦地に出向く。さてさて、明後日は無事に帰ってきてるだろうか?
2007年07月21日
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昨日は1日久々のオフのはずだったが・・・おとといの井上朋子嬢の某発言によって1日美術監督?日本文化アドバイザー?として現場に駆り出される羽目になった。といっても、敬愛する趙宝剛監督と一緒なのでいろいろ学ぶためにも喜んで引き受けた。しかし、某重要シーンの為のロケ地が条件的な問題でなかなか見つからない。朝から、ハルピンのあちらこちらをクルマで移動する羽目に。途中、ボツになったロケ地で記念昼食会?!まるで、ピクニック(^v^)趙監督、周杰、井上朋ちゃん、俺で楽しいランチ、ランチ、ランチ・・・・この流れが途中から変化。いつしか趙宝剛教授の芸術講座タイム。色彩と映像、色彩と民族性、中国のポストモダン論等々。うーん、ナンバーワン監督の言う一言一言を脳内記憶装置全開で聴き入る。朋ちゃんのヒアリング力は発展途上中なので肝心なところが聞き取れていないようだ。あああーもったいない。俺はまた宝剛ワールドに1歩深くはまってしまった。ようやく、納得のいくロケ地が見つかったのが午後3時過ぎ。スタッフ全員で大急ぎでセッティング。限られた時間、そして自然条件下で何度も何度も撮り直して理想の映像を追求。カメラクレーンの設置が戸惑ってると監督自らクレーンセッティング。「自分は若い時(文化大革命時)何でもした。溶接、螺子きり、土木作業、何でもやった」自ら、率先して何でもする監督。こんな凄い監督は見たこと無い。突然趙監督から「サンプー(三浦)、自分のアイディアを支持しろ」趙監督が俺のイメージ案を採用してくれる瞬間。本当に感謝と喜びに耐えない。テレビの視聴者がこのシーンを観て感動してくれることを願う。撮影無事終了後、現場でにわかお遊びタイム。監督は俳優達とカンフーごっこ。夕闇の中で、学生時代に戻って自主制作映画を撮っているような爽快かつ新鮮な感覚が呼び覚まされる。その後、街中で昼間の4人で夕食タイム。現場からレストランの移動中でも指示を出し続ける趙監督。食事後、井上朋ちゃんと俺を宿舎ホテルに送ってくれ、その足でまた朝4時までの撮影に出向く趙監督。別れ際俺は監督に「祝拍撮順利!(順調な撮影を祈ります)」監督「OK!」敬愛するスーパー監督趙宝剛に魅せられっ放しの一日だった。
2007年07月17日
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昨日は朝一の撮り。ホテル横の病院でロケが行われた。ホテルから歩いても1分。共演者達の声も毎日ここがロケ地だったらどんなに楽か・・・・・。でも、現実は違います。趙監督の下、朝9時には無事撮影終了。ホッと、胸を撫で下ろす俺。結構、毎日がプレッシャー。午前2時から明け方にかけてその日のスケジュールが音も無く部屋のドアの下から突っ込まれる。その日の台本がその日に出てくる。事情はわかってる。全てが真剣勝負。絶対に自分に勝つ!!撮り終えてすぐに部屋で先に渡されている台本の読み返し。今回は井上朋子ちゃんも含めオール中国語。日本人の役者は気質を放てばいい訳であって、テレビを観てくれてるのは中国の人々だから。中国人の役者が日本人を演じようとしても出来ない大事な部分を備えればいい。陸殻ファンクラブの皆様ありがとうございます。俺のブログを通して御礼申し上げます。お土産確かに受け取りました。ドラマでは、彼と対峙する立場ですが決して恨まないでくださいね。今日のスケジュールがまだわからない緊張状態の俺。
2007年07月15日
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さてさてハルピンに戻って早速、撮影開始。8月末まではこのドラマ1本なので残された日々、「小原特務長」に集中できる。特務=スパイなので如何に面の皮を厚くするかが課題だ。幼い時に初めて観た映画も「007」のスパイものだった。でも、俺じゃジェームスボンドになれないことは非常に良くわかっているので、武士的気質を持ったスパイを心がけている。昨日は初っ端で、陸殻と李小冉と俺の初の3人絡み。このドラマの中でも大事なシーンの一つだ。その上、シーンのほとんどで喋り捲り。NG出して迷惑がかからないようにしないとならない・・・・。と思うも束の間、李小冉が眩しいと訴え、陸殻もそれに連れて眩しいと訴えた。????????立ち位置の関係で彼ら2人は太陽の光+俺のスキンヘッドの輝きに眼をパチクリ始めた。俺の責任?いやいや不可抗力です。そんな状況の中でも常にスマイルを絶やさない陸殻は本当にスターの鏡だ。李小冉も連日の撮影で睡眠不足にもかかわらずキュートな笑顔を絶やさない。うーーーん、わかった気がする。スターの条件はどんな状況でも笑顔でいられる事。頭の中で昔サラリーマンをしてた頃尊敬する上司から頂いた貴重なアドバイスを想い出した。「三浦、笑って怒れる人になれ」今になって、この言葉が良くわかる気がする。
2007年07月13日
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7月8日夜に北京入り。ドラマ「歴史の背後」の最終撮り。9日朝6時半から現場入り。最後の14シーンを今日中に撮り終えなければならない。大殺青といって、ドラマ全体がこれで全撮影を終了する。今まで撮ってきたドラマは途中入り、途中抜けという形だったのでクランクアップの参加は役者生活で初めてだ。ドラマ「夜幕下的哈爾濱」の撮影も連日ハルピンで行われているので2つのドラマ制作組のスケジュール調整が大変だったようだ。吉岡安直の妻役を演じてくれている松峰りりーさんが夕方6時から舞台劇「雷雨」に参加のため夕方6時には何が何でも撮り終えなければならない。でも、彼女は俺が中国大陸でトップと認める日本人女優なので心配は全く無かった。案の定、彼女との7シーンの撮影は3時間半で終了。ほぼ1回で撮り終えた。87日間続いた撮影のオオトリ。新京の飛行場から溥儀、吉岡一行が日本に向け脱出するまさにその時不運にもソ連軍に捕まるシーンだ。このシーンだけでも7カット。6カット目が終わり、現場に丁総監督の声がこだました。「次が最後のカットだ、みんな今までご苦労様!」最後の最後の7カット目既に現場は200人を越える普段は裏方作業に徹しているスタッフも全員集合。なんとドラマの最後のカットは俺のアップに向けられた。「カメラ、もっとサンプー(三浦)を大きく」「もっと、カメラ寄るんだ」このカットは放映時を楽しみにして欲しい。現場がシーンと静まり返っている。「過了大殺青!(OK、クランクアップ)」現場が大歓声に包み込まれた。俳優としてこのような感動的な場面を経験することが出来、本当に幸せだ。クランクアップパーティーに出席。その後、北京で打ち合わせ。翌日、10日の最終便でハルピンへの帰途に着いた。ハルピン到着午前1時。そのままホテルへ。朝8時からの撮影。でも中国人俳優仲間の襲撃?に遭い、結局朝5時まで仲間達とお喋りタイム。8月末までハルピンで過ごすことになる。
2007年07月11日
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ドラマ「夜幕下的哈爾濱」の撮影もようやく半分近くになろうとしている。趙監督自らが強行撮影を終えてホテルに戻ってからも朝まで台本の書き直し。現場入りしてからも更に細かい手直しが入る。俳優も含め、スタッフ全員が24時間の臨戦態勢である。俺も昨日の午後1時から今朝の7時までの撮影を終えて帰ってきたばかりだ。明日から、ドラマ「歴史の背後」の最終撮影で11日まで再再々北京入り。10日にクランクアップだ。強行スケジュールはまだまだ続く。
2007年07月07日
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ここ連日ずっと撮影が続いている。足のほうも順調に回復中。まともに歩くことを満喫中。まだ走ることには挑戦していないがもうそろそろだろう。台本も全30集中20集までが刷り上ってきた。この後の展開がどうなっていくのか役者達にはまだ知らされていない。最近、喜んで良いのか悪いのか俺にもハルピンの追っかけが出来始めた。とはいっても、50以上のおじさんたちだ。「サンプー(三浦)はいるか」使い古した手帳のページに「ここにサイン頼む」決してキャーキャーというような黄色い声は無い。誰もが渋すぎる・・・。まあ、おじさんたちのアイドル?ヒーロー?でもいいか・・・。
2007年07月02日
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昨日の未明北京から飛行機でハルピン到着。そして、朝7時からドラマ「夜幕下的哈爾濱」のB撮影班、その後すぐにA撮影班へと自分の居場所を転々と変えた。さて、3年ほど前に撮った映画で「我的母親趙一曼」という作品がある。趙一曼という戦時中活躍した中国のジャンヌダルク的女性英雄を描いた伝記映画だ。俺はその中で警察庁の庁長を演じた。この映画は俺が最も出演したくなかった映画でもある。内容が余りにも残虐すぎる。ある日本の悪役俳優に相談した際、「演技の世界では悪は悪に徹するべきだ」というアドバイスを受けた。それでも俺はしっくり来なかった。いわゆる戦時中に行われた電気椅子による拷問刑による尋問シーン。そして、銃殺。俺がそれに命令を下すわけだ。拷問には背景がある。もし、彼女がゲリラ部隊の居場所を自白しなければ、日本の軍隊が待ち伏せ攻撃に遭い、壊滅的な打撃を受けてしまう。あらゆる手段を講じて彼女を吐かせようとするが電気椅子でも屈服しない。そして、最後に彼女を銃殺刑に処する。戦争とは本当に残虐なものだこうした事実は絶対に存在した。日本でも特高によって戦時中、良心的思想を持った日本人の数多くが投獄され、拷問を受け、獄死している。人間が人間に対して暴力を用いて強制する行為は悲しいかな古今東西で行われてきた。今回、ドラマ「夜幕下的哈爾濱」でも拷問による取調べシーンがいくつかある。現在のハルピン第3高校の地下室を使用してロケは行われている。このハルピン第3高校の校舎は戦時中満州国警察庁として使用された建物で、この地下室は当時水牢として使用されていた。肩の高さほどの水が入った暗い部屋に長期間放置し、人間を衰弱させる牢屋。そしてここはまさに趙一曼が実際に囚われていた場所でもあった。中国のジャンヌダルク趙一曼が強く俺に訴えかけている声無き声のようなものを感じる。趙一曼の安眠を心から願う。
2007年06月30日
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ドラマ「歴史の背後」の撮影でこの3日間何とか30シーンを撮り終えた。いやあ、でも暑すぎ!40度近くの温度下でウール地の冬服、汗が滝のように出ます。昨日の朝は見せ場の一つ吉岡安直夫婦の今生の別れのシーン。松峰リリーさんも朝から気合が入ってました。軍人が妻の前で泣くかどうか放映時に確認してください。丁監督の指示で人間吉岡パターンと軍人吉岡パターンの2つのパターンを撮ったのでどちらが採用されるか俺もわからない。感情移入しすぎてセリフ噛んだかな??予想だと今日夜撮影を終え明日朝にハルピンに戻る。周囲から「足本当に大丈夫なの」と聴かれるが「本番中は全くわからない」治ってるか治ってないか痛いか痛くないかもう考えていられない。ただちゃんと軍人らしく堂々と歩く姿がカメラに映されていれば、それで十分満足だ。
2007年06月28日
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24日午前に北京郊外の宿舎ホテル入り。午後から撮影開始。久々に会うスタッフたちが懐かしい。皆後半戦ともなると既に他のドラマの仕事と掛け持ちしてる役者達も多く、撮影スケジュールは密に密を極めなければならない・・・・・・・の筈である。それなのに昨日は13シーンのうち4シーンしか撮り終わっていない。28日までの30シーン以上にもなるカット・・・・・今から不安である。撮り終われない恐れ大あり。28日には絶対にハルピンに戻らなければならないので、また7月に北京入りか??ハルピン側が許さない可能性もある。とはいっても、ドラマ「歴史の背後」の撮影が滅茶苦茶とろい。暑いのと監督達が老齢のため無理をしない撮りに切り替えている。俺や松峰リリーは朝まで撮っても構わないが撮影チームがヘタレテしまっている。中国的に言えば、なるようになるしかない。
2007年06月25日
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サッカー闘莉王選手の負傷の記事をネットで眼にした。日本代表選出直前の悪夢。ただ彼は冷静だった。翌日からリハビリを開始。驚異的な回復力で負傷2日後には得点ゴールを決めた。日本代表選抜も見事通過。「自分に勝つこと」の意味を痛切に感じた。カミングアウトの時機が来た。6月1日以降の俺のブログで今は言えないが後で報告すると書いた。先日も日記の中で●●と黒塗りした箇所を設けた。実は6月1日の晩に俺は左足首を骨折。医者から全治3ヶ月の診断。2つのドラマで主演キャストを担ってる中で降板なんか出来ない。しかし、俺のために撮影をストップさせるわけにもいかない。病院にいったらギブスをして最低1ヵ月半は安静にしていなさいと医者から言われ、愕然とした。病院から宿舎の部屋に戻り浴槽でまだ固まっていない石膏ギブスを取り外した。部屋でマネージャーとアシスタントが大泣き。「足が一生不自由になったらどうするの?」でもそこで俺は冷静に判断。すぐに自分の頭の中でリハビリプログラムを組み立てた。趙監督に俺は一言。「撮影はこのまま続行してください」趙監督はサンプー(三浦)のために自分のこれまでの最高の撮影技術を屈指するから心配するなとまで言ってくれた。中国最高の監督の愛情のこもったこの言葉に男泣きした。骨折してから撮影シーンを減るどころか逆に増えた。逆境に打ち勝つためには更に自分を苦しい立場に追い込む。井上朋子ちゃんに特殊な足首用サポーターを北京から買ってきてもらい、西洋医学でなく中国医学で骨折を直すことを決意。化膿止めを飲みながらカルシウムの効率的摂取をネットで研究。骨折10日目で歩けるまでの驚異的回復周囲や医者はビックリたまげてくれた。途中、「歴史の背後」撮影のためにハルピンから天津へ移動するとき初めて空港で身体が不自由な方のための特別通路を通った。空港の中にこんな裏道があるのかと驚いた。スキンヘッドの車椅子姿がよほどインパクトあるのかいつもより周囲の視線が気になった。そんなこんなで無我夢中で6月1日以降仕事をした。そして、一昨日は1日15シーン撮りの奇跡の大記録達成!!昨日は趙監督の奢りで数人の俳優達と火鍋を食べた。その席上、趙監督がドラマ「夜幕下的哈爾濱」を監督自身の3年分のエネルギーを傾注して絶対に他の監督が真似できない作品に仕上げる!!そしてこれまでの日中関係を扱った中国ドラマで中国ドラマ史上最高最強の作品を制作する!!と皆の前で力強く宣言。いよいよ皆が本気モードに入り始めた。今日22日からはドラマ「歴史的背后」の最終撮りのため、1週間の予定で再び北京入り。空港までわざわざ劇組の中で趙監督公認”失業中”??の妹分朋チャンが見送りに来てくれた。俺はマメな人間ではないので俺の直近元気な写真は朋ちゃんのブログを参照してください。女優井上朋子ブログhttp://www.irooots.com/blog/tomoko_inoue/2007/06/今回は車椅子、松葉杖とはオサラバ24日から28日まで撮影。28日夜にはプロデューサーの命令でまたハルピンに戻ってなければならない。今回はお気に入りのサザン、ミスチルのCDを絶対ハルピンに持ち帰るぞ!!!
2007年06月22日
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