旧教会は、比較的便利な場所にあった。買い物にも、デパートに
も歩いて行けた。
「先生、出てきませんか」
夜、時折、声がかかる。相手は、弁護士だったり、外科の先生、
税理士だったりする。
「夜の街なのに、なぜ朝日町なのか」
「朝まで飲むか、飲ませたい街だからだよ」
なんだか、わかったような、わからないよう言葉がよく出る。
「しかしだよね。医師と弁護士と坊主が揃ったら、この世は怖い
ものなし、だよなあ」
誰かが気炎を上げる。なるほど、上手いこと言う。
酒には弱いがそのムードが好き。自分では音痴と思い込んでいた
から、カラオケも好きではない。教会では、祝宴などがあって、最後には「先生、一曲」と催促される。そろそろ時間と感じたら、いつも逃げ回っていた。そんな姿は、歌唱力抜群の妻には面白くない。
「あなたね、そんなに逃げてどうするのよ」
「音痴だから歌いたくないのだよ」
「それなら何か一曲を徹底的に歌い込みなさい。100回歌えば上
手になります」
尻を叩かれて「無法松の一生」を、人知れずに、練習した。不思
議なもので、一曲マスターすれば、また他の歌も歌いたくなる。カ
ラオケが好きになった。今でも妻の叱咤激励に感謝している。
夜の街では石川さゆりの「天城越え」が流行り出した。この歌を
聴くと、米子の夜を思い出す。しかし、新教会に移転してからは、
歩いて行けず、当然ながら、以前より足が遠のいた。
額縁を完成させるのは、造園がいる。地元名士湊谷頼吉氏が、樹
木、石、灯篭など高価なものを寄進して陣頭指揮を取ってくれた。
「ひもろぎ」の株分け2本も会員がトラックで運んできた。涙の溢
れる献身で、額縁が完成した。
落成式の前に駆けつけた影身祖は、新殿堂を見て、驚嘆の声を上
げた。
「さすが先生のことです。やることが違います」