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コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第七話 黄金の雷(8)
【 第七話 黄金の雷(8) 】
かくして、有利な戦闘を展開するスペイン兵たちは、次第に、インカ軍の本陣深くまで侵入を開始していった。
陣営の最奥にあって、これまでの戦闘では戦火の及ぶことのなかった負傷兵たちの治療場にも、この時には、ついに、敵兵たちの魔の手が伸びようとしていた。
膨れ上がる負傷兵たちと、彼らに必死の治療を施す従軍医や看護の女性たちがひしめく治療場の中へと、スペイン兵が雪崩れ込むように乗り込んでくる。
これまで、戦闘に巻き込まれたことのないその場所は、まるで目に見えぬ神聖な何者かに堅く守られてきたようでもあり、だが、かえってそのことが、インカ軍の兵たちや、そこで働く女性たちに、無意識的な安心感をもたらし、結果、その場は兵の守りも手薄になっていた。
今、突如として押し寄せてきた白い敵兵たちが、銃器や剣を振り翳し、治療場の外周をたちまち包囲する。
その時も、その場で懸命な治療にあたっていたコイユールは、負傷兵の一人に薬草を塗布しかけたままの姿で、他の女性たちと同様にギョッと身を固めた。
コイユールは、昨夜、警護兵と揉めて気絶させられた後、持ち場の治療場に運ばれた。
そして、目覚めたのは、今朝、既に戦闘がはじまった頃だった。
陣営内の奥まった場所にある治療場の女性たちは、トゥパク・アマルが囚われたことまでは、まだ知らずにいた。
そんな中の一人であるコイユールは、トゥパク・アマルの無事を深く祈りながらも、こうなっては、せめて己の持ち場を守って一人でも多くの負傷兵に力を注ごうと気持ちを切り替えていた矢先のことだ。
それが、今、まさかの敵兵たちの襲来に、他の女性たちがそうであるように、コイユールも震え上がっていた。
辺りにひしめく身動きのできぬインカ側の負傷兵及び数名の従軍医を除けば、殆どその場にいたのは、看護にあたるインカ族の女性ばかりである。
押し寄せたスペイン兵たちは、格好の獲物を見つけたとばかりに、寝台や地に横たわる負傷兵たちを蹴散らしながら乱暴に治療場に踏み込んでくると、容赦無く女性たちに掴みかかってきた。
辛(かろ)うじて身動きのとれる負傷兵や従軍医が、傍にあった武器をとって敵兵に討ちかかるも、即効、スペイン兵たちの銃によって無残に撃ち抜かれ、血飛沫と共に地に倒れた。
あたり中から、恐怖に打ち震える女性たちの悲鳴が上がる。
その場にいたスペイン兵の指揮官らしき男が「女たちを捕虜として捕えよ!!」と無情な指令を発し、その言葉に、多くの女性たちはいっそう凍りついた。
しかし、インカ族の女性たちは、もともと精神的にも体力的にも、男性に負けぬ強靭さを備えている。
女性たちは震撼の中にありながらも、負傷兵たちを守るように己の身を呈して毅然と立ちはだかると、いざという時のために周囲に積み上げていた石を掴んでスペイン兵めがけて一斉に投げつけはじめた。
コイユールも、俊敏に石を握り締め、敵兵めがけて夢中で投げた。
無数の石による攻撃は意外に威力を持つことと、不意の反撃であったことに、はじめこそスペイン兵たちは怯みを見せたが、とはいえ、所詮は石にすぎず、スペイン兵たちが銃器を乱射して脅しをかけるうちに、女性たちは次第に圧倒され、その意気を削(そ)がれていく。
まだ石を手に握り締めながらも、愕然と目を見張るコイユールの視界の中で、ほんの今まで共に働いていた女性たちが、悲鳴を上げながら逃げ惑い、次々と捕われ、縄につながれていく。
その悪夢のような光景は、だが、それは決して夢などではなく、次の瞬間には、まさに己自身の身にも降りかからんとしている、紛れもなき「現実」そのものであった。
今、目の前で女性たちが次々と捕われていく中、コイユールの傍に横たわっていた瀕死の負傷兵が、痙攣する腕を彼女の方に伸ばして手招きするような仕草をしながら、必死で何かを言おうと口を動かしている。
縋(すが)るように石を握り締めていたコイユールが、ハッとして、その負傷兵の傍に素早く跪いた。
彼女は、身を屈めて、負傷兵の口元に耳を近づける。
負傷兵は搾り出すような声で、「俺の腰のポケットに小銃が入っている…それを…使ってくれ」と言いながら、その痙攣し続ける指で自分の腰のあたりを指し示した。
「え…!!」
コイユールは息を呑む。
小銃など、手に持ったことすらない。
そんなコイユールの戸惑いを見透かし、力づけるように負傷兵が促す。
「急げ…!
あんた…インカ族の娘だろう。
勇気を出して、戦うんだ…!!
弾はこめてある。
あとは、引き金を引くだけだ。
あんたにも…できる…!!」
命を削るようにして発せられる負傷兵の言葉に、それでも、コイユールは、まだ戸惑いの色を濃厚に浮かべてはいたが、もはや迷っている間など無かった。
彼女は意を決したように負傷兵のポケットを探って、小銃を取り出した。
負傷兵が僅かに頷き、鋭い目でコイユールを促す。
「そうだ…!
躊躇(ためら)わずに、撃て…!!」
周囲を見渡せば、泣き叫び逃げ惑う女性たちを捕えながら、地に横たわる無抵抗の負傷兵たちを次々と撃ち殺していく敵兵たちの姿が映る。
それは、この反乱がはじまって以来、戦線に出たことのなかったコイユールがはじめて己自身の目で目の当たりにした、まさに戦乱の地獄絵図だった。
コイユールは頭と胸が焼け付くような激しい憤りと戦慄に貫かれたまま、ギュッと小銃を握り締める。
実際、今ほど敵を、心底、憎いと思ったことはなかった。
それなのに、この期に及んでも、なお、引き金に添えられた彼女の指先は震えている。
「撃て!!
…はやく!!
俺たちも殺(や)られるぞ!!」
足元から、負傷兵が苦悶の声を上げる。
眼前では、渦巻くような悲鳴と叫びの中、殺戮と暴行の修羅場が加速していく。
コイユールは、唇を強く引き結び、普段の柔らかな表情とは別人のような険しい横顔で決然と立ち上がった。
そして、痙攣するように震える腕を上げて、真っ直ぐに小銃を構えた。
コイユールが銃を構えた先には、女性に掴みかかりながら、情け容赦無く瀕死の負傷兵たちを無差別に撃ち殺している一人の大柄なスペイン兵の姿があった。
彼女は、引き金に添えた震える指に力を込める。
だが、指が凍りついたように、それ以上動かない。
そうしている間に、狙っていた先のスペイン兵が、己の方に銃口を向けているコイユールの姿に気付き、逆に、その男の方が彼の銃口をピタリとコイユールに定めた。
そして、いきり立った鬼のような形相でこちらに突進してくるではないか。
コイユールの足元で、負傷兵が、殆ど悲鳴のような悲痛な叫びを上げた。
「な…何をしてる…!!
はやく…はやく撃ってくれ!!!」
その間にも、相手は、周囲の負傷兵を踏みつけながら、たちまち距離を詰めてくる。
(ああ…――!!)
コイユールの意識は必死で引き金を引こうとしているのに、彼女の、その意識を支配する深層意識は、この瞬間に至っても、なお、指を動かしてはくれなかった。
その大柄なスペイン兵は、殆ど1メートルも隔てぬ直近まで迫りくると、仁王立ちになって銃を構えなおし、魔人のように目を吊り上げて、ピタリと彼女の胸に銃口の狙いを定めた。
コイユールは凍(い)てついたように動けず、ただ己の歯がガチガチと音を立てて鳴り続けるのを聞いていた。
その足も手も、まるで何かに取り憑かれたように激しく震えている。
そんなコイユールに冷ややかな視線を投げると、敵兵は、スッと銃口を彼女の方からはずし、先程、小銃を渡してくれたあの負傷兵の方にそれを向けた。
コイユールは、はじめて我に返ったように、「やめて!!」と、負傷兵の前に覆いかぶさる。
しかし、次の瞬間には、割れるような銃声と共に、負傷兵の体から、これほどの血が人間の中にあるのかと思わせるほどの大量の血が噴き出した。
「!!!」
(ああ…!!
私が…私のせいで…――!!!)
真っ白に混乱した頭の中で、コイユールは、己の声が半狂乱を呈して、激しい自責と憤怒の叫びを上げるのを聞いていた。
彼女は、負傷兵の体から噴出した血糊と己の涙とに濡れ乱れて、その目鼻も分からぬほどになった顔を、スペイン兵めがけて、きっ、と上げた。
そのまま何かに憑かれたような激しい目になると、今度こそ、真っ直ぐに銃口を眼前の敵兵に向けた。
指が、今、魔法を解かれたように動くのを感じる。
まさに引き金を引きかけた瞬間、しかし、コイユールは逆に、そのスペイン兵の豪腕によって背後の地面に押し倒されていた。
男は彼女の手から、あっさりと小銃を弾き飛ばすと、「大人しく捕まっていれば、余計な思いをしなくてすんだものを」と、欲望を露(あらわ)にした冷酷な声で言う。
それはスペイン語ではあったが、コイユールには、その意味をハッキリと察することができた。
鉄の錘(おもり)のような重圧で押さえつけながら、男は片手をコイユールの衣服の中に入れてくる。
「!!」
彼女は、目の前が真っ暗になるのを感じた。
が、次の瞬間、コイユールは、まるで己の腕が、何者かの大きな力に自動的に動かされるかのような、未体験の激しい感覚を覚えた。
気付けば、彼女は、その自由な方の手で、己の大腿部に結びつけていた短剣を瞬時に引き抜き、そのまま自分の上に覆い被さるようにしている敵兵の胸に、真っ直ぐそれを突き立てていた。
「!!!」
「ぐわぁ…ぁぁ…!!!」
男が言葉にならぬ絶叫を上げて、血まみれになった胸を掻き毟(むし)りながら、激しくのけぞる。
自らが為した所業の何も掴めぬままに、コイユールが愕然と固まっている間にも、彼女に胸を突かれたスペイン兵の巨体は、絶叫と共に地を転がるようにのたうっている。
朦朧とした意識のまま、しかしそれでも、コイユールは、よろけるように立ち上がった。
呆然と見下ろす自分の手には、今、血まみれの短剣が握られている。
(え…――あ…――ああ!!)
霧がかかったように霞みゆくコイユールの視界の中で、上半身を血で染めながら、彼女には聞き取れぬ異国の言葉で何かを叫び、激しくのたうち、ついには地に沈みゆく敵兵の姿が映る。
そのさまを愕然と見やりながら、だが、コイユールは、今、何が起きたのか、そして、己が何をしたのかを、未(いま)だはっきり掴めない。
血まみれの短剣を両手で握り締めたまま全身を震わせ、その場に立ち竦む彼女の周囲には、瞬く間に敵兵たちが集まり、コイユールはたちまち取り囲まれていく。
兵士でもない一介のインカ族の女が、スペイン兵を殺した…――と、それは、まるで起こってはならぬタブーが起きてしまったがごとくに、仲間を殺されたスペイン兵たちの驚愕と憤怒と憎悪は心頭に達していた。
コイユールは、煮て食うか焼いて食うかと言わんばかりの冷血な眼の、無数の蛇に睨みつけられた小さな鼠(ねずみ)のように、まるで縋(すが)るように必死に短剣を胸に抱き締めたまま、完全に身動きできずに凍りついている。
取り囲んでいた敵兵の一人が、スペイン語で何か激しく罵りの言葉を発しながら、荒々しく彼女に掴みかかった。
瞬間、コイユールは目を閉じて、身を縮める。
…――が、次に悲鳴を上げたのは、コイユールではなく、彼女に掴みかかった敵兵の方だった。
完全に身を硬くして目を閉じたままの彼女に、その敵兵のものと思われる生温かい血飛沫が、返り血のように激しく降りかかる。
「!!」
コイユールが恐る恐る薄く目を開くと、非常に鋭い目をした一人の逞しいインカ族の若者が、鋭利な剣を振り翳し、彼女を取り囲んでいた複数のスペイン兵たちを破竹の勢いで斬り倒していくさまが見える。
彼女には知る由もなかったが、それは、かのアンドレスの朋友、ロレンソであった。
その場には負傷兵と女ばかりと侮(あなど)っていたスペイン兵たちは、突如、押し寄せてきたロレンソ率いる精鋭のインカ軍の反撃に即座には対応できず、治療場界隈から、瞬く間に撃退されていく。
一方、おびただしい返り血を浴びたまま呆然と立ち竦むコイユールは、爪先から頭の天辺まで土埃や草まみれになっており、その姿から、ロレンソは彼女に起こったことを瞬時に悟った。
彼は、まだ震えているコイユールを抱きかかえるようにして、素早く安全な場所に引っ張っていくと、真に案ずる眼差しで問う。
「ご無事か?」
「はい。
お助けくださり、ありがとうございます……」
コイユールは、まだ混乱した目の色のままに、それでも、兎も角も礼を述べた。
深く安堵の表情のロレンソに、「他にも、たくさんの女性たちが、捕虜として連れて行かれて…!」と、コイユールが懸命に説明しようとする。
ロレンソは、俊敏に頷いた。
「ご案じあるな。
既に兵たちが救出に向かっている。
それより、そなたは、館の中に戻っていなさい。
女性たちは、皆、そちらに避難している。
戦況は微妙になっている。
いざとなれば、すぐに撤退できるよう、準備をしておいた方がよい」
そう言いながら、彼は、庇護するようにして、コイユールを指令本部となっているトゥパク・アマルの館の中へと導き入れた。
「戦況が、微妙…?!」
コイユールはその意味を察して、いっそう青ざめる。
「あの……トゥパク・アマル様は?
トゥパク・アマル様は、ご無事でしょうか?!」
血まみれの顔面を激しく歪めて、喰い下がるように問うてくるコイユールに、ロレンソは、瞬間、ぐっと言葉に詰まる。
それから、僅かに首を振った。
「今朝、トゥパク・アマル様は敵方に囚われた」
「!!!」
愕然とした眼で、そのまま地に沈んでいきそうになるコイユールの両腕を、ロレンソが力強く支えた。
「しっかりするのです!!」
彼は、真摯な声で諭すように言う。
「このような時こそ、気を確かに持たれよ。
アンドレスに、再び、生きて会うためにも!!」
(……――え…!!)
不意にその名が出て、既に涙の膨らみかけた瞳を大きく見開くコイユールに、ロレンソは、再び深く頷き返す。
「コイユールと、申したね」
コイユールは、呆然と眼前の若者に頷いた。
「わたしは、ロレンソ。
アンドレスとは、クスコの神学校時代から朋友の間柄。
あの者がいない今、わたしが代わりに、そなたをお守りせねばと思っていたが…――アンドレスは、今もそなたの傍で、そなたを守り続けているようだね」
ロレンソはそう言って微笑み、今も、しっかりとコイユールの手の中にある短剣に視線を走らせた。
「それは王家の者のみが持つ短剣。
遠征中のアンドレスが、傍でそなたを守れぬ彼自身の代わりに、そなたの護身をその短剣に託したのであろう」
コイユールは、ハッとして短剣を改めて見下ろした。
(あ…!!
この短剣は、そうだわ…あの別れの時、アンドレスが渡してくれた…――!)
彼女の脳裏に、かつてアンドレスと交わした言葉が鮮明に甦る。
『コイユール…君が、この短剣を使わねばならぬような状況にならぬことを、俺は、心から祈っている。
だけど、この戦乱の中では何が起こるかわからない。
俺が傍にいれば、君に何か起こりそうになれば、迷いなく、俺はその敵を討つだろう。
だが、俺は、傍にはいられない。
その短剣は、俺の分身だ。
だから、そういう事態になったら、俺が躊躇なく敵を討つと言った言葉通り、迷わず、敵の胸を突け。
いいね。
一秒でも間を置けば全てを失う。
だから、一瞬も躊躇(ためら)ってはいけない。
コイユール、君が殺(や)るのではない。
俺が殺るのだ!
コイユール』
(アンドレス…――!!)
込み上げる涙を拭くことも忘れて短剣を抱き締めるコイユールに、ロレンソは、もう一度、微笑み返した。
「囚われたとはいえ、トゥパク・アマル様は、まだ生きておられるはず。
トゥパク・アマル様には、そなたのアンドレスもいるし、インカ軍も全滅させられたわけではない。
決して、希望を捨ててはいけない!
わかったね?」
短剣を胸に抱いたまま、激しく瞳を揺らし、それでも、懸命に頷こうとしているコイユールを暫し目を細めて見守った後、ロレンソは再び戦場へと姿を消した。
一方、その頃、囚われたトゥパク・アマルは、敵陣の中央の柱に縛り付けられ、その周りを銃を構えた数十名のスペイン兵にびっしりと囲まれて、厳重に監視されていた。
彼は、じっと戦場の音に耳を傾ける。
大地を震わす激しい振動を伴いながら戦場から響き来る轟音によって、彼には、その戦況が手に取るように読み取れた。
(もはや、ここまで…――!!
これ以上、兵たちに犠牲者を出さぬうちに、退(ひ)くのだ。
ディエゴ、聴こえるか?!)
トゥパク・アマルは、己に代わって指揮を執っているに相違ない、ディエゴに向かって心で呼びかける。
それから、きっ、と、その顔を天に向かって毅然と上げた。
そして、まるで鬼神のごとくの険しい眼差しで、太陽を挑むように見据えた。
すると、不気味なほどに晴天であったその空が、みるみるうちにその気配を変えていく。
どこからともなく、どんよりとした厚い雲が押し寄せ、たちまち晴天を覆い隠していく。
変わらず激しい目つきで空を睨むトゥパク・アマルの視界の中で、曇天から、ポツリポツリと雨粒が落ち出したかと思いきや、たちまち大地に矢を放つがごとくの激しい豪雨が地に叩きつけはじめた。
トゥパク・アマルを監視していた敵兵たちが慌てて浮き足立つ中、トゥパク・アマルの全身にも怒濤の豪雨が打ちつける。
彼は、雨粒が己の顔面に叩きつけるのも構わず、真っ直ぐに空を見上げたまま、まるで天空の神々に礼を払うかのように、その目をすっと細め、微笑んだ。
一方、雨季を彩る激しい雨は、ひとたび降り出すと留まるところを知らず、スペイン軍の火器の威力をたちまち萎えさせる。
戦場では、もはやインカ軍に勝機なしと察したディエゴが、彼もまた、トゥパク・アマルの意志をその心に伝え聞いたがごとく、今や兵たちの命の保護に完全に意識を向けていた。
彼は、他の側近たちと連携しながら、兵の退却に意を注ぐ。
激しい豪雨が、彼らのその行動を助けた。
ディエゴは雨水を馬で蹴散らしながら、退却を指示して、厳(いかめ)しい形相で戦場を駆けながら、空を降り仰ぐ。
その瞬間、蒼い電光が天空を切り裂いて走り、耳を劈(つんざ)く雷鳴と共に、スペイン軍の陣営を目掛けて黄金色の稲妻が落下した。
今、巨大な光の柱が、天高く立ち昇る。
(トゥパク・アマル様…――!!
あなた様は、まさしくインカの守護神に等しきお方!!
落雷によってスペイン軍が混乱に陥っている隙に、ディエゴの指揮のもと、雨に打たれて頭を冷やしたインカ兵たちは、その態勢を素早く整えると、やむなく本陣を捨てて豪雨に霞む山間部へと退却していった。
時に、1781年4月6日のことであった。
◆◇◆ここまでお読みくださり、誠にありがとうございました。続きは、フリーページ
第七話 黄金の雷(9)
をご覧ください。◆◇◆
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