1

最近、巷では昼ドラブームが再燃しているようだ。私の大学の女友達も『女優・杏子』あたりから『真珠夫人』『新・愛の嵐』など東海テレビ製作のドロドロ系ドラマにハマッている。私はそんなに昼ドラにハマるタイプではないのだが、先日、ついつい『コスメの魔法』と『牡丹と薔薇』をハシゴしてしまった。最初から観ているわけではないので勿論ストーリーはわからない。しかし話がわからなくても独特の世界が味わえる、それが昼ドラである。TBS系列で13時から放送されている『コスメの魔法』は、いつか日記にも書いた萬田久子通称まんきゅー主演。化粧をモチーフにしたライトコメディの体裁を採っている。案の定、萬田久子の存在感が強い。「キレイを怠るのは犯罪です!」というキメ台詞もインパクトが強い。これはもう萬田久子のためのドラマであると言えよう。しかし萬田久子のキャラが強い分、脇が甘い。カリスマメイクアップアーティスト(だと思われる)の役に渦中の人・大鶴義丹って、これ一体どうして。血迷ったキャスティングとしか思えない。あの妙にキーの高い声質も、カリスマを演じるのには分不相応である。「大鶴義丹≠カリスマ」という公式はしばらく拭えないであろう。その後、13時30分からフジテレビ系列で放送されている『牡丹と薔薇』は東海テレビお得意の、これでもかとばかりのドロドロ攻撃である。以前に1度観たきりだったので、久しぶりに観たら主人公が成長して大河内奈々子になっていた。昼ドラや朝ドラは、気がついたら歳月が経っているということがままあるので、そこは気が抜けない。以前観た回はなかなかにショッキングだった。エリート会社社長である神保悟志が愛人である川上麻衣子の元に殴りこむ場面であった。どうやら川上麻衣子は、神保悟志の本妻の指輪を盗み出してしまったらしい。それを激しく追及する神保悟志。堪忍した川上麻衣子は嘲笑を浮かべながらその指輪を飲み込む。そこでの川上麻衣子のセリフ「あーはっはっは、ダイヤ美味し~!美味し~!!美味し~!!!」これを衝撃的と言わずして何と言おう。「ダイヤ」が「美味しい」という、一見どうやっても結びつくことがなさそうな2つの単語を結びつけた脚本の中島丈博の手腕に脱帽。これこそ女のカルマである。そんな川上麻衣子を激しく責める神保悟志。すると妊娠していた川上麻衣子の腹から大量の水が。ビチャーなんてもんじゃない、ザッパーンと水が噴出。私も驚いて「破水ってこんなに水が出るもん?」と思ったが、その後、川上麻衣子の腹から氷枕が。実は彼女は偽装妊娠だったのだ!ジャジャジャジャーン。めまぐるしいストーリーの波状攻撃に頭がクラクラした。というか突っ込みどころが多すぎて突っ込んでる暇がなかった。ドロドロでビシャビシャの激情シーンに危うく腰が砕けそうになった。しかし川上麻衣子という人は、「子供を盗む」という行為がよく似合う。職業は看護婦、これまた幸薄くてよく似合う。友人のさわでさんは「川上麻衣子が病気に臥せっているシーンを見ると、志村けんのコントにしか見えない」と言っていた。それもごもっともである。そして時は経ち、主人公の姉妹も成長した。ストーリーをちゃんと把握してないのでどうこう言うのもアレだが、どうやら大河内奈々子演じるぼたんは金欲しさにデートクラブでバイトを始めたらしい。デートクラブって、なんか久しぶりに聞いた単語である。まだあるのかデートクラブ。淫靡な響きを持つその言葉に、何だかホクホクした気分になる。そもそも、このドラマの時代設定はいつなのか。大河内奈々子がデートクラブの客と待ち合わせる喫茶店の名前は「喫茶・パピヨン」だ。パピヨンってオイオイ。あなたはアジアのパピヨンと島谷ひとみが歌っている時くらいしか聞かないネーミングである。雰囲気としては、店のドアを開けるとカランカラーンと鐘が鳴りそうな喫茶店である。これでイメージを掴んでいただけたら幸いである。カフェ全盛期のこのご時世に、「喫茶・パピヨン」というところが昼ドラらしくて良い。これくらいバタ臭いモチーフを盛り込んでくれないと昼ドラを観た気にはならない。大河内奈々子が「喫茶・パピヨン」で待ち合わせた相手は神保悟志。そう、実の父親であった!デデデーン。「ホテル行きましょうよ!」という大河内奈々子の絶叫でジャーンと「つづく」の表示。あわや近親相姦か!?次の日の放送を観られなかった私は、その続きを知らない。申し訳ない。ペコリ。とにかくこの枠のドラマは展開が早く、内容の密度も濃い。視聴者に深く読み解かせるヒマを与えずに、ストーリーはガンガン進んでいく。日本ライン急流川下りのように危険に満ちている。これを観てしまうと、TBS系列の昼ドラは山中湖でスワン型のボートをえっちらおっちら漕いでいるくらいのユルさだ。それはそれで突っ込みどころも多いが。昼ドラはゆったりとした午後のひと時をハイ・ヌーンへ誘ってくれる。そこにはこってりとした濃密な世界が渦を巻いている。昼ドラをしっかりビデオ録画し始めてしまったら、それはもう立派な昼ドラ依存症である。マダむんむん。
2004.01.31
閲覧総数 350
2

しつこいようだが『牡丹と薔薇』である。巷でも長閑であるはずの平日の昼間に不穏なボタバラ旋風が巻き起こっているようである。ここでストーリーを紹介するのも野暮な話だし、とうてい私ごときが紹介しきれるほど簡素なストーリーではない。とにかく小沢真珠演じる香世のエキセントリックぶりと、大河内奈々子演じるぼたんのピントがずれた行動を眺めながら「おいおいそんなのアリかよ」と思わずひとりごちてしまうドラマである。ここで香世役に小沢真珠を持ってきたのが慧眼である。東海テレビのセンスが光る。小沢真珠が今までどんなキャリアを積んできたのか思い出せないくらいに、この香世は強烈である。次の日の体育は見学しなければならないほどアクが強い。香世の手には常に武器がある。それはシンプルに刃物だったり、蜷川幸雄ばりに灰皿だったり、ベルトだったり、服に穴を開けるスプレーだったり、果てにはお雛様の首だったりとそのバリエーションはかなり豊富。何でも武器になるということで、ロープレだったらかなり強いキャラだと思われる。香世というキャラは、ひょんなことでスイッチがONになってしまう「瞬間湯沸かし器女」である。たとえぼたんと香世が和気藹々とエンディングを迎えても、直後の予告編では同じシチュエーションでビンタ張っていることもザラにある。そんな予告編見せられたら、次の日も見たくなってしまうのが人の性である。そんな小沢真珠のハイブリッドな芝居ゆえに『牡丹と薔薇』は社会現象にまでなったのだと思われる。先日観たときは、例のごとく香世が怒り狂って「しっかり子種仕込んでんじゃないのよ!!」と西村和彦演じる由岐雄さんのキャンタマ袋をムンズと掴んでいた。そりゃもう由岐雄さんも「アウチ!」である。お昼っから何やってんでしょ、この人たちは。ちなみに私は、何かのドラマでも西村和彦が股間を痛めつけられて「アウチ!」となっているシーンを観たことがあるような気がする。下半身で芝居をする男、西村和彦。貴重な存在かもしれない。小沢真珠に話を戻すが、彼女は顔のパーツがいちいちデカい。グリグリした目にピノキオのような鼻。太マジックで描いたような顔をしている。かつて誰かが「オードリー・ヘップバーンの顔は実際に見ると気持ち悪い」と言っていたのを思い出す。画面で見ると大きな目がチャーミングなのだが、実際に見るとかなりバランスが悪いそうだ。きっと小沢真珠も実際に見ると怖いかもしれない。顔半分が目かもしれない。きっと長くは見つめていられない顔であろう。石になるだろうから。この『牡丹と薔薇』が始まった当初は「小沢真珠が昼ドラ?」と訝しく思ったものだが、そんな思いも今はどこへやら。彼女にはもはや昼ドラというフィールドしか似合わない。登場人物が全員キチガイになってきた今週。いよいよ26日が最終回である。拉致監禁や余命半年というベタなようでなかなか扱いづらいキーワードが溢れている『牡丹と薔薇』。どんな隠し玉が登場するのかと今から気が気ではない。
2004.03.21
閲覧総数 421
3

ふともう一度観てみたいな、と思い出したドラマ。『羊たちの沈黙』がヒットし、日本でもサイコ・サスペンスが流行し、それをゴールデンタイムのドラマ枠で実践したエポック的なドラマだと思う。主演は浅野温子。このドラマでの彼女の演技は、今でもたまに言及される。それほどインパクトが強かった。冷酷なほどにクール、だけど精神のバランスを崩している刑事役で、なぜかシャツの胸元がバックリ空いていて「エロい刑事だな」と当時の私は思ったものである。彼女の泣きの芝居が強烈だった。「ぐすんぐすん」と泣くのではなく、「ズーハーズーハー」と髪を振り乱しながら泣くのである。激しすぎて逆に笑える。毎回出てくる殺人犯もインパクトがあった。最初に登場したのは香取慎吾。ヘリウムを吸って「すきーになったらいーのちーがけー」と叫んだり、沙粧妙子に頭突きをかましたりと、その姿はまるでジェイソンのようであった。香取慎吾の「無邪気な表情と大きなガタイ」というアンバランスさがこのシリアルキラー役に妙にハマッていた。次に登場したのは国生さゆり。自分を誘う男を次々と毒殺していくOL役であった。なんとなく彼女自身の生き様が反映されているような気がして凄みがあった。国生さゆりって笑うとき「ヒヒヒ」って笑う。普段からそうなのだが、ドラマで見ると妖怪っぽくて面白かった。道路を全力疾走するシーンがあるのだが、走るフォームがすごく綺麗だったこと覚えている。彼女は後半、目的(近づく男を殺す)と手段(毒薬)が逆転し暴走するのだが、そこで発狂するシーンが凄かった。ビルの屋上でフェンスを掴みながら絶叫するのである。国生さゆりの、元おニャン子というキャリアをかなぐり捨てた芝居に女優魂を見た。最終回の1つ前の回がハンパなく怖かった。なぜって実は黒幕だった佐野史郎がバアさんに変装してエレベーターで襲ってくるのだ。それはさながらホラー映画のようであった。その回だけ音楽も妙におどろおどろしくて、まだ幼かった私は戦慄したものである。話の細かい部分では辻褄が合わなかったり、少々無理がある部分もあったりはしたが、ゴールデンタイムでこれだけ完成度の高いサイコ・サスペンスを放送したというだけで充分価値のあるドラマであった。それ以降もこのドラマを越えるサイコ・サスペンスドラマは作られていないと思う。私が観てきたドラマの中でも印象に残っているものの1つである。
2003.08.10
閲覧総数 988
4

筒井康隆著『鍵』これもお気に入りの短編集。ここにはホラーのような作品や奇妙なテイストの作品が集められている。しかし後味は悪くなく「ほほう、そうきたか」と思わせるオチがついている。この中の『池猫』という話が好きである。話はかなり短く、文庫本の見開き1ページで終わる。小さい頃に、増えた猫を池に捨てた男が、大人になって池を見たら、水面いっぱいに猫が繁殖していた。それだけの話。まるで童話のようでもあり都市伝説のようでもある。私はこういう奇妙な話が大好きである。筒井康隆の短編は意表をついた展開の作品が多い。しかも人をおちょくっているような内容も多い。読む人を挑発するような作風はけっこうクセになる。2003/08/18 2:02:50江戸川乱歩著『鏡地獄』中学だったか高校だったか、昔に読んでショックを受けた短編小説。話自体はとても短い。極端な鏡フェチの男が、その究極的な形として、内面に鏡を張り巡らせた球体を作り、その中に入ってキチガイになるという話。目からウロコが落ちた、というか考え込んでしまった。鏡を張り巡らせ、電気を入れた球体に入るといったい何が映るのだろうか。考えても考えても答えは出ない。気が狂っちゃうほどだから、きっと凄いことになるのだろう。江戸川乱歩って人はいろんな意味で恐ろしい人だと実感。2003/08/18 1:51:55
2003.08.18
閲覧総数 490
5

1999年公開の日本映画。監督は『海猫』『阿修羅のごとく』『(ハル)』などの森田芳光。主演は内野聖陽、大竹しのぶ。舞台は北陸・金沢市。生命保険会社の窓口主任として勤務する若槻は、請求書類に囲まれ苦闘する日々を送っていた。様々な手口で保険金を掠め取ろうとする、悪質な顧客が後を絶たないのだ。そんな生活の中で唯一心が安らぐのは、大学で心理学を専攻する恋人・黒沢恵と過ごす時間だけだ。ある日、若槻は菰田重徳という顧客から名指しのクレームを受ける。対応のために若槻が訪れたのは、禍々しい空気が漂う黒い家だった。その家で若槻は菰田の息子・和也の首吊り死体を発見する。和也は保険に入っていた。若槻の頭の中には、菰田が保険金欲しさに息子を殺したのではないかという疑念が湧き上がる。それから若槻の身の回りでは不審な事件が続発する。そしてその影には菰田重徳とその妻・幸子の影が…。なんかこの映画、好きっす。今回も3度目の鑑賞である。原作は貴志祐介の第4回角川ホラー小説大賞受賞作である。といっても私は原作を未読なので、活字で読むとどれだけ怖いかは知らない。この映画は一応ホラー映画のカテゴリで括られるもので間違いはないとは思う。しかし正直、全身が粟立つような恐怖とは質が違う。幽霊やら異形のものが出てくるホラー映画ではなく、恐怖の対象が人間であるサイコパスものであるから、『リング』や『着信アリ』といった作品とは観客へのアプローチの仕方も異なっている。そしてさすがの森田芳光監督である。ハナから観客を震え上がらせることは放棄し、むしろ笑いと紙一重のキワキワのラインを狙ってきている。そう、この映画はホラー映画というよりもブラックコメディなのである。森田芳光が意図したのは「すぐ身近にある恐怖」ではないかと思われる。「もしかしたら自分の隣人も…」と思わせるような、妙にリアルな人物設定がこの映画の肝になっている。実際、保険金絡みの事件というのは頻発している。それに関わる人々の異常性を露呈することで、観客に複雑な恐怖を突きつけている。この映画の怖さというのは、例えて言うなら「電車で隣に座っている人がブツブツ呟いている内容を聞いてしまったときの恐怖」か。「何この人、気持ち悪っ」みたいな感じ。大竹しのぶが演じる菰田幸子も、西村雅彦演じる菰田重徳もデフォルメはされつつも意外と実際にいそうなキャラクターである。この映画で、異常なモンスターとして君臨するのは大竹しのぶが演じる菰田幸子である。「この人間には、心がない」と映画の中で評されるように、映画は菰田幸子を突き放して捉え、歩み寄ろうとはしない。菰田幸子は人間であるが、「何がなんだかわからないけど、やたら凶暴に襲い掛かってくる」という点では『リング』の貞子や『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスと同様である。若槻が拉致された恋人の恵を救出するために黒い家に潜入し、そこに菰田幸子が襲撃してくるシーンの閉塞感はなかなかのものである。押入れに身を潜める若槻と恵。そしてそれを刃物と共に探しまわる菰田幸子。観ているこちら側も息をぐっとこらえてしまう緊張感がある。カット割や音楽で緊張感を煽る森田監督の手腕はさすがである。この映画の特徴は、非常にジメッとした空気感を湛えながらもどこかポップな雰囲気であること。それは色彩をヴィヴィッドに多用しているからだろう。菰田幸子のカラーは黄色である。ホラー映画にも関わらず冒頭からヒマワリが現れたり、菰田幸子が黄色いウェアを纏い黄色い球でボーリングをするところなど、黄色がやたら主張している。映画というのはヴィジュアルインパクトが重要であって、こういった色の使い方で映画の印象も大きく変化する。この映画が陰惨なだけの印象で終わらないのは、そんな工夫に拠るところも大きいだろう。そしてもう1つ、この映画の面白いところは人物描写である。とにかく出てくる人物がみんな奇妙なのである。主人公である若槻も顔はハンサムなのにどこか不恰好である。気が弱いのをカバーするために、体を鍛えにスイミングに通っている。そこでプールに飛び込む姿はやたら情けない。クロールをしてもやたら飛沫をあげるから、オバちゃんが迷惑そうな顔をしている。恐怖に怯えておしっこ漏らしたりと、徹底的に人間臭い描写が絶妙である。唯一まともに見える、田中美里演じる黒沢恵もクライマックスでとんでもないことになる。菰田幸子に拉致され、×××されたり×××されたり(敢えて言わない)とかなりの汚れ役に挑戦している。映画とはいえこんな姿にされてしまっていいのだろうかという、変な不安がよぎる。西村雅彦も妙なヅラ被って気色悪いし、大竹しのぶの「乳吸えー!!」にも度肝を抜かれる。要所要所に笑いのツボが散りばめられた、エンタテイメント映画に仕上がっている。ラストの若槻と菰田幸子の血で血を洗う攻防戦にもどこかユーモラスな滑稽さが溢れている。「ホラーが苦手」という人も、ホラー映画だと思わずに観たら意外と楽しめるのではないかと思われる逸品である。★★★★☆
2005.06.17
閲覧総数 536
6

初めて『サイゾー』という雑誌を買ってみた。暇つぶしに読んでいたのだが、これがなかなかオモロい。割と堅めのビジネス雑誌かと思いきや、下世話なネタが多くて興味深い。そんな『サイゾー』で、興味を惹かれる記事があった。「憧れのあのスターに聞いてみたい!」というコーナーで、「セックスレスのぜい弱男に一言!」と銘打って、力也(元・安岡力也)にインタビューしている。力也兄さんは○彼女はいっぱいいる。上は42から、下は18まで。○何千人もの女性を愛してきた。○女優・ホステス・OLなんでもござれ。○1日に5~6人ってこともあった。○7~8Pってこともあった。○淋病を移されて、自分でペニシリンを尻に注射したことがある。凄すぎます。火野正平よりも凄そうである。力也兄さんに言わせれば「3Pは当たり前」だそうだ。たとえ3Pであろうと、2人の女性に同じだけの愛情を注いでいるそうだ。強引過ぎる誘いはNG。ホテルのバーで飲んでいたとしたら、夜景の綺麗な部屋をとっておいて「最高のイルミネーションをプレゼントするよ」と誘う。そして部屋でシャンパンを酌み交わしながら、メイクラブに至るそうな。うーん、正真正銘のジゴロだ。バブルの時代を少なからず経験している婦女子は十中八九メロメロになるだろう。絵に描いたようなシチュエーションに隔世感。しかも記事によれば「2人の女性を7人で愛したこともあった」とのこと。「愛してあげた」という言葉はつまり性交渉を交わしたという意味である。しかも高校時代。あくまで和姦。婦女暴行には当らないそうだ。某スーパーフリーとはワケが違う。獄中の和田サンも力也兄さんからテクニックを学んでいればあんなことにはならなかったかもしれない。「プレイボーイ」という言葉を聞かなくなって久しいが、力也兄さんは正にプレイボーイである。ボーイと呼んでいいかはわからないが。「今の若い男たちは女性の扱いを知らない」と力也兄さんは言う。確かにそれは一理あるかもしれない。スマートに女性を悦ばせるテクニックを知らない男が多い故に、今「セックスレス時代」が叫ばれているのかもしれない。力也兄さんと杉本彩を絡ませたら、それはもう性の極致であろう。参考にはならないが、学ぶところは多い力也兄さんの言葉であった。
2004.01.27
閲覧総数 136


