カスタードのときたまダイアリー
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知人に紹介され、ネット上に掲載されていた、みえないばくだんを読んでみた。脱原発を唱える僕にとっては衝撃的だった。こちらの作品を教えてくれた知人に感謝したい。全てひらがなで書かれていて、難しい言葉を使っていないため、内容も分かりやすく、子どもが原発の危険性について考える良いきっかけになると思った。you tubeで絵入りの動画のも見たが、文章になっている内容を想像しやすくていいのではと思った。戦争も原爆が落とされ恐ろしかったが、原発の事故も原爆が落とされたのと同じような出来事だから、太平洋戦争の再現かしらとも思えてきそうだ。放射能は目には見えないからやっかいだ。どこまでが安全でどこからが問題ありなのかが具体的に述べられないのも不安をあおってしまう。ハッキリした事が分からなければ、大丈夫大丈夫と盛んに言われれば、わらにもすがる思いで信じたくなってしまうだろう。国や東電は大丈夫という根拠をはっきり示せと怒鳴りたくなる。原発は安全だとアピールしていたから、今まで起きた原発の軽い事故等も隠せるなら隠しておきたかったのだろうが、そうまでして運転を続ける意味は何なのだろう。原発により、田舎の方は、自分達が住んでいる場所での雇用が増えたし都会の方は電気の恩恵をたっぷり受けられたしと利点は色々あるが、造成する前に、国民みんなが利点も欠点も熟知していたら、又違う運命をたどっていたのかもしれない。どんな物であれ、利点ばかりを強調せず、万が一故障したりした時の事もきちんと伝えるべきだろう。「くにのえらいひとは10ねんごにはもう としをとってしんでしまいました じぶんがいきているあいだだけ しあわせだったらよかったのです」という文章が印象的だったが、原発に入れ込んでいる方は、目先の利益と自分の周りの方の事しか考えていないのかしらと思う時がある。国の偉い方は死んだらハイそれまでよかもしれないが、これから原発の事故で悩まされる日本に産まれる赤ちゃんもいる筈で、彼らはそんな不安な環境の中でも生きていかないといけないわけで、未来に負の遺産を残してのうのうとしていることに怒りを覚える。奇形児が産まれたり、見た目がおかしい動植物が育つ場面は、チェルノブイリ等の事故の話を聞いたりしていると、実際にあり得るだろうと予想できるので、ドキュメンタリーを読んでいる気分になってしなった。放射能がどんな被害をもたらすのかが完全に把握できていないので、これから先、何故にこんな事がと思えるような出来事に遭遇し、現在よりも放射能に怯えつつ過ごすことになるかもしれない。便利さと引き換えに、そんな恐ろしい未来が待ち構えているなら、早期のうちに世界中の原発を廃止し、原発事故が起こらないようにしたり、被曝労働をせざるおえない方を減らさないといけない。政治家も国民も、目先の利益や楽しみだけに心を奪われるのではなく、明るい未来にするにはどうすればいいのかを真面目に考えて生きていけたらいいのだろう。下に、みえないばくだんの全文を記す。『みえないばくだん』 さく おおしばよしこ こうせい じょうたろう むかし、せんそうがありました。 そらにひこうきがたくさんとんできて ばくだんをおとしたり おとされたりしました。 とかいにすんでいた こどもたちは がっこうのおともだちと しゅうだんそかいをしました。 おとなが こどもだけでも まもらなくてはいけないとおもったからです こどもはいなかのあんぜんなところににげました それから なんじゅうねんかたって えらいひとたちがべんりになるものをつくりました。 とかいにばしょがないから いなかのとちがあるところにつくりました とかいのひとは 「たくさんでんきがつかえてべんりだな」とよろこびました いなかのひとたちは 「しごともふえて、おかねももらえてくらしもらくになるな」とおもいました えらいひとたちは 「みんなもよろこんでいる。もっとつくったほうがいいだろう。」といって たくさんたくさんべんりになるものをつくりました あるひとがいいました。 「たしかにべんりになるけれど、これは『ばくだんになるもの』じゃないの?」 えらいひとはいいました。 「ふつうにつかっていれば ばくだんにならないよ。 とかいのひともいなかのひともみんなよろこんでいるよ。」 「そんなことをいうきみだってべんりになることをよろこんでいるじゃないか」 『ばくだんになるもの』はべんりです いなかのひとは しごともふえて せいかつもよくなりました とかいのひとは いなかにばくだんになるものがつくられて とかいがべんりになっていることすらしらないひとがたくさんいました だけど… 『ばくだんになるもの』は ほんとうにばくだんになってきてしまいました あるひとはいいました。『ばくだんになるもの』はあぶないよ えらいひとはいいました「ふつうにつかっていれば ばくだんにならないよ とかいのひともいなかのひともみんなよろこんでいるよ 」とそのはなしをききませんでした にほんにすんでいるたくさんのひとたちも くにのえらいひとたちのことをしんじていました だけどほんとうは くにのえらいひとたちは じぶんのことばかりかんがえているひとたちばかりでした 『ばくだんになるもの』がばくだんになってしまって だれかがこまってもしらんぷりです 『ばくだんになるもの』を 「だいじょうぶですよ。」 といわれて まもってきたいなかのひとはずっとだまされてきたのに きがつきませんでした にほんのたくさんのおとなもきがつきませんでした。 あるとき おおきなじしんと、おおきなつなみがきました。 それは 『ばくだんになるもの』を ばくだんにするスイッチでした くにのえらいひとは 「とうとうスイッチがおされてしまった。」 と こまりました。 いままで みんなをだましていたのが ばれてしまうからです ばれてしまうとたいへんなので だいじょうぶなことにしました いままでもずっと だましてきたからへいきなのです だけど 「やっぱりおかしいねっ」て いうひとが たくさんでてきました ばくだんのあるいなかにすんでいるひとも ちかくのひとは あぶないのでおうちにかえれなくなってしまいました だまされていっしょうけんめいにはたらいていたひとも にほんのみんなのために ばくだんをとめようとしました だけどそのばくだんは ばくはつしてからがたいへんだったのです そのばくだんは そらからふってきてもみえません においもしないし いろもありません だれもきがつきませんでした そしてそのばくだんは 10ねんも20ねんもかけてみんなをくるしめる ばくだんだったのです みえないからひとびとはこまりました むかしみたいに そらからばくだんがふってきたら そかいしなくてはとおもったかもしれませんが くにのえらいひとたちは みんなをだましているのを かくしとおさなくてはいけなかったので ずっと 「だいじょうぶ」 といいつづけたからです くにのえらいひとをしんじるひとと しんじられなくなったひとと つかれてしまったひとと りょうほうのいけんにはさまれてこまっているひと かぞくでいけんがわれてしまったひと いろいろなおもいのひとがでてきてしまいました だけど くにのえらいひとが 「だいじょうぶ」 というので にげたくてもうごけないひともたくさんいました しゅうだんそかいもさせてはくれませんでした みえないばくだんは いなかのほうから せかいやもっとはなれたところにも かぜやくもにのってしらないうちにやってきました みえないから わからないのです にんげんはみえないものをどうやってしんじるかで いけんがわかれてしまうときがあります かみさまをしんじるかしんじないか どのかみさまがいちばんえらいか みえないからこたえがわからなくて せんそうになってしまうくにも たくさんあります そして このばくだんがばくはつしおわるのは 10ねんいじょうかかります。 ばくはつしおわったときに はじめてみんなきがつくのです それは びょうきになったりするひとやこどもが でてきたりしたとき だから じしんとつなみのスイッチで 『ばくだんになるもの』が ばくだんになっておちてくるのは みえないばくだんが 10ねんかかってゆっくり ゆっくりおちてくるのとおなじでした 10ねんごにどかーんとおちるのとおなじなのです だけど くにのえらいひとは いいました 「だいじょうぶ」 と そしてこのみえないばくだんは なんじゅうねん、なんびゃくねんもそのとちに すめなくなってしまう どくでした くにのえらいひとは10ねんごにはもう としをとって しんでしまいました じぶんがいきているあいだだけ しあわせだったらよかったのです こどもたちは おとなになってびょうきになるこがたくさんいました 『ばくだんになるもの』がばくだんになったとき こどもだったひとが 20ねんごにこどもをうみました ちょっとだけ おててのかたちがかわっているあかちゃんでした だけどほかにびょうきはなかったので よかったね。とおもいました。 そのころには もっとたいへんなびょうきのあかちゃんが たくさんうまれていました そのこのおうちのおにわには ながさが2メートルもあるたんぽぽや みぎはんぶんとひだりはんぶんで いろのちがう かわったおはながたくさんさいていました そのあかちゃんが しょうがくせいになったときに おじいちゃんとおばあちゃんにいいました 「どうしてわたしは みんなとおててのかたちがちがうの? 」 「どうしてわたしはにほんじんでにほんにすんでいるのに みえないばくだんをにほんがまいたから って がいこくじんのおともだちにいわれなくちゃいけないの?」 おじいちゃんとおばあちゃんは いまこのおはなしをよんでいる あなたかもしれません
2012年02月06日
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