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Photo;kazesan昨夜は中学校のPTAの会に出席しました。二男が通う中学校は都内では珍しいマンモス校。区内の学区制が緩和されたにもかかわらず、人気があって生徒数はふえるばかりの進学校です。二男が3年生になったこの年、なぜかクレアは学年委員になってしまったのです。昨日は国民の祝日にもかかわらず学校公開日(つまり、一日参観日)として、普通授業が行われました。けれど、、、、二男は欠席。前日から「明日は休む宣言」をしていたのです。しかも私が今日懇親会に行くと言うと「〇〇先生と△△先生の顔を見たくないから休んだって言っといて」と、のたまいます。「お母さんが言わなくても、学校行ったら自分で言うから」と過激な発言まで飛び出しました。二男はシャイで心優しい一面があると同時に正義感が強いので納得できないことは許せません。部活で遅くなった生徒たちに、乱暴な言葉で壁を蹴りながら「早く帰れ」と怒鳴った先生のことを、まずは許せなかったようでした。生徒たちに権力を振りかざすような先生には服従しないぞ!そんな彼の心の声が聴こえてくるようです。あぁ、学校が自由で楽しい学びの場であったならどんなにか、素敵だろうなぁ。。。。サッカー部入部当時は先生の厳しい指導に反発していた二男も、今は70人近い部員を抱えたクラブの主将としてまじめに楽しんでいるようです。そんな彼も高校生になったら、サッカーはやめてスプリンターを目指すのだと言っていますが、、、、果たして、先生とうまくやっていけるのかなぁ。。。。競争がキライな彼が、孤独な戦いの陸上を続けていけるのかしら。。。。おっと、二男の人生に親として口出しはしないことついでによけいな心配をするのはやめておきましょう。けれど、この時代、この社会を選んで生まれてきた彼は、何をしようとしているのでしょうか。我が家の3人の子どもたちも、それぞれカタチは違うけれど、社会へ抵抗しているのでしょう。長女は脳天気オキラク不登校生。長男は完璧不登校生。そして、友達は大好きだけど、一部の先生方に反抗している二男。子どもたちは皆、夢をなくすために大人になろうとしているわけではないにきまってるよね。いつの時代にも若者は社会への捨石となろうとします。それなのに、大人になって、いつのまにか青春時代は化石のように遠い想い出としてしまう。~大人になりたくない♪そんな歌が流行った頃も懐かしい想い出。私の親の時代は社会への反抗が許されない時代ではありました。そして日本は戦争に負けました。私はそんな両親に育ててもらって、反戦歌、学生運動が下火となり、シラケ時代と言われた昭和30年代の頃の子どもです。社会への抵抗勢力たちは、いつのまにか社会に破れたかのように、社会にのみこまれてしまいました。無駄な抵抗では決してなかったはずなのに。。。。そんな時代を生きて大人になったのか、先生たちもちょっと苦しそうに見えます。生徒のほうが先生より人数が多いのです。この際、子どもたちが先生を助けることはできないものでしょうか。もちろん、優しい先生や、熱血先生もたくさんいらっしゃいます。そんな先生方は子どもたちをちょっと手伝ったりしながら、みんなを優しく見守ってくれてる。。。。な~んて、夢物語を想像するのもちょっと楽しいですね。こんな失礼なことを書いては怒られるかもしれませんが、なにも学校に限ったことではありません。大人はみんな、疲れています。子どもたちも、疲れてきています。社会でも大人は子どもたちに習うべきです。子どもたちを侮ってはいけません。大人は権力をふりかざすのをやめたほうがいいですね。生きる力はいつもいつも子どもたちからもらっているんですから。無邪気な天使の笑顔!大人も天真爛漫なあの頃を思い出せばいいだけ。子どもたちとふれあう時に、子どもだったころの天使のような自分に戻るだけ。そのまんま、天使のまんまで子どもたちと遊びましょう。そして天使たちから学びましょう。天使たちは知っています。生きることの中で、本当はなにが一番大切なのかを。大人はゼロに戻って子どもたちから学ぶといいね。そうしたら、世界はきっと素晴らしく変わるでしょう。優しいまんまで生きていける楽しい世界が待っているね☆
2006.04.30
photo;kazesan昨日は久しぶりに光也君の家にド-マン法のプログラムのお手伝いに行ってきました。いつもの河原を風に吹かれてサイクリング♪いつのまにか桜の季節も過ぎ、雨上がりの穏やかな春の土手にたんぽぽやシロツメクサ、もじずりなど、色とりどりに咲き乱れちょっと冷たい風の中を鳥たちが楽しそうに飛んでいる。昨日のメンバーは一番頼りになるお手伝いのユイちゃんとクレアと典子ママの3人でした。咋秋から保育園に通い始めたスピちゃんがいない中村家はなんだかとっても静か。この4月には2年生になった光也君だけれど、最近は歩行距離も伸び悩み、ちょっと食欲も落ちているようで、典子ママは心配顔。いつものように一通りの訓練を終えて、3人でお昼をいただき、女3人で楽しくおしゃべりのひととき。ディクシャとヒーリングをさせていただいて、、、、そして、光也君の手をとりました。クレアの文字盤の練習です。光也君、よろしくお願いします。前回は気持ちがあせって、うまく出来ませんでした。今回はゆっくりと、、、、でも、光也君の手は動きません。「ゆうこママ、大丈夫だよ、あせらなくっても、もうすぐ、ちゃんと意識でつながれるからね」なんだか、そう言われたような気がした、脳天気なクレアでしたが。。。あとで、典子ママを通しのおしゃべりで、「今日はウカレ過ぎて、文字が指せない」と言われました、、、、むずかしいなぁ。目に見えるもの、耳に聴こえるものに、まだまだ囚われている自分に気づかされたようでした。もうちょっとちゃんと通わなくっちゃ。娘の栄美が今年は学校へ行き始めたこともあって、今お手伝いの方が不足しています。天使の光也君は人生相談をしても、神さまのような答えをくれるし、それに、光也君とふれあっているだけで、なぜだかとっても癒されるんですよ。典子ママは7月7日に出産を控えて、だんだん大変になってきています。出産後も育児に追われ、やはり大変な毎日になるに違いありません。クレアのブログを読んでくださってる関東圏にお住まいの方、よろしかったら、ぜひ、お手伝いいただければ嬉しいです。フルケンさんまで、お気軽にお問い合わせくださいね。よろしくお願いします。
2006.04.29

photo;clareyuko昨夜は久しぶりにオカリ座に参加させていただいた。きょん先生、てるおちゃん先生とも久々の再会。私は、エミとシュウといっしょに3人での参加。典子ママのお誕生日でもある昨夜はなんと15名の大人数でにぎやかに行なわれた。狭山にある明安風(あやか)と名づけられたこの隠れ家?は明子さんと安子さんのふたりで経営するお店でもある。からだに優しいいろんな商品や骨董品、手作りの品などが並べられていて訪れた人が買い物ができるようになっている。と、いっても、ふつうのお金ではなく地域通貨である。1円1風(ブー)であるが、もちろん、日本円での買い物も可能である。買い物だけではなくそれぞれが提供できることを提供しあう助け合い、支えあうためのコミュニティ通貨である。先日パンチャさんのライヴをお手伝いした息子のシュウと私は それぞれ3000ブーをゲットしていた。シュウは嬉しそうに明安風の通帳を手にして、オカリ座は初参加だ。まだ子どものシュウにできることもたくさんある、、、、引越しのお手伝いなどの力仕事、PCでの清書、子守、おしゃべりの相手、家事手伝い・・・考えればもっともっとあるに違いない。私も、買い物をしたけれど、せっかくたまった3000ブーをなんだか使うのがもったいなくて、思わず現金で支払ってしまった。「マイナスになってもぜんぜんいいのよ」なんて言っていただいたのに、使わずにいるのももったいない。けれど、私に提供できるものはいったい何なのかもう一度考えてみたいなぁと思った。できることをすることが、それを必要としている誰かの笑顔になるなんて、なんて幸せなことなんだろう。想像するだけであたたかな気持ちになる。 いつものように明子さんの手作りの美味しいお料理をいただきながら典子ママのお誕生日をお祝いしながら、オカリナの練習もちゃ~んとやったので、時間はあっという間に過ぎた。典子ママの3人めの出産予定はなんと光也君と同じ7月7日だというからすごい。う~ん、今度はどんな名前を選んで生まれてくるのかな?パンパンはったま~るいおなかは楽しそうで、元気いっぱいだった。大きなおなかをかかえて、遠回りして送ってくれるという典子ママの優しに甘えて私たち親子は遠慮なく車に乗り込んだ。一昨日インド21日間コースから帰ってきたばかりのK君もいっしょだ。インドでの体験と感動を聴きながら、K君のココロの平安と喜びが私たちのココロをも包んでくれた、幸せな帰り道だった。もう薄暗い中、明安風のある庭のハナミズキや桜の写真を撮ったら双子のような2つの光がたくさん写っていた。いつもいつも光に見守られている私たちなんだよとわからずやの私に神さまは伝えようとしてくれる☆カメラに写ってくれた光の存在たちの優しいココロをもしかすると待ってくれている人たちのココロにそっと、届けたいと思った。
2006.04.27

photo;kazesan昨日の深夜のことみんなが寝静まり、久しぶりにひとり静かな時間が訪れました。アンマとバガヴァンの前で静かに祈りました。過去世から持ち越したパターンや、もう必要ではないものを手放させてくださいそしてすべてを受け取ることができますように。。。。その時ふと、もう自分を見つめることはしなくていいんだと感じました。人に喜んでもらえることを始めたい・・・・・2月にひかりっ子くらぶキッズを開催したときにキッズたちへのインフォメーションのむずかしさを実感しました。クレアの子どもたちとその友達以外はもとキッズ、心はキッズ、インナーチャイルド・・・・そんな大人たちの集まりとなりました。それはそれでとても素敵なことなので機会があればまた開催したいと思うのですけれど、、、、kazesanと話し合うなかで、キッズは大自然のなかでやりたいねということになりました。kazesanは現在レンジャー(自然解説員)をめざして猛勉強中です。私にできることは何だろう・・・・・・6月に予約してある会場をどんなふうに使ったらいいだろう・・・・このところそんなことを思っていました。アンマとバガヴァンの前で座っていると、突然ひとつの考えがやってきました。ひかりっ子ママくらぶ、、、、ひかりっ子キッズ~天使のママ編ということで集まるのはどうだろう?不登校やインディゴのママたちが集まって子どもたちからどんなに素敵なギフトを授かったか、その自慢大会、とかやれれば楽しいな。「ほらこの傷、天使ちゃんが暴れた時に出来たんだよ。でも、そのおかげでね・・・・・」なんてお話も楽しいかもしれない。そんなことが浮かんできました。今の私にできることそれならできるかもしれない・・・・そう思いました。ありがとう、アンマ、バガヴァン、すべての存在たち感謝につつまれて眠りにつきました。photo;kazesan会社への道を歩きながらふとツインソウルの友のことを思いました。同じ東京で暮らしてはいるけれど殆ど会うことありません。時どきくれるメールも沼田で会って以来とだえています。クレアの日記を読んで少し心配しているかもしれない・・・・でも、きっとそんなクレアのことを、暖かく見守ってくれているんだろうな。。。。そう思ったとたん、私のまわりのすべての存在が、私を見守ってくれているそう感じました。あの人も、この人も、家族も友人も、お日様も木々も、花も、草も、風も、、、、、自分がすべての存在に愛されていると感じたのです。歩きながら、涙がとめどなく流れました。プレゼンスたちがみんな、優しく微笑んでいるようでした。
2006.04.25

photo;kazesan淋しいココロは不足のココロどうしてかな人は満たされない思いを誰かに満たしてもらおうとするなにかで埋めようとする人に求めても満たされない何かに逃げても埋められないそんなこと本当は知っているのにねけれど、そんなココロをどうすることもできないね自分のココロを操ろうとしたらできない苦しさに悲観するだけそれでも人は努力するあーあ、疲れるだけなのにココロが勝手に努力してココロが勝手に疲れてるなにかにふりまわされるのはやめようなにかにとらわれるのもやめようだって、それは自分じゃないから自分をも操れないのに人に変化を求めるなんておかしいねそしてそして、お願いワタシになにかを求めないでなにもできないワタシだから自分を変えることなんてできないよそのままのワタシでいいどうかそう言ってお願い努力しようとしても苦しくなるばかり変わらなきゃいけないなら生きていくのは苦しいよ自分のなかで欠けているなにかを見つけてみよう欠けてるところを埋められるのはなぁに?どんなときに幸せなのか感じてみようそれは人に与えてもらうもの?すべてに愛されている自分を思い出すとき自分がすべてを愛していることも思い出すかもしれないねでも、急がなくていいんだよ今はまだ悲しいときは悲しいね淋しいときは淋しいねだからね泣きたい時は泣いていいよ神さま、お願いワタシのハートをもっと開いて真実の愛を想い出させてねphoto;kazesan
2006.04.24
photo;clareyukoちっぽけなワタシさん、こんにちは私の中でカクレンボしていて時どき恥ずかしそうにでてくるけれどあなたが出てくると私の中はあなただけでいっぱいになるんだよ神さまからのたくさんの贈り物に背を向けてちっぽけなワタシさんは悲しみばかり追いかける気がついたら、いつもひとりぼっちオニゴッコは、もう疲れたねちっぽけなワタシさん気がすむまで泣いたならそっと目をあけてごらんたくさんの贈り物を抱えて天使たちがにこにこ笑って待ってるよカクレンボももう終わり誰もあなたをいじめたりしないから大きく手を広げて可愛いあなたを優しく抱きしめてあげる
2006.04.23

photo;kazesan電車の中で、おなかが痛くなった。やばっ・・・と思ったら、次の駅で席が空いた。やっと座って、ふぅっと安堵のため息をついて顔をあげたら向こうのドアからお婆ちゃんが乗ってきた。思わず立ち上がってそっと肩をにふれ座席までお連れして座っていただいた。そしたらば、、、、なんて嬉しそうな笑顔おばあちゃんの笑顔は私を世界一の幸せ者にしてくれた。おなかの痛みがどこかへ行ってしまった。今日は有里ちゃんのライヴがあるので府中のカフェスローへ行くところだったのだ。私は時間がギリギリで少しあせっていたのだが、おばあちゃんの笑顔に出逢った瞬間、遅れたからって、それがなんなの?生きてるってことのなかで、本当に大切なことってなあに?おばあちゃんが無事に改札を出るまで、送り届けたいと思った。でも、降りた駅は同じでも彼女はホーム向かいの電車に乗り継いで行かれた。今日は有里ちゃんのライヴのほかに、バーン・トー・ファン・フェアと題してタイで孤児の家と手作りの草木染の服や小物の創作「夢を織る家」を主宰するナートさん、ユパさんのお話会と作品展示会も行なっていた。主催したのは高遠の有里ちゃんのお隣に住んでいらっしゃるというタカコさんという美しい女性。彼女は高遠でフリーキッズヴィレッジというフリースクールを創り、古い民家を寄宿舎に、現在20数名の大家族でにぎやかに自給自足ベースの生活を送っているという。いわば、ひかりっ子くらぶキッズ編が現実の生活となっているのだから、すごい。ナートさんといい、タカコさんと言い、世界には素晴らしい方たちがなんてたくさんいらっしゃることだろう。またこの日のステージは有里ちゃんの歌だけでなく、自由の森学園の生徒さんたちの創作発表会もあって和太鼓や中国舞踊なども見せていただいた。新しい時代を創る子どもたちの明るい未来を垣間見たようだった。バーン・トー・ファンはタイでナートさん、ユパさんご夫妻が孤児たちをひきとり育てている家族をベースとしたコミュニティだ。19歳から子どもたちをひきとって暮らし始めたというナートさんは、クレアと同じくインドゴールデンシティの21日間コースを終えられた方である。ナートさんのことは、とてもとても素晴らしい方ということで、カルキセンタージャパンのコーディネータの大矢さんからお話は伺っていた。実際にバガヴァンの信頼も厚く、先月もバガヴァンにお会いした際に、バガヴァンご自身の衣装を戴いたと言う。ナートさんのクリスタルボウルの演奏を聴きながら、みんなで静かに瞑想した。人はみなそれぞれ美しい花を咲かす、ひと粒の小さな種です。小さな種は土の中から芽を出し、やがて、それぞれに美しい花を咲かせます。ひとりひとり、花の形は違うけれども、ひとりひとりが水であり、クリスタルです。みんな同じひとつの命です。美しい花がひとつに集まって、もっと美しい花束となります。人はみな生活のために忙しく働いています。そのことを忘れて、しばし、自分のための静かな時間を持ちましょう。話終えたナートさんは静かに目を閉じて、クリスタルボウルの音を響かせた。瞑想が始まった。クリスタルの響きのなかで、ナートさんは静かにムーラマントラを唱え始めた。私も小声で唱和させていただいた。静かな時間が心地よい波動の中に流れていった。たくさん集まっている子どもたちも、このときばかりは不思議に静かだ。私の意識は私の身体を離れた。アンマとバガヴァンが笑っている。そう、みんなオンナジなんだ。私も、隣に座っているユパさんも向かいにいらっしゃるナートさんも。左に座ってる子どもたちもアンマも、バガヴァンもみんなひとつの命 その瞬間私はアンマとひとつになった。一昨年の秋、ディクシャを受け続けながら、私はアンマのようになりたいと願っていた。悲しみ、苦しみを見るのは、もうたくさんふれあう人の悲しみが溶けていったなら、この世はどんなに平和になるだろう。そう思っていたのだ。アンマとひとつになったとき、あの頃の思いが蘇えった。頬を涙が流れていた。ステージが終って、少しだけナートさんとお話する機会があった。あぁ、でも英会話ができないクレアはやっと半分も通じたかなという程度、残念。けれど、きっといつかタイの夢を織る家を訪ねる約束をさせていただいた。素敵な素敵な神さまからの贈り物をたくさん受け取った今日という一日アンマのように悲しみを溶かす私にはすぐにはなれないかもしれないけれど、ふれあう誰かに喜んでもらえることができる私であったなら私を思いっきり幸せにしてくれた、あの素敵な笑顔に、また出会えるかもしれない。そしたら、私も、サイコウに幸せに微笑みかえしたい。世界へと広がっていくくらいのとびっきりの笑顔で。******************★ レインボーくらぶ のお知らせ とき 5月1日(月)10時~12時 ばしょ 自宅マンション集会室 参加費 3000円お問い合わせ、お申し込みはこちらへ
2006.04.22
photo;kazesanディクシャやヒーリングで病気や怪我がよくなったとお礼を言っていただくことがあります。そんな時、これは私というよりも、プレゼンスがやっていることだと答えています。一昨日のレインボーくらぶ(プライベートディクシャ)の時、毎週来てくださってるNさんから、先週のヒーリングディクシャで胃痛が治ったとお礼を言われました。私はいつものようにプレゼンスに感謝しながら、あれ?と思いました。ディクシャもヒーリングも、クレアのプレゼンスが行なっているというよりご本人のプレゼンスが一番愛を発揮してるんだ!そう感じたのです。そしてまわりの存在、神さま、天使、精霊たちも、すべてが一緒になって、宇宙の愛につつまれて、身体の細胞が喜んで元気になるんだろうなそう思いました。先週の上江洲先生のヒーリング会の時に癌の友人をヒーリングした参加者の方が、家へ帰ってから体調をくずしたというお話をされていました。エネルギーは循環するので、それは当たり前のことです、と先生は答えられていました。先生はアマゾンから沖縄へ戻ったときに、毎食カップヌードルを一日に8個、3年間食べ続けたというお話をされました。普通の人であれば生きていけないだろうけれど、すべては愛ととらえている(知っている)先生は全然平気だそうです。上江洲先生は不眠不食、真夏も真冬もシャツ2枚、いつも同じ服装です。アマゾンで暮らす人々には腕や足のない方が大勢いらっしゃるそうです。それは、医療を施すだけの経済を持ち合わせていないために、たとえばコブラにかまれたら毒が全身に廻る前に腕を切断してしまう訳です。けれど先生はコブラを敵と思っていないためにおなかの上をコブラが這ってもかまれることはないのだそうです。ヒーリングもきっと同じですね。ケビンもヒーリングでたくさんの奇跡を起こしていますが、ヒーリングによって身体が具合悪くなったときいたことはありません。敵とか害とか悪とか間違ってるとか、そんな考えがなくなってすべてを愛と思うことができたらきっと素敵ですねだって、世界は自分を映す鏡ですから・・・・・・私は、先日お会いした方から、「あなたは、なんでも受けてしまうタイプだから、ヒーリングなどより、創作活動が向いていますよ。写真を撮られたらどうですか」と言われました。それはそれでとてもありがたい言葉でしたけどでも私は、人のエネルギーから自分の身を守る必要を感じたことはないし、第一、そんなこと思ってたら、生きていけませよね☆東京での暮らしを苦しく感じることは時どきあるけれど、すべては、愛であると、ただ気づいていれば、それでいいんだと思いました。その日の上江洲先生のお話のテーマは肉体は仮想の我真理は実相の我どの我を我として生きるかというお話でした。仮想という結果世界、現象世界に囚われている自分を感じると同時に真理としての自分を意識するということも、いつでもできるように感じられて、なんだか、平和で静かな気持ちになった、先週末、秩父でのひとときでした。
2006.04.22
photo;kazesan青空禅フォーラムのひととき、今月は夜の部に参加した。夜の室内は可愛い瓢箪ランプたちが優しい光を放って、とても綺麗。全身をリラックスさせる瞑想から今日のフォーラムは始まった。インナーボディのバランスを整えるこの瞑想は神我と近づくばかりでなく、生命エネルギーが活性され、とても気持ちがいい。内臓を大切にするための、季節に合わせた暮らし方のお話など伊東先生のお話はいつもながら、わかりやすい。お話の中で、「すべて自分が決めて行なっていると思っているけれど、実は自分ではない」 というくだりがあったので、私はすかさず質問させていただいた。「私も、『人は受け取ることしかできない』、と感じるなかで、努力を手放してきました。でも、もしも魂の成長というものがあるならば、努力は必要ととらえるべきなのでしょうか?」マインドは常になにかを明らかにさせようとします。それらの考えは枝葉の部分なので、そこだけ捉えるなら、どちらも真実です。それを問うているのは自分です。自分という根っこの部分を意識してみてください。枝葉の部分を思う前に少しだけ、その根っこを感じるだけでいいのです。 な~んだわたしって、いつも起きてくる現象に囚われて振り回されあららら・・・・、まただわ~って、愛(起きるすべてのこと)を受け取りきれない自分を発見するマインドだらけなのだ。。。。あらら・・・・私ったら、まただよ~って考えに囚われている自分に気づいているだけでいいのだなにかがすうっと、ぬけてラクチン♪になった。ひとりの参加者の方がが地震のお話で質問をされた。真実を知っている人は現象自体を問題ととらえていないのでそれを公表したりすることはありません。ですから、世界を騒がせる噂話などで憂うこともないかもしれません。神さまはジョークが大好きです。深刻になることはありません。たとえば悲しみに囚われて、その自分を赤黒い色に例えるとすればそんな自分を必死に青色に変えようとするでしょう。でも、上からどんな色を重ねて塗っても決死て青にはなりません。しかし、赤黒の自分を受け入れた時、それは初めて澄んだ美しい青になるのです。その時は青になりたい自分もいなくなっています。逆に、青になるために赤黒を受け入れようとしても、それはできません。人生は深刻にならないことです。だって、神さまはつくづく、ジョークが大好きなのですからうん、うん、わかるわかる私って、ついつい深刻になっちゃうんだよね神さまとジョークをかわしてみたいもんだよそれも、真剣にね最後の瞑想のときに突然言葉がやってきた。「我神也 我即宇宙也」嬉しい気持ちでひんやりしてきた都会の空の下、帰路についた。温かく、軽く、明るくなった心をかかえて。。。。
2006.04.21

photo;clareyuko今日は狭山にある明子さん(いやしの村のケビンの奥様)の隠れ家?で行なわれたしんちゃんの蕎麦打ち会とお庭でパンチャさんのライヴ明子さんが娘エミをご指名でお手伝いを頼んできてくださったのだが、今年娘は2年続けたバイトをやめて、3年間さぼりまくっていた学校へ再び通い始めている。なので、娘に代わって、ヘルパーとして長男と共に参加させていただいたのだった。お手伝いなので張り切って今朝は早くから長男とふたりで出かけた。昨夜遅く寝たせいか、今朝私は全然起きれなくて、夫も疲れているのかなかなか起きない。そんななか、昼夜転倒の長男は洗濯機を回し、洗濯物を干し、リクに朝ごはんをあげて、そして夫のために朝食の用意までしてくれた。16歳の彼が寝過ごした両親にかわって、料理をしたり、洗濯をしたことは素敵なことに違いないだろう。でも、私はちょっと感動してしまった。彼が夫のためにしてあげたことだ。コーヒーをいれて、目玉焼きを焼き、冷めないように夫が起きるまで蓋をして温めておく、、、、その心遣いに思わず感動したのだ。家事はこなすものでは決してない。その心遣いこそがすべてだよ☆いつも口うるさい長男だけれど、今朝の天使の笑顔は私にそう語りかけてくるようだった。なんだか、私の心にまで、その清らかさが広がってくるような天使の行為に思えた。私たちが到着した時には、やはりいつもいつも素晴らしい心遣いの、天使のような明子さんがすでにたくさんの食事の用意をしていらっしゃって、そして他のお手伝いの方たちも一所懸命立ち働いていらっしゃった。私がしたことといえば、季節の素材のてんぷらを揚げ続け、美味しいお蕎麦を何回もゆで続けたことぐらいだ。そして、美味しい伸ちゃん蕎麦をおなかいっぱ~いいただいた。 午後のひととき、暖かな陽射しと頬をなでる優しい風のなか、バンスリの奏でる美しい笛の音が狭山の広い広い庭に響き渡った。あららら・・・花束贈呈するの忘れちゃってたわ~ 可愛く笑い飛ばす明子さん♪ だって、明子さん、あんなに忙しくしてらっしゃるんだもの、忘れて当たり前だよねたくさんの方たちとふれあい、愛を受け取った、楽しい一日だった。ここで生まれる愛の波動は、世界へと伝わっていくのだと感じた。ミューズの会のお知らせ日時・・・4月23日(日)10時00分~16時00分 場所・・・タワーホール船堀 4F 第1和室 地下鉄都営新宿線 船堀駅前 料金・・・10000円 ディクシャとガイド役・・・4人の女神たち ゆうちゃん こと 松山祐宇 MC由美子 こと 寺本由美子 ミラクルさきちゃん こと 中島左貴 そしてクレアゆうこ こと 谷口祐子 芸能界にも多くのクライアントをもつ、生まれながらにしてチャネラーの祐宇ちゃん アロマテラピストとしていやしの村のヒーラーとして大活躍のミラクルさきちゃん、 毎年船で世界を旅するフリーMCの由美ちゃん そしてクレア・・・・ 私たち4人は4月のインドコースの仲間で、 女神だった過去世、巫女だった過去世など不思議なつながりから、 インドから帰国してからも、時々集まってはプロセスをシェアしています。 4人の女神と皆さんが一緒に創り上げる奇跡の世界は・・・ 今回はサムスカーラシュッディ そして天使とつながるワークをメインのひとときです。 ひとりひとりの皆さんが真の自分自身と出会う気づきと感動を 共にシェアできるひとときに 、心から感謝します。 参加のお申し込みはこちらへ
2006.04.19
photo;clareyuko秩父から沼田へと4日間の旅から昨夜帰ってきました。一番はしゃいで迎えてくれたのは、キャバリアのパピー、リク二男は土日の試合も順調に勝ち進み、都大会進出決定のVサイン部活で毎日疲れているだろうに新学期の教室のこと、試合のこと、など遅くまで語ってくれました。この春からバイトをやめて決意も新たに再び学校へ通い始めた長女は学校の先生の様子を嘆きながら自分と先生の生き方の違いをいろいろと感じているようで。。。。(>0<)ねぇ、どう思う?とそしてふれあった同級生たちとの話など、逐一報告してくれます。長男はテニスのサークルの人たちと行った山登りの話そして私が帰ったことによって起きてしまう自分の心の変化解放や甘えや、、、、そのいろいろに戸惑いながらもそれをきちんと見つめ、私に話してきます。夫は空腹の私に食べ物をみつくろってくれてPCで仕事をしながら時々子どもの話にツッコミを入れながらもタイムアウトで日付変更線と共に眠りにつきました。ひとりひとりがつながっていながらも、それぞれにひとりひとりの人生を歩いている共に何かをわかちあいながら自分の責任のもとに自分の人生を送っているわかちあうなにかはどんなカタチに見えようともきっと愛そのものにちがいない沼田での魂の家族とのひとときから戻って静かにそう感じた夜でした。
2006.04.18
photo;clareyuko長男と私は特別な関係だ彼が心から自由でいられるのは今のところ母親の前だけかもしれない。なんていえばカッコイイけど、つまりは母親だけはいつだってどんな彼をも受けとめることができる。そう感じている彼は、母親にはいつも好き勝手なことを言えるというだけだ。時には母親にアタルことだってある。そんなだから、母と息子のやりとりを聞いている家族はそうとうカッカするようだ。夫も、娘も、弟もだ。夫は男はこうあるべきだ、との高いプライドを息子についつい押し付けがちである。弟は甘えるのもうまければ、そのかわり、親を困らせることは絶対にしたくないというタイプ。だから母にとってはいつもお助けマンである。と同時に母を困らせる兄を許せない。娘にとっても唯一なんでも話せる相手が母なものだから、いつでも母の味方だ。そんな家族に囲まれて、長男は私に対してとても厳しい、というかウルサイ。箸の上げ下ろしにまで、、、、と言いたくなるほどだ。そんなふうだから、私に対してのクチの利きかたもゾンザイなのだろう。母と子のそんな会話の現場を見ようものなら、夫はすぐ怒る弟はいかにも不機嫌だという顔をする。昨日そばにいたのは娘だ。「お母さんにそんな言い方、やめれば!」もう我慢ができないとばかりに長男にくってかかった。人と人との間には他の人にはわからない関係がそれぞれにある。それをカルマということもある。カルマでなくてもたとえば、兄弟喧嘩に親が口出ししないほうがいいのがそのいい例だ。うちは親は口出ししないことを学習済みだが、子どもは我慢できないようだ。それも他愛ない兄弟げんかといえばそうなるのだが、私が間に入っているのでちょっと困る。私をはさんでしばらく言い合いが続いた、と思った瞬間、長男が私の頭を思いっきり叩いた。姉に対しての怒りを私にぶつけたのだ。久々だった。。。。暴力がキライな私は条件反射のように固まって、そして泣きそうになった。でも、昨日はどういうわけか、湧き上がった感情がマインドだとすぐに気がついた。心がとても静かになった。母子だけのケンカなら、お互いに泣いたり怒ったりして、すぐに二人とも笑いがこみあげてくるのに、、、、、息子の胸が痛んでいるのがよくわかる。大丈夫だよ。できるだけやさしく伝えた。娘もすぐに謝って、息子は自分を責めるのをやめた。昨日はまた、友達から届いたメールにちょっと胸がきゅんと痛んだ。友人は普通に優しく書いてくれているのだが、その中の一言がヘンにひっかり私をいじけさせただけなのだ。どうせ、わたしなんて、、、、いつもの自己否定が始まった。ところがしばらくしてから、その声がマインドがささやいているだけだと気がついた。それが無益でただ、私を悲観させる罠にすぎないとはっきりとわかったのだ。真実は言葉ではない 大切なことはそんなことじゃないなぜか、昨日はそう確信できる自分がいた。もしも悲しみにとらわれたら、思う存分悲しめばいいそうしたら、、それがマインドのささやきなんだときっとまた、気づけるかもしれない。そう思えた嬉しい一日だった。
2006.04.13

北海道の想い出 photo;clareyuko道端の木々が水がほしいと言っていた雨が降ってきた.............お誕生日が終ったばかりのお釈迦様がアムリタ(慈雨)を降らせたのかもしれない。北海道からのインフォメーションですクレアに美しい想い出を残してくれた北海道にケビン(いやしの村/中西研二さん)がやってきます! ★ 4月21日(金) 13:45~(佐藤水産文化ホール) お話会&ヒーリング ケビンのヒーリングで目の前に繰り広げられる奇跡をクレアも見ました。東京では翌々月までキャンセル待ちのケビンのヒーリング待たずにに受けられる北海道の皆さんはとってもラッキーだと思います。 ★ 22日(土)9:30~18:00(かでる2・7 1階レクレーション研究室)しあわせ体験セミナーパート2サムスカーラシュッディ(質の浄化)今までためていた悲しみ、苦しみ、ケビンの前で安心してすべてを解放しましょう。チャージが喜びのエネルギーへと変換される瞬間を見ることができるでしょう。★ 23日(日)9:30~15:00 (佐藤水産文化ホールにて)ディクシャ会 北海道でもディクシャギヴァーが少しずつ増えています。けれど、たくさんのギヴァーが集まる機会はそうありませんね。大勢集まればそれだけ高いエネルギーを感じるかもしれません。それもまた、ひとつの素晴らしい体験になるかもしれません。お問い合わせは豊福さん(TEL:090-2055-0619)までお気軽にどうぞ札幌での奇跡の3日間ぜひ、お立ち寄りくださいね☆
2006.04.10

photo;clareyukoいやしの村の明子さん(ケビンの奥様)にお誘いいただきパンチャラマさんの記念ライヴに五反田のネパール料理パシュパティへ行ってきた。パンチャさんはネパール出身のパンスリ(横笛)奏者ネパールでのライヴには1万人の観客が集まるほどの地元の英雄的存在だ。CDの収益などで小学校を建設されている。彼が奏でる美しいパンスリの音色は何度か聴いたことはあったけれど、本格的なライヴはクレアは初めてだった。ヒマラヤの曲で始まったそのステージは、遠く美しい山々や、静かな森、深い渓谷の中にいて、鳥のさえずりやせせらぎまで聴こえてくるように、心にしみいってきた。東京の地下にもぐっていてさえも、大自然の中にいて、風の声を感じることができるそう教えてくれた、素敵なひとときだった。 今回のチケットは娘の18歳の誕生日のお祝いにと、明子さんからのプレゼントだったのだが、普段はコブクロや直太郎に夢中の娘も、パンスリとタイコの響きに大満足で、楽しかった~と大満足。明子さんは女神のように美しい方だけれど、容姿だけでなく、心もいつもあふれる愛でいっぱいの方。この日もみんなへの心配りで休む間がないほど。周りへの気遣いもさりげなく、周囲に気を使わせない優しさにあふれている。ニコニコ笑いながらみんなの食事の準備を手伝い、自分の食事はいつも一番最後だ。女神のようでいて、そして天使のように可愛いお母さんだ。功ちゃんの優しさは明子さん譲りだなぁ(あ、ケビン、ごめんなさい)とつくづく思う。この日もたくさんの出会いがあった。明子さんとご一緒させていただいたテーブルでお話させていただいた方たち。皆さん、にこにこと楽しそうだ。ネパールのお料理も美味しい。そして、明子さんが私の光の写真のアルバムを持って、お友達に見せに行かれた。その方が後でご自分の名刺を持って私のところへ来られた。見るとNPO法人「風の船」と書かれている。にっこり笑って話しかけて来られた、弥生さんというその方は風の船の船長さんらしい。ミシガン湖畔に住んでいらっしゃるという弥生さんは、私の光の写真を見ても、よく見る奇跡の風景と言う感じで別段驚かれなったという。見終わって閉じたそのアルバムの表紙のイラストを見てびっくりされたということだった。その絵と同じカードをいつもリーディングのときに、お客様に書いて差し上げているのだと言う。「アルバムのイラストに感動した人なんて初めてでしょう」「ホントですよ~」と笑いあった。出会いは人との出会いも自然との出会いも、すべて神さまからの贈り物だ。実はこの小さなポストカードアルバムは、私のお気に入りの雑貨屋さんで買ったものだ。先月北海道にいる時に見知らぬ方からお電話をいただいた。カルキセンタージャパンのHPで私の名前を見つけたというその方は、「ディクシャについてよく知らないので教えてほしい」と言って来られたのだった。職場が私の住まいに近かったことから始まったご縁だったけれど、その方はなんとそのお店の経営者の方だったのだ。その方と先週初めてお会いして、小さなディクシャ会のひとときを持たせていただいた。ディクシャギヴァーはどんどん増えているし、それぞれがいろんなところでいろんなディクシャ会を開催しているので、私はお会いした方には、いやしの村をはじめとして、元気の出るセミナーや楽園ディクシャなど、いろんなディクシャ会に参加してみて、自分に合った会に参加されるようにお勧めすることにしている。それぞれの会ごとに雰囲気も内容も全然違うと思うからだ。その方とはご縁があったのか、嬉しいことに今週もまたディクシャとセッションを受けにきてくださる。ひとりの人のプロセスに関わっていけることは、私にとっても、とても素晴らしい体験だ。今日もある方から紹介されたと言って、川崎の方からお電話をいただいた。インディゴの優しいママからだった。私にできることは私の体験をお話しすることと、バガヴァンから学んで気づいたことをお伝えすること、そしてディクシャとワーク、それだけだ。けれどその過程のなかで、気づきと体験をわかちあうという素晴らしいひとときが用意されている。それは、まさに、愛と出会うという体験だ。その方にもいろんなディクシャ会があることを説明させていただいたけれど、やはり遠くからクレアに会いに来てくださるという。。。どんなご縁なのか、出会いは神さまからの大切な贈り物だ。ディクシャは一度受ければプロセスがスタートする。一度でいいという人には一度で十分だし、プロセスを速く進めたいという方はどんどん受ければいい。ディクシャを受けるたびに、人は自分を包んでいた洋服を一枚一枚脱ぐように、被っていた仮面を一枚ずつはずすようにどんどん軽く、そして透明になって神としての自分に近づいていく。自分の中に在る内なる神という存在大いなるものサムシンググレイトアンタリアーミンディヴァインプレゼンス光愛なんと名づければいいのか、、、、名前さえ必要としない、その存在はもうひとりの自分というよりはきっと真実の自分なのにちがいない ライヴの帰り道東京駅で降りて、エミとゆうこママのふたりは仲良く皇居周辺を散歩して、大自然の音楽の余韻を楽しんだ。ふたりのプレゼンスが優しく微笑んでいた。
2006.04.09

photo;kazesan東京は肌寒い毎日が続いている桜舞い散る坂を下りて、友の家へ急ぐ最近は遅刻しても走ることがなくなった。ゆっくり空を見上げて浮かんでる雲に挨拶道端の裸の木にも可愛いちっちゃな芽がひとつ、ふたつ、みっつ美しい若葉たちが眩しそうに顔を出しているこんにちは、あなたたち、いつ生まれたの?久しぶりのリーディングデイ賑やかな女神たちが集まったみんな、太陽のように明るい女神たちだ最初に静かに瞑想して、それぞれに未来の自分に会いにいったプレゼンスに導かれて扉へと歩くクレアのプレゼンスは3人いて、一人だけ話しかけてくることもあれば3人いっしょにい微笑んでいる時もある昨日は3人のプレゼンスが現れたと思ったら他にもたくさんの存在たちが集まってきて、クレアと一緒に歩いてくれた目の前に過去への扉と、未来への扉が現れたクレアは右側の未来へ通じる扉をそっと開いた目の前に天へつながる美しい階段が現れたゆっくりと昇って行くと、眩しいばかりの世界へ辿り着いたそこは暖かく、そして明るい金色に輝く世界プレゼンスたちが微笑んでいる私、死んじゃったの?もう、苦しいことは、なんにもないよ頑張ったね涙があふれたあ、地球の子どもたちは?私、子どもたちの笑顔のために、ちゃんとお手伝いできた?みんな、どうしてるの?そう思ったとたん、クレアのまわりにたくさんの子どもたちが現れて元気に楽しそうに笑ったあぁ、よかった。。。。アセンションが終ったんだねこんなにも暖かで、愛がいっぱいの世界にみんないるんだね涙はとめどなく流れるままだ愛と幸せにつつまれたまま戻る時間になった今の世界を生きるために必要なギフトを受け取る私はなにがほしいの?「無条件の愛」そうだね、無条件の愛で生きることができればみんな、どんなに幸せだろうね素晴らしいギフトを受け取ってそして今の世界へ戻ってきた始めの瞑想だけで、今日の一日が終ったような幸せな体験だった*******************★ レインボーくらぶ のお知らせ とき 4月13日(木)14時~16時 ばしょ 自宅マンション集会室 参加費 3000円お問い合わせ、お申し込みはこちらへ
2006.04.08

photo;clareyuko 今日はいやしの村の幸せ体験セミナーのパート3お手伝いとは言いながら、幸せなひとときを過ごしました。不安心配恐怖のサムスカーラシュッディの一日会場には男性の姿がぐっと増えて遠方からの参加の方々も目立ちました。今日嬉しかったことのひとつめ。ケビンが光の写真を撮る人としてクレアを紹介しながら「あの方は天使かもしれませんね」って言ってくれたのです♪えっ?私が天使???一瞬耳を疑ったけれど、確かにプレゼンスは天使かもしれないし、私だけでなくてみんなそうなのに違いないはず。。。。でも、とっても嬉しかったのです。スタッフでお昼を食べていた時にケビンが「ゆうこちゃんもずいぶん変わったよね~ほら、背中に羽根が生えちゃってさ」あ、そっか、、、、、なんだ、そういうことね☆私はインドから帰ってから、ディクシャの旅をしたいと思って、夫に「3年は家にいないと思ってください」とお願いして本当に羽を広げて、自由を満喫しているんだもんそれを天使と言ってもらえるなんてウレシイ♪実は天使の羽が生えてるって言われたのは今日のケビンで4人目最初は去年8月、中村光也君が家へ遊びに来てくれたときに「ゆうこママ、背中に天使の羽が生えてるよ」って言ってくれたのでした。次は12月の上級コースの時のこと。キャンパスを掃除してくれている女性の方が声をかけてくれて、インドの言葉で話しながら「ブルブル・・・・」って口真似して、身振り手振りでそれを伝えてくれました。3人目が新聞やさんのオジサン。競艇が趣味のこの人とは5年ほどのおつきあいになるけれど先月の集金の時に「あれ?背中に羽が生えてるよ」って突然言われたのです。「日木流奈君が『みんな背中に羽があるのに、どうしてたたんでるんだろうなぁ』って言ってたよ」ケビンがそう言ってたけど、私に羽があるなら、もっともっと大きく空を飛びたいな☆心のままに、自由に、空高く!愛する人たちと。。。ふたつめケビンのお話を聴いているときは、なんだか意識が「私」を離れて自由に飛んでいるみたいで、なんだか涙がでてきちゃたしサムスカーラシュッディのときは体育館のような広いリハーサル室を走り回ってそして歩行サムスカーラの時も踊り続けて、汗をいっぱいかいて、楽しかった~♪そしてみっつめプレゼンスが何度も何度も語りかけてきてくれたことそれは、ただ、ただ、涙と感動☆ 一昨日SAKUYAちゃんのネックレスを渡すために半年ぶりにツインソウルに会いました。そのとき、彼女が私にいいました。「クレア、魂は傷つかないよ。起きることのすべては真実の愛と寛容を学ぶために必要なことなにが起きても、どんなに胸が痛んでも、魂は決して傷つくことはないから安心してね」その言葉を聞いたとき、私は私のハートに咲いているという真っ白な一輪のバラを想いました。どんな時でも、美しく清らかに、そのバラは凛として静かに咲いているのだと想いました。彼女が私にくれるメールには時々最後にこう書いてあります。「クレア、大丈夫よ、なにもかもうまくいくから安心して委ねなさい 愛をこめて ナタリア」セミナーのなかで彼女の言葉を思い出していました。そう、なにも心配することはないよすべてうまくいっているからね・・・・・・目に映るすべての人、心に浮かぶすべての人にそう伝えたいそう思った私の目に涙があふれていました。私のハートの中で、3人のプレゼンスがにっこり優しく微笑んでいました。。。。。
2006.04.06
photo;kazesan久しぶりにいやしの村へ行ってきた。しばらくゆっくりしていた私はケビンがインド上級コースから帰ってから初めての再会だった。「ずいぶん久しぶりだねー、どっか行ってたの?」(いや~実は体調悪くて休んでたので。。。。)とは言えずに苦笑した。「金沢でクレアのディクシャを受けましたっていう人に会ったよ」そっか、先月ひかりっ子にきてくれた人かなぁ「インドでボクも写真撮ってみたよ、でも何にも写らなかったよ。やっぱりお役目だね~」え?ケビンも撮ったの?ケビンはどっちかっていうと撮られる人だよね(^.^) 今日のケビンのお話、クレアにはとってもありがたかった。インドへ行く前のケビンの心の中、嫉妬や競争でいっぱいだったんだそうだ。インドでそれらを手放して、帰ってきたら、みんながそれぞれエゴの花を咲かす、その花がとても美しく見えたという。「どんなに努力しても人は変わりません、どんな人もそのままでいいのです」バガヴァンの教えのとおり、どんな醜い自分も、エゴでいっぱいの人も、皆、美しい、愛しい人だと、心からそう思えたというお話だった。ケビンのお話はなぜか、いつ聴いても私とシンクロを感じるので、お話が終ってからいっつも、「ケビン、ありがとうございま~す」ってお礼をいうことになる。パワーアップの奇跡のヒーラーケビンはヒーリングがキャンセル待ち状態なので、この日初めて、ケビン以外の方からヒーリングを受けた。今日はKちゃんがヒーリングしてくれた。「ストレスがあるね」うん、ある、、、でも、誰だってそうだよね。「魂がよくぬけだすよね、幽体離脱みたいに微振動があるよ」う~ん、なんかあんまり自覚症状がないような、あるような・・・Kちゃんは感じたままを伝えてくれる。そして、「ハートセンターに真っ白なバラが見える、きれいに咲いてるよ」いったいなんの意味なのかわからないけれど、なんだか嬉しくなった。「ピュアだからだよね」って言われたけれど、私のハートはすぐに閉じようとする。あるいは、ハートは開いているけれど、そのまま傷だらけになってしまったりするのかもしれない。けれど、そんな私のハートの中に美しく咲く真っ白なバラがある。素敵なこと☆ ちょっと嬉しい終ってから阿佐ヶ谷へ向かった。わっはっは体操のジョイさんが、ひかりっ子キッズ編のためにと個人レッスンを勧めてくださったのだ。今日は全身スマイル体操を教えていただいた。心の笑顔は顔の笑顔からも作られる。けれど顔の表情は身体の表情から作られるのだという。無理に笑顔になれないときでも、うふふ、にこにこ、うきうきと言葉に出して、体操することによって、身体から表情へ、そして心へと明るくなれるのだそうだ。レッスンのあとの教室にも少し参加させていただき、感情の発散の体操などもして、クレアはなんだか身も心も少し軽くなって帰宅した。このところ、すべてを受け入れることができなくて、そんな自分を受け入れることができなくて沈んでいた私だったけれど、自分を愛せないで人を愛することはできないよね。昨日のブログにコメントしてくれた友の優しさが伝わってきた。まだお会いしていないギヴァーの友から届いたメールにも「クレアさんのディクシャは他の方とは異なり、感情が動いくのでとても興味深かったです。」とあって、もしかして、クレアの沈んだブログを読んで送ってくださったのかなぁとなんだか励まされてるように感じた。ディクシャひとつとっても、ひとりひとりに必要な出会いがあり、それぞれみんなが誰かにとって必要な人に違いないね。以前友から届いた便りににはこう書かれていた。魂が願っていることを、現実にできない理由はたくさんあるよう見えるよね。でも、魂が願っていることを現実にできない理由もない。ただ、ありのままの自分を受け入れて、そのありのままが生かされるように信じて歩いていけばいい。ほんとうの自分の、魂からの願いが、銀河に橋をかけてゆく。外に現れている現実と、ほんとに起きていることとは少し違う。現実は、もっと入り組んでいて、それでいてすべてがつながっている。ゆうこさんは、自分の幸せを まず受け入れればいい。自分が幸せになることは、みんなも幸せになる道筋なんだよ。もっと、もっと素直に。そして執着を解き放って。ほんとに願っていることを怖れないでね。苦しいなんて一言も言わないのに友にはわかっていた。きっと友も同じ思いをしたのかもしれない。ほんとうに起きていることって、どんなことなのだろう私には見えない魂の願いってなんなのだろう私には聴こえない執着どうすれば手放せるの私はいったい、なにを恐れているの?あと、たった数枚の薄いヴェールがはがされるのがちょっと怖くてとまどっているそんな私なのかもしれないそして、きっと、人は皆そうなのかもしれないただ、怖れているだけ。。。。その友から今日届いたメールにはこう書かれていた。悲しみや、怒りの奥底には溢れるほどの愛が あるよねきっとそうなんだ。。。。そう思って、また涙があふれてきた。
2006.04.04

photo;clareyuko上野は不忍池のそばでのディクシャ会土曜日の上野は満開の桜を愛でる人たちでいっぱい。見晴らしのいい会場の端にフォトカードを並べさせてもらいました。その日私は、ディクシャと、そして可愛い天使ちゃんたちの子守もさせてもいただきました。光のカードを買ってくらださる方は、ギヴァーの方たち、そしていやしの村の方たちがとても多くカードを見ていろんな方が声をかけてくださいます。「光が見えるんですか」、「どうしてこんな光が撮れるんでしょう」と驚かれる方がほとんどですが、たまに違うことを言われる方もいらっしゃいます。それはたいていは、特定の写真に惹かれる方です。それも惹かれる写真が人それぞれに違うから不思議。この日もクレアの写真を初めて見た方が、一枚を手にとって「この写真を見ていたら、なぜか涙が出てきたんです」それは27番の写真でした。この写真を見てそう言われた方はこれで4人めこれを撮った時の感動は今でも忘れません。映った光たちに私自身驚いて、コーディネーターの恵美さんや大矢さんに見せた写真。見守られているような感覚だったのです。「この前、ブログ拝見しましたよ、kazesanの写真、すごいきれいですね」そう声をかけてくださった方もいらっしゃいました。嬉しい声。かと思えば「以前と服装が変わってきましたね」といわれる方も。。。。あれれ、、そうなのかなぁ?自分では気づかないことも・・・・伸ちゃんの蕎麦打ち教室にいらしてた方からも、「初めてのディクシャ会で何もわからないでいた私が、アンマ、バガヴァンんの写真がほしいと言ったら、シュリムルティを探してきてくださった方ですよね」と言われて、そういえば、あの時の方だ・・・って想いだしたり。。。。私は人の名前を覚えるのが下手で、顔は覚えてるんだけど、名前をすぐ忘れてしまいます。どこかでクレアとお会いして、クレアが覚えていなくっても、どうかお許しくださいね。 昨日のディクシャでは始まってすぐに「すべて、ただ、受け取るだけでいいんだよ」プレゼンスの声が聴こえてきたようで、私は涙が出ました。わかってるよ、でもこのところ、現実を受け入れられない自分に苦しい思いがありました。そんな私に聴こえた天からの声に、私の心は少し安らかになりました。けれど、静けさは続きません。すべてを神さまからの贈り物と感謝で受け取ればいいのに受け入れられない現実があります。そして、受け入れられない自分を、愛せない自分がいます。インドから帰ってからの奇跡の連続にただ、ただ、感謝の毎日でした。もう、これで十分、ありがとう、、、、そう思っているのにもっと、もっと、と神さまは次々に贈り物をくださるのです。いつのまにかそれが当たり前になっていたのかあるいは、幸せを許せない自分がどこかにいるのかここ2ヶ月くらい、ずっと、沈んでいく自分をどうすることも出来ないでいました。そんな自分を見つめていると、どんどん氷のように冷たく透明になっていって、そしてどんどん静かな深い海に沈んでいくようでした。そしてそんな自分をどうすることもできませんでした。人って、幸せを受け取るのが怖いんですねそんなはずはない私が幸せになるなんてきっと、そんなことが続くはずがないどんどん否定的になっていく自分がいるのを知りました。でも、そんな自分を愛せたら、どんなに嬉しいことでしょうそんな自分を許してくれる人がいたら、どんなに安らぐことでしょう。否定的な自分を許せる自分ジャッジのない場所まずは自分のために創りたいそう思いました。
2006.04.03
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